『彼岸の名づけ親』2

 と。

 聞き慣れた車のエンジン音が近づいてきて、ふと見遣れば、それは隣の市まで送迎依頼に出ていた、もう一台の社用車だった。

 こちらに向かってバックで駐車しに来ているが、私と幽霊が居るのは駐車スペースの奥のほうだから、邪魔になることはないだろう。

 なんの気なしに駐車しているさまを眺めていたが、それもあっという間に終わり、中から運転手が出てくる。

「お疲れさまでーす。ええと、志塚しづかさん。わかってると思いますけど、絵面最悪ですよ」

 運転席から出てくるなりそう言ったのは、後輩の笹森ささもり咲麻さくまだった。彼女もまた視える側の人間であり、この便利屋へ転職してきてからは、オカルト案件に関わることも少なくない。つい最近も、生霊に憑かれた女子大生の依頼を、私と共にこなしている。

「俺がやってることより先に、このトチ狂った格好をしてる幽霊に文句を言ってくれ」

「確かに見てるだけでこっちが熱中症になりそうですけど。その人、なにか悪いことしたんですか?」

「ウチの事務所前で顧客を奪おうとしてる、自称神様見習いだ」

「それは一旦捕縛で間違いないですね」

「だろ」

 後輩に向けた、冗談交じりの状況説明はさておき。

 この幽霊は、私に除霊されない為に神様見習いなんて嘘をついたのだろうし、それ以外に害意はなさそうだ。それならさっさと解放しても良いが、或いは――

「――珍しいじゃん、『それ』がこんな田舎町に居るなんて」

 背後から、男の声がした。

 いつの間に、という疑問を今は持たない。知っている声だし、何故気配がないのか、その理由もよく知っている。

 私は首だけそちらに振り返り、声の主に挨拶をする。

「よお宇宿ウスキ、お前こそ珍しいな。仕事は良いのか?」

「仕事は明日から取り掛かるさ。……相変わらず驚かないのな、シヅカは」

 私の挨拶に、スーツ姿の男は肩を竦めてそう言った。

 多少着崩してはいるものの、この暑い中ジャケットまで律儀に着込んでいる彼もまた、人ならざるものである。

 宇宿望生ミキ。本人曰く、その正体は死神だ。

 死神は本来、現世において実体を持たない。だが、やんごとなき理由があって笹森と知り合ったことをきっかけに、人形を媒体にして現世にやってきて仕事をすることになったという、風変わりな死神である。最近は仕事を理由に現世こちらにやって来ては、笹森と食事に行き、様々な料理に舌鼓を打っているらしい。今日もその帰りだろうか。

「サクマとは、駅前で偶然会ったんだ。声をかけたら、ちょうど事務所に戻るってんで車に乗せてくれてさ」

 早々に事務所に入っていく笹森を指差し、宇宿は言う。

「報告を上げたら昼休みらしいから、このあと一緒に飯に行くんだ。なあ、シヅカのおすすめを教えてくれよ。この間教えてもらったラーメン屋も当たりだったから、俺はシヅカの味覚をかなり信頼してるんだぜ」

「当たり前のように心を読むんじゃねえよ……」

 いくら人ならざるものが起こす超常現象に耐性があるとしても、そんな高等技術を行使してくるのは、ごく一部に限られる。そんなものが当たり前のように職場の後輩と友達をやっているというのだから、事実は小説よりも奇なりというやつだ。

「うん? ああ、悪いわるい、無意識だった」

 右手を立てて、軽い調子で謝罪のポーズを取った宇宿は、ちらりと横目に幽霊を見て、続ける。

「おすすめの店を教えてくれるなら、今のあんたに有益な情報を教えてやろう」

 やけにもったいつけるような言いかただ。この死神は、一体なんの映画に影響を受けたんだ。

 思わずため息が漏れそうになるが、しかし、私の心を読んでなおふざけ倒す性格でもない。その言葉に、間違いはないのだろう。

「乗った。とっておきを教えてやる。ちょっとこっち来い」

 だから私は、わざと悪ふざけに乗っかったふりをし、宇宿を事務所の玄関まで来るよう促した。

「あのう……、本当の本当に便利屋さんの業務妨害はしないと誓うので、解放していただけませんか……?」

 それまで、突然人が増えたことに恐れ慄いていたらしい幽霊が、おずおずとそんな発言をした。当初に比べれば、かなり控えめな主張である。

「駄目だ。そこでもう少し待っててくれ」

「そんなぁ!」

 幽霊からの抗議の声は無視して、私は自身の守護霊に声を掛ける。

「トオル、あの人のこと、見張っててくれるか」

 私の声に、ワン、と元気に返事をすると、そのほとんど透明な身体は幽霊の近くで腰を落とした。万が一なにかあっても、これで対応できる。

 宇宿と共に事務所の玄関先へ移動するが、中には入らない。涼しい室内に入りたいことこの上ないが、基本的には宇宿も結界で弾かれる対象である以上、ここで話をするほかないのである。

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