第3話「大久保庵」

「大久保、先生も疑ってるわけじゃないんだ。だが生徒指導の担当だからやらなきゃならんのだ。そこは理解してほしい」

「……はい」

「お前が歓楽街で露出度の高いドレスを着た若い女性と歩いていたっていうタレコミが学校にあったんだ。それは……事実か?」

「……いえ。事実無根です」

「……そうか。すまなかったな。話は終わりだ」

「失礼します」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「なぁあんちゃん」

「……なんだよ」

「最近やけに機嫌が良いよな?」

「そうか?」

「あぁ。8年も親友やってる俺の目は誤魔化せねぇぜ!」

「…………」

「やめて?その気持ち悪いものを見る目で見ないで?」


 昼休み、定位置教室の隅で目の前に座る同級生をゴミを見るような目で見つめた。

 付き合いが長くない人から見ればそんなに変わらないようにも見えるが大久保の正面で清涼飲水のCMに出てきそうな笑みを浮かべる青年「久保山泰斗」を見る大久保の目にははっきりと侮蔑の色が見えていた


「ようやっと稽古以外の趣味が見つかったのか?」

「趣味……まぁそんなとこだと思う」

「で、さっさと家に帰って何やってんの?妹ちゃん?」

「お前に晴香はやらんぞ」

「欲しいなんて言ってねぇよ!それに俺には青ちゃんがいるし!……って誤魔化されねぇぞ!おらキリキリ吐くんだよ!」

「……子犬?」

「……何おまえペットショップにでも通ってんの?」


 大久保の脳裏に締まりのない笑顔を浮かべる早柚川の顔が浮かび、犬の耳と尻尾を幻視した。が次の瞬間猫じゃらしに飛びつく早柚川の図が脳裏をよぎり大久保の思考は早柚川が犬なのか猫なのかという本人が聞いたら怒りそうな方向へとシフトしていった


「犬…?いやでもあれは猫っぽい…」

「え、何お前が会ってるのは犬なの?猫なの?それとも犬と猫のキメラなの?」

「…………」

「あ駄目だこれ聞こえてねぇや」


 久保山が会話を諦めてから数分後、「早柚川は人懐っこい猫である」と結論付けた大久保は自分をジト目で見る久保山に気付いた


「庵ちゃん」

「なんだよ」

「女だろ」

「……違う」

「確定だな。しかも惚れてるだろ」

「…………」


 久保山の指摘に虚を突かれて固まる大久保。それを見た久保山の中で疑いは確信に変わった。それと同時に異性どころか自分を含めた片手で数えられるほどの人間にしか興味を示さなかったあの親友が女子に惚れたという事実に心底驚いた

 

「この反応はマジだな……まさかあの庵ちゃんが女に惚れる日が来るとは……ちょっと待て、お前家帰ってるんじゃなくてその子のところに遊びに言ってたってことか?」

「……あぁ」

「毎日?!」

「あぁ」

「ベタ惚れじゃねぇか……しかもそれを受け入れてるってのは女の子の方もお前に惚れてるんじゃ……」

「いや、無いな」

「ほう?根拠を申してみよ」

「誰かに恋情を抱いてる人間の目はよく知ってる、去年散々見たからな。それに……」

「それに?」

「俺が通っているのはセンパイの家とかじゃなくて部室だからな。部員が部室に通うのは恋情がなくても不思議じゃ無い」


 そう言うと話は終わりだとでも言いたげに立ち去ろうとする大久保の肩を久保山の右手が捉えた。神速面倒くさそうな表情の大久保に対して久保山の顔には「相手の事、話せや」と書いてあった


「逃がさねぇよ?」

「……チッ」


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 場所は変わって放課後の高等校舎の屋上、そこには大久保と久保山、そしてもう1人の女子生徒の姿があった


「「で、相手は誰(ですか)?」」

「巨人2人で詰め寄るな。窒息する」

「本ッ当に口を割りませんね……今吐いたほうが楽ですよ、庵先輩?」

「断る。センパイの承諾なしにそう易々と個人情報を吐くなんて不義理もいいところだ。それといい加減敬語と先輩呼びをやめろ。青ネクタイに先輩呼びされると背中がムズムズする」


 大久保に詰め寄る女子生徒の名は「八月一日やぶみあお」大山学園高等部2年であり、先ほど名前が上がった久保山の彼女である。大山学園では学年ごとにネクタイの色が違う。大久保が言った青ネクタイとは2年生がつけているネクタイのことである


「それこそお断りさせていただきます。空手歴は庵先輩の方が4年も長いんですから」

「泰斗は呼び捨てじゃねぇか」

「泰斗は私の彼氏だからいいんです」

「……話を戻すが俺の口からこれ以上センパイの情報をしゃべるつもりはない。早々にお引き取り願う」


 これ以上は絶対に一言も喋らない。と言わんばかりに体ごと二人から目を逸らした大久保だったが

 

「庵ちゃん、気づいてないと思うけどさっきからちょいちょい情報喋ってるよ君」

「?!」


 久保山の指摘に普段気怠げな目が大きく開くこととなった。彼は基本的に隠し事に向いていなかった。普段は表情が動かない分、驚いたりするとはっきりと(長年仲良くしている人にしかわからない程度だが)顔に出るのだ

 

「まずセンパイって言ってるってことは少なくとも私と同じ学年かそれ以上。次に頑なに情報を喋ろうとしないのは少しの情報で簡単に答えにたどり着く恐れがあるから、つまりこの学園の高等部に所属してる……あとは私と同じ学年、つまり2年生ですよね?」

「…………」

「分かりやすすぎるよ親友」


 八月一日が喋るごとにだんだんと顔が青ざめ、終いには黙り込んでしまう大久保。それを見た2人はあまりの分かり易さに苦笑した

 

「先輩はもうちょっと腹芸を覚えた方がいいんじゃないですかね。そこまでわかりやすいと逆に推理のし甲斐がないっていうか……」

「ちょっと待て、お前推理って……?」

「さっきの会話で確定してたのは庵先輩よりも年上ってだけですよ。後は推測の域を出ないものばかりでしたから。けどあそこまで分かりやすい反応をされると確定なんだなって誰だって分かりますよ」

「……はぁ」

「まぁ庵ちゃんの分かりやすさは今更だから良いとして……その先輩とやらは可愛いのか?」

「確かにそこは気になります。庵先輩の好きな人ってどんな人なんです?」

「……可愛い、だがそれ以上は絶対に喋らん。これ以上詮索するのなら今日の組み手は容赦なく相手する。2人とも当分は大会もないしな」

「おいちょっと待て!暴力に訴えるのか!」

「そうですよ先輩!こんなに可愛い女の子に手をあげるなんて!」

「俺は何も無条件でボコすとは言ってない。これ以上詮索しないのなら本気ではやらん」

「……はぁわぁったよこれ以上は詮索しない。青ちゃんも良いな?」

「泰斗がそういうなら……でもいつか教えてくださいね先輩」

「いつか……な」

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「こんにちはセンパイ」

「あっ大久保くん?部活の時間はとっくに始まってるよ〜?」

 

 二人を説得した大久保は普段より20分ほど遅れて部室に到着した。本を読んで時間を潰していた早柚川は頬を膨らませて不満をアピールする。それを見た大久保は「リスみたい……」と本人が聞いたら憤慨ものの感想を浮かべながら弁明をした


「すみません……少し友達と話していたもので」

「そうなの?」

「はい」

「ふーん…ねぇ、大久保くんって嘘つく時に左手で腰をさする癖があるの知ってる?」

「俺が嘘をつくときは右手を不自然に握ったり開いたりするそうですよ」


 早柚川の目が一瞬ジト目になるもすぐに普段の目に戻り、本をしまうとホワイトボードに書き込み始めた

 

「うーん…まぁいいや。今日の活動はね──」

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