『はんぶんこの二乗と抱擁』4
「妙だな」
夜。
仕事終わりの雅貴くんとも合流し、昼間のことを話したところ、彼は険しい表情を浮かべてそう言った。
「妙って、なにが?」
犯行現場が公園以外だったことだろうか。
それとも、猫以外が殺害されたことだろうか。
私が咄嗟に思いついたのはそのふたつだったが、雅貴くんは、
「順番が逆じゃないか?」
と、そのどちらでもない点を指摘した。
『まずはネズミなどの小動物、それから鳥、犬や猫――それが順当ということですか?』
雅貴くんの意図するところが読めたように、みどりは言った。
雅貴くんとみどりは、以前から猫集会で顔を合わせている仲だ。雅貴くんもみどりがカワセミの声で話すほうが楽ということは理解しており、私が逐一翻訳して彼に伝える。
「それが順当ってやつなのかどうかはわからないけど、まあ、論理としてはそうだね。少しずつ殺害対象を大きくしていって、最終的には人間を殺したい。そういう凶悪犯罪は、これまでにも起きてるからさ」
『だけど今回、成猫二匹を殺したあと、ツバメを一匹殺している。殺害方法が同じなのに、対象のサイズが小さくなってるのは、確かに妙だと言えますね』
「俺がこの辺りの猫に直接注意喚起した結果、猫が人前に現れにくくなったからっていうのも考えられない?」
「たぶん、それも一理ある。犬猫が見当たらなくなって、標的を鳥に移した可能性はある。或いは、最終目標が人間の殺害ではない、とか……?」
『ていうか、そもそも、動物を噛み千切って食べるって、どういうことなんでしょうか』
「そういう特性なのか、単に異常者なのか……。どちらにせよ危険人物であることに変わらないわけだけど……二人とも、張り込みは続けるの?」
雅貴くんの問いかけに、私とみどりは、ほぼ同時に力強く首肯した。
私もみどりも、犯人に友達を殺されている。
その罪を償わせる為の行動を辞めるつもりは、毛頭なかった。
「まあそうだろうね」
雅貴くんは苦笑して、続ける。
「これは琥珀くんにも言ったことだけど、みどりちゃんも張り込み中は僕たちと通話を繋いでおいてね。あと、危ないと思ったらすぐに逃げること」
「あ、それなんだけどさ、雅貴くん。みどりは俺と同じ場所で張り込みしてもらおうかなって思ってるんだけど、どうかな」
「確かに、夜の公園に女子高生が一人で居るより、公園の近くで成人男性と二人で張り込むよりかは安全かな。みどりちゃんも、それで良いんだよね?」
『はい』
頷いて、みどりは持参したリュックサックから、いくつかの防犯グッズを取り出した。防犯ブザー、催涙スプレー、スタンガン。準備万端である。
『なんだかんだで親が過保護なもので。あ、予備も持ってきてるから、琥珀に貸してあげるね』
「あ、ありがと」
そう言って、みどりがおもむろに渡してきたのは、催涙スプレーだった。有り難く受け取り、ズボンのポケットに仕舞う。
そうして、雅貴くんは公園近くの高台へ、私たちも公園内にある猫集会場所近くへ移動し、張り込みを開始した。
秋の涼しい夜風が吹き、秋の虫が至るところで鳴いている。
こんなに穏やかな秋の夜に、それとは正反対の不審者を捕まえる為の張り込みをしているという状況が、いやにちぐはぐだ。うっかりすると気が抜けてしまいそうな環境だが、それを正すような夜の闇と静寂が、重く横たわっている。
ここ数日は動きがなかったのに、今日になって動きがあったこと。
その標的が、猫ではなく鳥に変わっていたこと。
単に殺害を楽しんでいるだけなのか、雅貴くんの言っていたように、最終的に人間を殺す為の練習をしているのか。異常者の思考回路を完璧に理解したいとは思わない。私が望むのは、この異常事態を終わらせることだけだ。
と。
小さな羽ばたきと共に、みどりの隣にフクロウが降り立った。
フクロウはみどりに向かってなにかを伝えるように鳴いている。彼女の友達だろうとは思うが、夜間にみどりを見かけたのが珍しくて、声をかけにきたのだろうか。
みどりの発するカワセミの声は聞き取れるようになってきたが、鳥の声は種類によって異なるからか、カワセミ以外はからきしだ。特にフクロウとなると、日常的に接する機会がない動物であるが故に、私にはフクロウがなにを話しているかは全くわからない。きっと、普段私が猫と話をしているとき、他の人からはこんな風に見えているんだろうな、なんて、半ば和やかな気持ちでそれを眺めていたが、みどりの表情が徐々に険しくなっていくにつれ、そんな気持ちは吹き飛んでいった。
『……うん、ありがとう。貴方も気をつけてね』
みどりがそう言うと、フクロウは颯爽と飛び立っていった。あっという間にその姿は夜の闇に溶けていく。
それを見送ってから、みどりは私のほうに向き直り、
『犯人かもしれない人間が、こっちに来てるって』
と言った。
そういえば、今日の昼休みと放課後に、例によって学校の駐輪場裏で、なにやら鳥を集めて話していたなとは思っていたが。まさか、鳥による情報共有と収集を始めていたとは思わなかった。
緊張で、喉の奥あたりがかっと熱くなったような錯覚に陥る。
「雅貴くん、聞こえてる?」
私は自身に冷静になるよう言い聞かせながら、通話を繋いだままの雅貴くんに呼びかけた。
『聞こえてる。どうした?』
「みどりの友達のフクロウさんから、目撃情報。犯人かもしれない人間が、こっちに来てるって」
『……どうする? もう警察に連絡しようか?』
僅かの逡巡の末、雅貴くんはそう提案してきた。
「いや、現場を捉えたわけじゃないから、今通報したところで警察は来てくれないでしょ」
『今、公園に猫は居る?』
「今のところ姿は見てないけど、もしかしたら茂みに隠れて寝てる子がいるかもわからない感じです。とりあえず俺らはこのまま、ここで張り込みを続けます」
『……わかった。くれぐれも気をつけて』
「了解です」
通話を繋いだままだが、ここで一旦会話を終わらせ、改めて公園を見回す。猫の姿も鳥の姿も見えない。私たち以外は誰も居ない、がらんと静まり返った夜の公園だ。
あくまで、それらしい人間がこちらに来ている、というだけだ。
似ているだけの人間かもしれないし、犯人だとして、公園に入ってくるかまではわからない。念の為、すぐに撮影を開始できるようにだけ準備をし、息を潜めて待つ。
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