『彼岸の名づけ親』3
「幽霊にもいくつか種類があるけど」
宇宿は、小声で言う。
「『あれ』は、自殺者の魂だ」
「……なるほどな」
神様見習いを騙る割に、存在に神性さが欠片も感じられなかったわけだ。加えて、幽霊であることすら否定したのは、人間は幽霊を怖がるものだと思ったからだろうか。ようやく見つけた人間に怖がられては、善行が積めない、というところだろう。
人間には人ならざるものの事情なんてわからないと高をくくった上での嘘だったのだろうが、残念ながら私は例外である。いや、まさか猛暑の中でようやく見つけた人間が、霊能力のようなものを持ち合わせているだなんて、普通は想定すらしない。
「自殺者の魂は深く傷ついているから、善行を積むことでそれを癒やさせるんだ。大抵は効率良く善行を積む為に、都会のほうに居ることが多いんだがな」
それでさきほど、宇宿は『こんな田舎町に居るのは珍しい』というようなことを言っていたのか。
内心で納得する私をよそに、宇宿は続ける。
「『あれ』に生前の記憶はなかっただろ?」
「どうだろう。少なくとも、生前のことをにおわせるようなことは今現在まで発言していない、という状態ではあるが」
「それならそれで良い。自殺者の魂は、死神によって生前の記憶を厳重に封じられている。思い出したところで魂が消滅するわけじゃねえけど、善行を積むことに支障をきたしやすくなるんだ。それだけ注意して接してくれりゃ、問題ないと思うぜ」
「まるで俺がこれからなにをするつもりかわかってるような物言いだな――なんてのは、皮肉にもなんねえか」
「ならないねえ」
宇宿はいたずらっぽい笑みを見せ、そう言った。
「なあ宇宿、これは純粋な疑問なんだが」
不意に思ったことを、私はそのまま尋ねる。
「人間相手に、自殺者の魂の行く末なんて話して良いものなのか?」
生者にとって、死後の世界とは未知で不確かなものだ。そもそも存在からして疑われているものなのだから、こうして死神と平然と会話をしている時点で、個人的には危ない橋を渡っているような気分になる。が、本人の言を信じるのであれば、限られたごく少数の人間が死神と交流する程度であれば、問題にならないらしい。
「うん? 普通は駄目だけど」
「おい」
「シヅカは守護霊が憑いてるから良いんだよ」
駐車場のほうを指差し、宇宿は言う。
「あの犬、あんたの守護霊だろ? 守護霊憑きは絶対に自殺しない。いや、できないって言ったほうが正しいな。守護霊が、絶対にそれを許さないんだ。だから、その末路を辿る可能性がないシヅカにはこの話ができるが、逆に、守護霊の憑いていないサクマには、絶対に話せない」
「死神ってのも、いろいろ面倒なこと考えて生きてるんだな」
「これくらいは面倒でもなんでもないさ」
宇宿は、目を伏せて小さく笑ったかと思うと、次の瞬間にはぱっと顔を上げる。
「それよりさ、シヅカのおすすめを教えてくれよ」
「ああ、それ、マジのやつだったのか」
「別になくてもさっきのことは教えてやったけど。ねえの、おすすめ」
「そうだなあ……。お前ら、今なに食べたい気分なんだよ」
「俺もサクマも、麺類の気分だ。サクマは暑くて食欲ないからとりあえず麺類って感じみたいだけど、できればしっかり食べてほしいかな。人間ってこの時期、夏バテってのになりやすいんだろ?」
「いくつか候補はあるが、そもそも今日はお盆だろ。今日も店開いてるところってなると……」
脳内で、今日も営業中である可能性の高い店舗を検索する。ほどなくして、条件を満たしそうな店舗がヒットした。
「全国チェーン店ならどこでも開いてると思うが、それ以外なら『
「冷やし中華! それはまだ食べたことないやつだな」
あとは笹森の食欲次第と言ったところだろうか、と考えたところで、ちょうど本人が姿を現した。暑さに顔をしかめながら、外に出てくる。
「お二人さん、こんなところでなにしてるんですか?」
「シヅカに昼飯のおすすめを訊いてたんだ」
私がなにか言うよりも先に、宇宿が笹森の質問に答える。
「なあサクマ、『白椛食堂』で冷やし中華はどうだ?」
「良いねえ、冷やし中華。今日はそこにしよっか」
そう言って頷いた笹森の顔色は、あまり良いものではない。連日の暑さに加え、お盆期間に依頼が集中したこともあり、疲れが出始めている。
「笹森、社用車を使って良いから、原付で行くのはやめとけ。マジで熱中症か日射病になるぞ」
自身が通勤で使っている原付バイクに向かっていた笹森の背中に、そう声をかけた。
今日の午後は、夕方に送迎の依頼が一件入っているだけだから、この時間帯に一台使っても問題ない。……というか、笹森の原付バイクで二人乗りはできない。どうやって宇宿と二人で向かうつもりだったのだろう。それこそ、宇宿が人形に姿を変えて、笹森の鞄にでも入る予定だったのだろうか。
「わーありがたやー。お言葉に甘えさせていただきますー」
私のポケットに入ったままになっていた社用車のキーを、笹森に渡す。エンジンを切ってから少し時間が経っているから、車内の温度は若干高いだろうが、原付バイクで向かうよりはマシだろう。
演技がかった動作で恭しくキーを受け取った笹森は、社用車に足を向ける。その後ろを、宇宿が着いていく。
「ミキ、だから貴方が乗るのは助手席だってば。ほら、反対側の前の席」
「うん? ああ、そうだったな。ジョシュセキ、ジョシュセキ」
現世の文明に疎い死神を助手席に座らせると、笹森も社用車に乗り込み、エンジンをかけた。換気の為に窓を全開にし、笹森はそこからひょいと顔を出す。
「それじゃあ志塚さん、お昼お先にいただきますねー」
「またなー、シヅカ」
「おう、いってら。白椛さんによろしく言っといてくれ」
学生の頃から通っている定食屋への伝言を頼むと、後輩は親指をぐっと立てて了承してくれた。その横で、死神は乗り慣れていない車にはしゃいで手を振っている。
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