第8話

 勇真は勇真の姿の人物の隣に座り込む。

「お前、魔法使いでいいんだよな」

「そうだけど」

はあ、と大きくため息をつく。

体格の大きな自分がため息をつくだけで、こんなに迫力があったのかと眺めている。

「お前、俺より早く目が覚めたんだよな?」

「うん」

魔法使いは数分前のことを思い出す。

魔法使いは目が覚めたとき、頭がぼうっとしていた。

(今の白い光は何?まだ、目の前が白いもやのように見える)

ぐっと起き上がる。

(あの衝撃で倒れたのかな。痛みとかはないけど、熱っぽくて、頭がぼうっとする)

魔法使いはベンチの足にもたれかかる。

(初めて唱えた魔法だから、魔力コントロールできなくて酔ったのかな)

まだ、ぼやけた視界ながら、隣に倒れている人影があるのが見えた。

(記憶操作に成功したか失敗したか分からないけど。でも、俺が魔法で倒れたなら、魔法が使えないこの人は俺よりも目が覚めるのは時間がかかるはず)

ベンチに手をかけ、立ち上がる。

「顔洗って、さっぱりしてこよう」

もう素直に上の人に頼るしかないなと考えていた。

これ以上失敗を重ね塗りする訳にはいかない。

(しかし、声かすれているのか、すごく低くなってる。気づかないだけで、俺風邪ひいていたのかな)

よたよたもたつきながら、トイレへと向かう。

中に入り、鏡を見る。

「え…」

魔法使いは見えたものが信じられず、目を見開いた。

「おっさん、もう起きていたのかよ」

現実逃避ながらにつぶやくが、鏡に映る姿は今自分が言ったのと同じように口を動かしている。

気分の悪さから猫背になった背を真っ直ぐ伸ばすと、いつもより目線が高いことに気づく。

夏が始まりかけた夜の蒸し暑さにきつかった体全体を覆う真っ黒な服装も、半袖ジーンズとシンプルで涼しいものになっている。

「この声はあのおっさんのか」

喉に手を当てる。

「じゃあ、早く行かないと」

まだ、ふらつきながらも、トイレから抜け出し、駆け出してベンチに向かう。

「よかった、まだ起きていない」

先ほどよりはっきりした視界には、魔法使いの姿があった。

「でも、この状況で記憶どうのこうの言っている場合じゃないな」

話し合おうと、魔法使いの姿になっている勇真を揺り起こそうとするが、全く目が覚める様子がない。

「何で魔法使いの俺の体より、一般人のこのおっさんの体の方が起きるのが早いんだよ」

このまま、自分の体を地面に転がしておくのも嫌だったので、自分の体を抱え、ベンチへと座らせた。

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