第7話

 それからしばらく経ち、少年は眠っていた。

「んんっ」

少年の目が覚める。

「俺、何で寝ていた?」

首をかしげながらも、今までのことを思い返す。

「確か魔法使いだというガキと話して、一般人の俺が魔法のこと知っているのがまずいからとあやふやな記憶操作の魔法をかけようとして…」

そこまでで記憶は途切れている。

「失敗したってことでいいのか?俺は赤志勇真。29歳のフリーターで、10年前までは…」

「今、そんなことしているゆとりないんだけど」

声がして横を向くと、顔を両手で隠し覆ってうなだれる青年がいた。

「あんた、いつからいて…。そういや、近くにガキがいなかったか?」

「ん!」

青年は、トイレを指さす。

「トイレに立ったのか。じゃあ、しばらく待ってれば、戻ってくるか」

「あんたも行って」

「え?いや、別に今は大丈夫…」

「顔でも洗ってさっぱりすれば、この異常な状態に気づかない鈍い頭も冷えるんじゃない?」

「は、はあ…」

命令するような口調に急かされるように、少年はトイレに向かっていく。

「何だかあの魔法使いみたいな話し方だったよな。多分あの人、俺と歳近いんだろうけど。そういや、あの人と服装似ているというか、全く同じだったような。確かに、安いどこにでも売っている服だけどな」

ぶつぶつ文句を言っているうちに、トイレに着いた。

ひょいとトイレをのぞき込む。

「あ?誰もいねえじゃん。個室も空いているし」

中へとすたすた入っていく。

「顔洗えって言われたことだし、洗ってから戻るか。さっきまで地面に転がされたから、土も付いているだろうし」

そして、洗面所の鏡を見る。

「はあ!?」

驚きで大声を上げてしまう。

鏡の端をつかんで、顔を近づける。

「この顔って、あの魔法使いの…!」

鏡から数歩ほど下がり、首の下を見る。

肌の色はほどよく日に焼けたアジア圏特有の黄色ではなく、全く日を通していないような真っ白さ。

装束も全体的に真っ黒な、先ほどまで魔法使いらしいなと思っていたもの。

「声もいつもの俺じゃねえ」

あーあー、と確かめる。

「何でさっきまで気づかなかったんだよ。鈍すぎだろ、俺」

洗面台をつかみ、うなだれる。

そして、先ほどトイレに行くように促した青年の言葉を思い出す。

今の勇真が魔法使いの少年の姿ならば、先ほどの青年の正体は。

トイレを飛び出し、先ほどまでいたベンチに向かい、走り出す。

先ほどの青年は、もう手を覆っていない。

「やっと、気づいたか」

口調から呆れを隠しきれていない。

青年の顔も体も、勇真の視界に入る。

その姿は、赤志勇真そのものであった。

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