『ゴースト・バイアス・エクソシスム』3

「結論から言うと、あんた、生霊に憑かれてる」

 便利屋さんの事務所内にある応接室にて、私のほうからひと通り事情を話し終えると、男性――志塚さんに、開口一番にそんなことを言われた。応接室に入ってすぐに笹森さんが出してくれたお茶は、すっかり冷めてしまっている。

 お茶請けから視線を少し下げ――私の横で、絶賛私の足元を録画中のスマホを見遣る。志塚さんたちについていく条件として撮影の許可を取ったが、人と話をするのにスマホを向けっぱなしというのは相手に失礼だと思った結果、現在のかたちに落ち着いた。

「生霊、ですか? 幽霊じゃなくって?」

 先の志塚さんの発言を受け、私は目をしぱしぱと瞬いた。

「ああ。さっきは本当に危なかったんだ。あのまま呼び込まれて行ってたら、あんたはアレに襲われてたか、身体を乗っ取られて、アレの大元に会いに行ってたかもわからん」

 思い出すだけでもぞっとする、アレの視線。

 その先にあったかもしれない未来を想像するだけで、全身が震えて仕方がない。

「そ、それは本当に、助けていただいてありがとうございます、なんですけど……」

 生霊とは、生きている人間の強い思いが霊体となって飛ぶことを指すんだったか。それとも、生きている人間の魂そのものが飛んできていることを指すんだったか。

「今回の場合は、あんたへの強力な執着が生霊化したみたいだな。あんた、アレになんて言われたか覚えてるか?」

「……顔を見せてって、言われた気がします」

「なるほどなあ」

 志塚さんは一人で納得したような顔をしながら、業務用と思われるタブレット端末で、さきほど教えた私の動画を再生する。が、手元はすいすいと動き続けているから、動画を視聴しているのではなく、コメント欄でも見ているのだろうか。

「大方、あの神社でお祓いをしてもらう腹積もりだったんだろうが。残念ながらお門違いだ。あそこは邪気を払うにはもってこいだが、今のあんたに必要なのは縁切りだからな」

「縁切り……」

「今は向こうが一方的に縁を繋ごうとしている状態だ。それをあんたのほうから振り払えられれば、問題は解決するだろ。最近はあの手の生霊が増えてきたとはいえ、アレはだいぶ悪質だな」

 生霊。

 顔が見たい。

 向こうからの一方的な執着。

「もしかして――」

 そうでなければ良いと願いつつ、私は言う。

「アレの正体って、私のチャンネル視聴者、ですか?」

 はじめはストーカーかと思ったけれど、『顔が見たい』という執着がある以上、私の頭ではそう推察するのがやっとだった。

「正解」

 果たして、志塚さんはタブレット端末から私へ視線を移すと、皮肉げな笑みを浮かべて、私の推測を肯定した。そうしてタブレット端末を操作する手を止めたかと思うと、くるりと画面をこちらに向ける。

「こいつと、こいつ。ブロックして」

 志塚さんは、動画へのコメント欄から二人のユーザーを指差して、そう言った。それは、頻繁にコメントを書き込んでくれているユーザーたちだった。

「この人たちが、生霊の正体なんですか?」

 あまりに迷いのない指示に、私は、最近の霊能力者はインターネット上でもその能力を発揮できるのか、と半ば感心しながら尋ねた。

「たぶんね」

 しかし志塚さんは、曖昧に頷く。

「ただ、どちらか一方か、或いは両方ってのは間違いないと思う。こいつら、どの動画でも気持ち悪いコメントばっかり書き込んでるからな。あんたもあんただ、なんですぐブロックしなかったんだ?」

「それは……」

 どんなものであろうと、コメントはコメントだ。再生数が滅多に三桁にいかない私のチャンネル動画で、こまめにコメントをくれる人は、それだけで貴重だと思ったのだ。それが、たとえ動画に一切関係のない内容のコメントだったとしても。

「視聴者を大事にする姿勢は結構だが、あんたが不快に思うコメントを書いたやつは、ブロックして普通だと思うぞ。そうでなきゃ、趣味さえ楽しめない世の中なんだから」

 志塚さんは小さくため息をはきながら、言う。

「ブロックした仕返しが怖いって言うんなら、その対策を請け負うこともできる。まあ十中八九、こういう連中は次のターゲットに移るだけだろうから、その辺りは無用な心配だと思うがな。ただ、今こいつらの執着の的はあんたで、生霊が襲ってくるところまで来てしまっている。アレとの縁を今すぐに断ち切ることをおすすめするね」

 インターネット上のトラブルは、本当に怖い。以前、ブロックしたら嫌がらせを受けたという話を見たことがある。話がこじれたら裁判沙汰も有り得るだろう。

 だけど。

 私の中では既に、現実的な恐怖よりも、アレに対面したときの恐怖のほうが上回っていた。

 きっと、次はない。

 もう一度アレに邂逅したら、私は自我を保っていられないだろう。

「ブロックしたほうが良い人のユーザー名、もう一度教えてもらって良いですか?」

 ゆっくりと深呼吸をしたのち、私は鞄からタブレット端末を取り出すと、動画投稿サイトの管理画面を開いた。

「こいつと、こいつ」

 志塚さんは僅かに口角を上げたかと思うと、さきほどと同じ画面から、該当人物を教えてくれた。

 ユーザーブロックは、存外あっさりと終わった。

 やってしまえば、呆気なく、味気なく。ただ、もう彼らからのコメントを見ずに済むのだと思うと、安堵している自分がいるのを実感する。

「除霊っつうか、縁切りっつうか……呼びかたはなんでも良いけど。ウチでやってくってことで良いんだよな?」

 私の作業が終わった頃を見計らって、志塚さんは念押しの確認をしてきた。

「は、はい。お願いします」

 私はそれに、覚悟を決めて頷いた。

 この場合の覚悟というのは、金銭的な面でのことである。元々、神社でお祓いをする予定だったから、初穂料程度しか持ってきてないのだ。便利屋の相場価格は、全くわからない。

「じゃあこれ、見積書な」

 私が頷いたのを見てからすぐにタブレット端末を操作していた志塚さんは、手早く料金を提示してくれた。

「……え? これゼロ少なくないですか?」

 これが本当なら、多めに包んできた初穂料でお釣りが出るほどだ。

「少なくない、これで合ってる。特に今回の場合は、雑経費が少ないからな。ほぼ人件費だ」

「はへえ……そうなんですね……」

 これほどお手頃なお値段で、果たして田舎町で生計を立てられているのだろうか……なんて、大学生がすべきではない不安が、脳裏を過る。いやいや、案外、お買い物代行とか掃除代行とかで儲かってるかもしれないし。なにより、応接室に入る前に通り過ぎた事務室には、そこそこデスクが並んでいたではないか。

「じゃあこれ、同意書と契約書。ちゃんと読んで理解して、納得できたら署名してくれな。俺はその間に準備してくるから」

 どうやら、業務用タブレットと一緒に書類も持ち込んでいたらしい。段取りが良いというか、手際が良いというか。

 書類とボールペンを受け取ると、志塚さんは応接室から出ていった。すっかり冷めたお茶を一口飲んでから、私は渡された書類に目を通すことにした。見慣れない文章に目眩がしそうになりつつ、読み進めていく。志塚さんや笹森さんの様子を見る限り――さらに、偶然出会っただけの私に身の危険が迫っているかもしれないと、大人の人に連絡してくれた中学生のことも含めて――害されることはないように思う。それでも、念の為。社会勉強だと思って、一言一句、しっかり読み込んだ。

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