この時間のお相手は、幽霊ラジオパーソナリティのレイでした!

しろしまそら

ラジオみたいな君が好きだった

 ──とある周波数に合わせると、ラジオで幽霊の声を聞くことができる。


 そんな話を聞いて僕は、ほんの出来心でラジオのツマミを調節した。というのも、妻が亡くなってから今日でちょうど四十九日だったからだ。


 それが怪談話だと分かってはいた。しかし、もしかして、もしかしたら、彼女の声が聞こえないかと、そんな淡い期待を抱いてしまったのだ。

 思えばどうかしていた。もしも彼女の声が聞こえたとして、未練や恨み言を言われてしまったら、一体どうするつもりだったのだろう。ましてや、縁もゆかりもない霊の声を聞くことになり、呪いをかけられてしまったら。

 しかし、ツマミを回しザザザと乱れていた音が切り替わり聞こえてきたのは、なんということだろう、たしかに妻の声だった。


「……えー、では、次のお便りに参りましょう。ラジオネーム『うんこたれ聖人』さん。こんばんは」


 彼女はラジオパーソナリティをやっていた。


***


「トゲアリトゲナシトゲトゲって棘があるか棘がないかどっちだと思いますか? トゲトゲは棘のある羽虫、その亜種のトゲナシトゲトゲは棘のない羽虫、さらにその亜種のトゲアリトゲナシトゲトゲは棘のある羽虫なんですよ。似て非なる話なんですけど、1,2,3,4,5,6-ヘキサクロロシクロヘキサンとかのくどい名称って浪漫ですよね」


 僕の妻のレイはお喋りで、よく分からないことを延々と語る人だった。口下手な僕が上手く相槌を打てなくても喋り続けるものだから、人から「ラジオみたいな奥さんだね」と言われたこともある。


 だからって、だからってさあ。


「えー、『こんばんは、レイさん。レイさんは少女漫画はお好きですか? 私は少女漫画家を目指している高校生です! 私は少女漫画が大好きなんですが、周りの女の子たちはみんな、流行りの少年漫画に夢中です! もしかして、少女漫画って、女の子も読んでないの!?』」

 お便りを読み上げる声は、何度聞いても聞き間違えようもない、大好きな彼女の声だ。

「あーねー」

 丁寧な言葉遣いに加え、愛嬌のある砕けた相槌。彼女だ。

「少年漫画は女性も普通に読んでいるけど、少女漫画は男性は読まないという風潮がありますよね。つまり、少女漫画というジャンル自体がマイナージャンルであると、たしかにそうとも考えられますね」

 彼女だ。

 何も死んでからまでラジオみたいに喋らなくたって良いじゃないか。僕はもっとしんみりしたものを期待していた気がする。

「でも私は好きですよ、少女漫画。『俺様ティーチャー』とか超オススメです」

 もっとしっとりした少女漫画の例示が期待されている気がするんだけどな。

「少女漫画を読んでるって、なんか照れ臭いんですよね。でも、そうやって照れ臭くてこっそり隠れて読むのもまた、少女漫画の醍醐味じゃないですか。刺さる人に刺されば良い、いつの時代だって、少女漫画を必要としている少女たちは必ずいます」

 そうだね。きっとそうだ。

「この少子高齢化の時代、若者は若者であるというだけで生まれた時からマイノリティですからね。好きを突き進め、少女漫画家志望! 応援しています! ではここでリクエストの一曲、『ウルフルズ』で『ええねん』!」

 そっかあ。彼女の話には妙な説得力があるような、ないような。


 曲が流れ、終わり、番組が終盤に入る。

「では最後のお便りです。ラジオネーム『ハムカツ魔王』さん。こんばんは。えー、『こんばんは、レイさん。レイさんは時間を戻して伝えたい、ってことってありますか? 私は昨日、お婆さんにバスの乗り方を聞かれて。3時発のバスに乗ればこの駅に行けますよー、次のバスですね、って答えちゃったんですけど、そうしたら2時58分に別の駅行きのバスが来ちゃったんです。私別のバスも来るって知らなかったから、慌ててお婆さんに伝えようとしたんですけど、お婆さんもうバスに乗っちゃってて。間に合わなかったー。悪いことしたーって』」

 質問内容でどきりとしたけれど、そのあとの話が長くて細やかで、僕はどんな気持ちで聞いていたらいいのか分からなかった。あるよね、そういうこと。

「あーー、わかる! あるよね、そういうこと!」

 彼女も同感だったようだ。

「追いかけて伝えたいけど、追いかけて伝えられるものなんですかね? 出発しちゃったら流石にもう駄目ですよね。いやー、心の中でごめんねと言うしかないですもんね。切ない」

 切ないね。

「そうですね、私の時間を戻して伝えたい言葉も、『ごめんね』ですかね、やっぱり」


 あ。

 そんな、と言おうとしたところで、彼女は続けた。

「いや、やっぱり、『ありがとう』かな」

 そんな、そんな。そんなのは、僕の方が。

「でも、また会えるかもしれないじゃないですか。道を聞かれたってことは、普段からそこのバス停を使ってる人じゃないのかな? でも世間って狭いし、意外とまた会えますよ」

 そう。

 そっか。

「それじゃあ、最後の一曲、『ゆず』で『また会える日まで』。この時間のお相手は、幽霊ラジオパーソナリティのレイでした!」

 彼女の話には妙な説得力があるような、ないような。不思議な時間が終わると、ラジオから再びザザザとノイズが流れた。


 彼女が亡くなって、今日でちょうど四十九日。僕よりも一足先に極楽浄土へ行った彼女は、向こうでもラジオのようにお喋りなようだ。

 いつか、僕がそちらに行った時には、きっと相槌は上手く打てないけど、よかったらゲストに呼んでください。

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この時間のお相手は、幽霊ラジオパーソナリティのレイでした! しろしまそら @sora_shiroshima

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