『はんぶんこの二乗と抱擁』7

 それから。

 通報を受けて駆けつけてきてくれた警察官に事情を話し、女性は逮捕された。

 罪状は私への暴行だが、そこから調査を進めていくうち、ここ最近の猫や鳥の殺害以外にも、別の場所で似たようなことをしていたことが明らかとなった。

 彼女の目的は、雅貴くんが睨んでいたとおり、特性によるものだった。曰く、他者の血を栄養として摂取して生きている、とのことだ。失血死という割に遺体の周囲にある血の量が少なかったのは、彼女が飲み干さんばかりに貪りついていたからだという。

 私を狙った理由は、そういう意味では単純明快、今までで一番美味しそうなにおいがしたから。

 路上生活をしていた彼女は、ある日、駅前で私を見かけて跡をつけてきたらしい。証言で出た駅名から察するに、恐らくは高校の友達と映画を観に遠出した日だろう。私に目をつけて、この町へやってきて、猫と仲の良い私をおびき出す為、猫を殺して回り、ついでに腹を満たしていた。ようやく私が夜の公園で一人になったところを襲おうとしたが、大きな白猫に妨害されてしまった、と。……まあ、大きな白猫については、透目町すきめちょうだからそういうこともあるだろうと処理されたようだが、これが他所の土地であれば、精神鑑定を受けていたかもわからない。

 さて、しろさんのことだけれど。

 あの日、これからはずっと一緒だと言ったとおり、しろさんは常に私と共に居る。

 翌日、朝の登校時間に私の肩に乗るしろさんを目撃した地域猫たちは、それはもう驚いていた。チヒロくんに至っては、感極まって大鳴きし、学校まで付いていこうとしたほどである。まあ、ボス猫としてのあれこれを話したいのだろうという気持ちは、理解できなくもない。今度の猫集会のときに二人でじっくり話ができるようにするから、とチヒロくんを説得し、どうにかことなきを得た次第だ。

 しろさんだって、この二年間で地域猫の入れ替わりがたくさんあったわけだし、そういった意味でのパトロールや情報収集は必要なんじゃないかと思い、訊いてみたけれど。

『今のおれは、琥珀と一緒に居て、琥珀を守ることができれば、それで良い』

 だそうで、どうやら今のしろさんにとっては、生前の猫としてのあれこれへの興味は、極端に薄れているらしい。

 しろさんが常に私と一緒に居ることになり、一番の障害は家での生活だと思っていた。なにせ、家では動物を飼わないことになっている。が、この場合は幸いというべきか、父さんと母さんにはしろさんの姿が視えていなかった。ただ、家族の中で唯一、姉さんにだけは視えているようで、時折、しろさんの姿を大きくしてもらい、全身でそのもふもふを堪能しているようである。

「しろさんさあ、俺のテスト期間が終わったら、どっかにおでかけしようよ。行きたいところとかある?」

『おれは琥珀と一緒なら、どこでも楽しいぞ』

「本当? それは嬉しいな。それじゃあ冬は一緒にスキーに行こうよ。ちょっと身体を小さくしてくれたら、しろさん、俺の頭の上に乗れるでしょ。それで一緒に滑ろ。それで、春は花見に行って、夏は海、秋は芋掘りとか」

『そうだね。琥珀と一緒にたくさん散歩しよう。なんだったら、大きいおれの背中に琥珀を乗せても良いぞ』

「やったあ!」

 なんにもないこの町では、しかし、なんでも起きる。

 奇跡なのか必然なのかは、この際どうでも良い。

 だが、大切な兄弟であり友達であるしろさんと、再びこうして共に過ごせる日々を迎えられたのは、この町だからこそ起きた事象だろう。

 私は猫に愛されている。

 そしてきっと、この透目町にも、愛されているのだろう。

 ちょっと自意識過剰かもしれないけれど、そう思った。




 終

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