勇者の剣

円寺える

短編

 親父が死んだ。

 近くの海へ魚を獲りに行ったのだが、泳いでいる最中、サメに食われて死んだらしい。船で漁をしていたおじさんから聞いた。海に生息するモンスターの警戒をしていたがサメの警戒をしていなかったのだと。サメもモンスターも警戒するのは一緒だろ、サメの警戒を怠ったってどういう意味だよ。と、疑問はあったが、サメに飲み込まれる父を目撃したおじさん相手にそんな疑問をぶつけたところで、親父がサメの餌になったのは事実なのだ。

 おふくろは何年も前に病気で他界しており、俺の家族は三つ下の妹のみになった。

 頼れる親戚はいなかった。存在するのかもしれないが、関りが一切なく、名前も居場所も、何も知らない。

 親父を墓に入れた後、妹のキキと二人で遺品整理をしていた。

 親父が亡くなったことに悲しくはあったが、それよりもこの先二人で生きていくことを考えるのにいっぱいだった。親不孝な息子を許してくれ。

 悲しむ時間なく簡単な遺品整理をしていると、どうしてこんなものを残しているんだと言いたくなるような物が奥からあふれ出て来て、驚きや呆れに変わった。


「この瓶に入ってるのは何だよ…」

「それは多分、切った爪ね」

「何でこんなもん残してるんだよ」

「知らないわよ。同じ男だから、お兄ちゃんの方が分かるでしょ」

「分からねえよ」


 小瓶に詰まった多量の爪の欠片。

 開けたら異臭がしそうだと思い、捨てる袋に放り込んだ。


「ちょっと、これ見てよ」

「うわ、何だそれ」

「魚の目玉」

「親父、変な趣味があったんだな」


 親父が死んでから知る、妙な収集癖。

 衝撃的で、悲しみの涙はもう出なかった。

 次から次へと出てくる珍妙な物は、すべて袋へと詰め込んだ。

 家は狭く、裕福でもなかったためすぐに整理は終わった。袋の口を縛り、捨てる準備をしているとキキが思い出したかのように暗い表情で言った。


「そういえばさ、あの山どうするの?」

「山?あー、あったな。そうか、金払わないといけないもんな」


 代々受け継いでいる山の存在をたった今思い出した。

 先祖が持っていた山を親父が受け継いだ。そして次は俺が所有者になる。

 山を持つことは、この辺りでは珍しくない。金持ちだから持っているのではなく、子々孫々受け継ぐものなのだ。

 山を持っているだけで税金を払わなければならない。昔はそんなことなかったようだが、お偉い様が税を絞り取るためにそういう制度をつくったのだ。

 貧乏だというのに、先祖から受け継いだというだけで税を払わなければならない不満を持っているのは皆一緒だ。嫌なら手放せばいいだろう、と何も知らない連中は言うが、そんな簡単な話ではない。

 一体誰が山なんかを欲しがるというのだ。

 例えば山で野菜や果実をつくったとして、それを収穫し、売らなければならない。しかし、市場には既に新鮮な野菜や果物がたくさん売られており、今更新参者が売りに行ったとしても相手にしてもらえない。

 客だって、いつも買っている場所で買いたいだろうし、売る側は売る者同士で関係ができている。その中に飛び込んだところで、目の敵にされるに決まっているのだ。

 俺たちのように海の近くに住んでいる者は魚で生計を立てている。魚を売ったり、舟を漕いだり、そうやって生きているのだ。本音としては、山なんか要らない。受け継ぎたくない。そう思っている人が多い。


「山の税金、高いのよね?」


 キキは嫌そうに顔を顰めながら言う。


「毎月払わないといけないのが苦しいな」

「どうにかして売れないの?」

「山が欲しいっていう奴はよっぽどの金持ちだろうな。事業拡大のために買うくらいか?金持ちの気持ちはさっぱり分からんから、他に使い道なんて思いつかねえ」

「山を買ってくれる人を探す?人が多いところで声を出してさ」

「無理だろうな。そんな奴等がいたらとっくに売れてる。それに、山が売れたっていう奴を見たことあるか?」

「…そんな話聞いたことない」

「だろ?特にこの辺の奴は、山を売りたくて仕方ないのに買い手がいないから売れずにいるんだ」


 キキは盛大な溜息を吐いてその場で大の字になった。

 しかし、これは本当にどうにかせねばならない。親父が死んで、俺とキキだけで生活するのに山の件は一大事だ。

 最近、物の値が上がっている。経済のことは分からないが、どうやら外交が上手くいっていないようで、輸出や輸入が難しくなっていると聞いた。どうやら第六王子が隣国で失礼な事をしてしまったことが原因らしい。

 第六王子といえば我儘で有名なクソガキだ。

 六人も王子がいるのだから第六王子がゆくゆくは国王になる、なんてことにはならないだろうが、もしもそんな日が来ればこの国は終わりだ。

 王室は国民に第六王子の非礼を知られたくないようだが、風の噂は最速でこの漁村まで吹いた。

 隣の一家は詳細を耳にしたようで第六王子に腹を立てて、ここ最近はずっと口汚く罵っている。

 国民の衣食住に影響しているのだから、気持ちは分かる。俺は第六王子が何をしたか詳細を知らないが、物の値が上がったのは事実なので俺も第六王子は嫌いだ。クソガキは好かん。


「お兄ちゃん、どうする?」


 キキは絶望した顔で宙を見ている。


「米もパンも高くなってるし、その上山の税が圧し掛かってくるよ。それに増税なんてされたら…」

「どうするかな…」


 どうするか、と問われても解決策が思い浮かばない。

 山の所有権を放棄したい。放棄するためには、誰かに引き継がなければならないがその相手は恐らく見つからない。国に返せばいいのかもしれないが、そうなると恐らく莫大な金を要求される。「お前が要らないのならその山を貰ってやる。その代わり、金も一緒に寄こせ」と国が言うのだ。その金額は数年で稼げる額ではない。


「本当に何も方法がないの?誰かに売れないならタダで譲るとかさ」

「タダで貰っても税金を払わないといけないからな、貰いたくないだろう」

「…山ってそんなに需要ないの?」

「必要な人はもう持ってる。山は一つあれば十分だ。二つも要らないだろ?」

「確かに。じゃあ、本当にお手上げ?税金を払い続けるしかないってこと?」

「そうだなぁ」


 人に売るにしろ譲るにしろ、相手がいないだろう。桁違いの金持ちが気まぐれで買うか、大金を払って国に返すか、それくらいしかない。


「そういえば」

「何?何か思いついたの?」


 キキは起き上がって俺の顔を覗き込む。

 そんな期待された目で見つめられても、期待には応えられない。


「国に返そうとすれば金を毟り取られるが、国が欲しいって言った時は確か金が貰えるんだったな。そうだ、国に売却できたはずだ」

「え?まあ、聞いたことはあるけど。山を潰して街をつくるときなんかは、国が持ち主から山を買うのよね」

「…」

「え?それだけ?」


 期待を込めた瞳が一変し、落胆の溜息を吐かれた。

 兄として、妹にそんな態度をとられて焦る。


「いや、ほら、あれだ、国が欲しいって思うくらい良い山かもしれないだろ」

「そんなに魅力的な山だったら、とっくの昔に売れてるんじゃないの?」

「うっ。でも、俺たち山に行ったことないだろ?山の魅力なんて、そもそも山に入ったことがないから分からない!」

「で?」

「で…行ってみないか?」

「はぁ?」

「一度山に行ってみようぜ」


 うげー、と顔を歪めるキキを無視し、一人頷く。そうだ。俺たちは山に一度も行ったことがない。売るにせよ、譲るにせよ、国に返すにせよ、自分の持ち山を見てみないと売り文句すらつくれない。

 親父は海にしか出掛けなかったから、山を見たことがないはずだ。俺たちが生まれる前にもしかしたら山を訪れたのかもしれないが、山の良い所を親父から聞いたことがない。酷い有様で子どもには言えなかったのか、それとも山に興味がなかったのか。後者だと思いたい。


「え、本当に行くの?」

「辺り前だろ。ほら、行くぞ」

「えー、私も?」


 嫌そうな声を出すも、のろのろと立ち上がって後ろをついてくる。

 聞き分けの良い妹だ。

 何かを準備することなく身一つで家を出ると、近くに住むジョーイが通りかかった。ジョーイは俺より年上だが、真っ当に生きるだけ無駄だと言って街に出かけては盗みやスリをしている。ジョーイの弟や妹を養うためには、真っ当に働くだけでは難しいのだろう。ジョーイのような人間を数人知っている。皆捕まっていないので才能というべきか。自分が食べていくため、家族を養うため。そんな理由から行っているので、悪人ではないのだ。


「珍しいな、兄妹でお出かけか?」

「まあな。山を見に行くんだ」

「山って、あぁ、親父さんの次はお前が継ぐのか。大変だよな、あれ。俺の親父毎月キレてるぜ。最近は第六王子のせいで金がすぐなくなっちまう」

「あの値上がりは酷いよな」

「俺の家なんて、米を買う余裕がなくて今まで以上に魚ばっかりだぜ」

「どこも同じだな。あっちの仕事はどうなんだ?」


 あっちの仕事、というのは盗みやスリのことだ。


「いやー、結構大変なんだよ」

「値上がりはあっちの仕事に関係ないだろ?」

「って思うだろ?この辺りは自給自足が主だから知らなかったんだが、街では賃金が削られてるみたいでよ、収入が減り、物価は上がり、ピリピリしてんだよ。万引き防止みたいなことも始めやがって、盗りにくい」

「そうなのか」

「店の金が減ってないか、商品が盗られてないか、目玉をぎょろぎょろ動かしてんの。スろうと思っても、皆大事に大事に持ってガードが固くなってる」

「なんか大袈裟だな」

「実際に盗難が増えてるみたいで、大袈裟とも言えないんだなこれが」


 頭を抱えるジョーイに、どこも大変なんだなと同情する。

 値上がりが色んな人間に影響を与え、困らせている。

 可哀想だし、気持ちは分かるが他人のことばかり気にしていられない。この不景気に加えて山のことがある。

 あれさえ処分できれば、国に払っている税を貯金にまわすことができる。キキは年頃だから、着る服など見た目を気にしているはずだ。兄として妹に金を使ってやりたい。


「良さそうな食い物が山にあったら、俺の分もとってきてくれよ」

「あぁ、あればな」


 恐らくないだろう。長年放置している山に立派なものがあるとは思えない。

 奇跡的に育っている可能性もあるが、広大な山を隅から隅まで歩くことはできない。万が一見かけたらジョーイの分もとってきてやろう、と思うがそういえば籠一つ持って出なかった。取ってくるのが面倒だ。どうせ山には何もないだろうから、別にいいか。

 ジョーイと別れた後、キキと二人で長い道のりを歩く。

 山の場所は地図で見たし、ここから一番近い山が先祖代々持っている山だ。家から近くてよかった。

 平坦な道を並んで歩き、十五分歩くと汚そうな山の麓に着いた。

 手入れがされていないので葉がたくさん落ちている。木は伸びたい放題で、遠くに倒れている木も見える。


「なんか臭そう」

「そんなこと言うなよ」

「虫も多そう」

「それは、多いだろうな」


 汚い山を見ると、やはり親父は山に行くことはなかったのだと分かる。

 ここで作物を植えようと思っても、まず植える場所から整えなければならない。それに加え、食料は近所で分けるという風習がある。近所に住む者は海から食料を獲ってくる。その中に一家だけ山で野菜を作るものがいたらどうなるか。魚を獲る者が多いのだから、皆魚には困っていないが、ない野菜は買わなければならない。山で育てた物はすべて、近所に配らなければならなくなる。実際、野菜を育てている家の人間がたまにお裾分けをしにやってくる。やりたくてやっているわけではないのだろう。近所の目があるから、なんで分けないのだと怒り狂う妙な奴がいるから、仲間外れにされたくないから、標的にされたくないから。そういった理由で行っていることは、皆知っているが口にしないだけだ。

 山と海を天秤にかけ、親父は海を選んだのだろう。「あんた山を持ってるんだから、山菜でも育てなよ。わたしだったら絶対植えるのに」とお節介婆さんたちが親父に言っていたことがある。親父は「あの山は儂の何代も前から放置してるんですよ。誰かに売りたいくらいで、もし良ければいかがです?」と言い返していた。今思えばあれは婆さんたちが食べるために、親父を唆そうとしていたのだ。

 あのババア共はもう死んだけど、今になって理解するなんて、それだけ自分が山に興味を持たなかったということか。

 山を継ぐといっても、することは何もない。そう思っていたあの頃の自分に呆れてしまう。税金を払うだけで苦労するぞ。


「もう帰りたい。足場は悪いし虫がいるし、最悪」


 キキは不満を口にしながらも俺の後ろをついてくる。

 山には当然ながら道はなく、ただひたすら木や竹に掴まりながら登っていくけれど、食べられそうなものは見当たらない。というか、知識が乏しいのでどれが食べられるものか見分けがつかない。

 そもそも竹は食えるのか。俺の知識はそのレベルだった。


「キキ、食える物がその辺に生えてないか?」

「どれも雑草よ」

「そうだよな、都合よくあるわけないよな」

「当たり前でしょ。こんな山に一体何があるのよ。あったとしても、きっと動物に食べられてるわ」


 そうか、動物もいるのか。

 じゃあ期待はできそうにない。

 それよりも、動物がいる山にのこのこと入って大丈夫だったのか。心配になってきた。

 小さくて可愛い動物ばかりじゃないだろう。何より、モンスターだって出るかもしれない。モンスターが相手だとただの人間に勝ち目はない。国の騎士団でさえモンスター討伐に行って死ぬこともある。

 税金を払うだけならまだいいが、キキがモンスターに食われて死ぬことは避けたい。親父がサメに食われて死んだのも嫌だったが、キキが食われて死ぬのはもっと嫌だ。

 食われて死ぬ、というのが嫌だ。どんな死に方でも死は嫌なのだが、食われて死ぬのは、そいつの栄養分にされているので、凄く嫌だ。親父もキキも、魚じゃないんだ。


「お兄ちゃん、あとどれくらい歩くの?何も見つからないけど」

「そうだな…そろそろ下りるか」

「え、もう?」

「まだここにいたいのか?」

「そんなわけないじゃない。お兄ちゃん、あんなに良い顔で張り切ってたのに、早く切り上げるんだなー、って思っただけよ」

「まあ、な。モンスターが出るかもしれないだろ」

「モンスター?こんなところに出没しないわよ」

「そんなの分からないだろ。海にも山にもモンスターの住処はあるんだから、人間が住む所にモンスターが住み着く可能性だってあるし、人間の前に現れる可能性だってある」

「それってすっごい低い確率でしょ。モンスターがいるところに出向いた人間が食べられてるだけよ」

「漁師のおじさんや親父もモンスターには警戒してたぞ。襲われる危険性があるから、警戒してたんだろ」

「警戒なんて大層なもんじゃないでしょ。命綱付けたり、モンスターいないかなぁって周囲を見渡すくらいよ。大体、そんなことしなくたっていいのよ。モンスターは人間を避けるって言われてるんだから」


 そうは言うけれど、街では「人間が住んでいる家にモンスターが現れたらしい」という噂が流れていると、数日前にジョーイが言っていた。

 噂なので嘘かもしれないが本当かもしれない。俺も定期的に街へ行って、情報を得るべきか。モンスターだけでなく、有益な情報があるかもしれない。


「まったく、小心者なんだから。ほら、行くよ」


 あんなに顔を顰めて嫌がっていたのに、今は俺よりも張り切っている。

 一度モンスターのことを考えたら、視界の端から現れるかもしれないと想像してしまい、きょろきょろと色んなところへ視線をやる。

 そんな小心者の兄を横目に、キキは真っ直ぐ前だけを見て山を登り続けた。


「はぁ、疲れるだけね。こんな山、誰だって要らないわ」


 一時間くらい歩くと、キキは疲労を隠さず吐き捨てた。

 もう下りよう、と提案しようとしたが、ふと視界の端に黒いものが見えた。

 気になってよく見ると、一部だけなんだか暗い。

 目を細めてみるが形がはっきりとしないので、立ち止まったキキを置いて気になる方へ足を進めた。


「ちょっと、待ってよ」

「疲れたんだろ。そこで待ってろ」

「はぁ、行くわよ」


 ついてこなくてもいいのだが、大きく呼吸をしながら後ろをついてくる。

 土を踏みしめながら気になる場所へ行くと、穴が空いているようだった。穴、というか空洞か。


「何これ、洞窟?」

「山の中にこんなでかい穴…絶対何かの巣だよな?」


 来るんじゃなかった。

 好奇心で来てしまったが、どう見ても大きな生物が住んでいそうな穴だ。

 引き返そうとするが、キキは興味があるようで中へ入っていく。慌てて腕を掴むが「ちょっと入ってみようよ」と楽しそうに言うので渋々足を踏み入れた。

 もっと強く止めるべきなのだろうが、怖いもの見たさというべきか、気になるのは俺も一緒だ。

 怪物が出すような声は聞こえないし、異臭もしない。

 先程考えていたモンスターのことが頭を過る。これはもしかしてモンスターの住処ではないか。洞窟のような大きな穴が自然に空くだろうか。何者かが意図的に空けたのではないか。ではその目的は何だ。きっと住むためだ。

 想像すればするほど悪い方向へ傾いていく。


「お、おいキキ…やっぱり引き返そう」


 俺の弱気な言葉を無視し、キキはさらに進んで行く。


「おいって。ここ、何かの巣じゃないのか?」


 キキは視線を一度寄こすと、面倒くさそうに溜息を吐いた。

 その視線は「うるさい」と語っている。

 仕方がないのでキキの好きなようにさせようと、隣を歩く。モンスターがいたら一瞬で食べられてしまうだろう。逃げる余裕があればいいけれど、そんな隙を与えてくれるとは思えない。何かあったら兄である俺がキキを守らなければ。ぐっと拳を握りしめていると、キキの「あ!」と大きな声に意識を引っ張られた。


「な、何だ、どうした!」

「あれ」

「何だ?」


 キキが指した先は薄く光っている。

 上から光が漏れているのか、と見渡してみるがそんな様子はない。それに、その光は上から降り注がれているのではなく、それ自体が光を放っている。

 薄い光の正体を暴くため、一歩一歩近寄ってみる。


「剣、かな?」


 キキが首を傾げるのも無理はない。普段は包丁しか扱わないため、見慣れていないのだ。

 地面に突き刺さっている綺麗な刃が家にある包丁とは大違いだ。

 赤い宝石がついていて、高く売れそうな剣だ。薄い光を纏っているし、絶対これは特別な剣だ。


「この赤いの、ルビーかな?本物かな?売れるかな?」


 目をかっぴらいて、剣を凝視している。考えることは同じだ。


「ん?この持ち手の部分、変な模様があるぞ。なんか貧乏くさいな、この模様」

「どこ?」

「ほら、持つところ全体に細い線で模様が描かれてる」

「あれっ、これ、見たことある」

「何がだ?」

「この模様。そういえば、この剣も見覚えがある気が…」


 近くで観察していたキキは、後退って全体を眺めたり、また近くで見たり、記憶を手繰り寄せているようだった。

 俺はこんなものに見覚えはない。剣といえば騎士団が腰に下げているくらいで、それ以外に持っている人間を見たことがない。旅人が稀に持っているようだが、俺の記憶にはない。


「どうしてキキに見覚えがあるんだよ…」

「うーん、何だったかな」

「ソードマスターにでも会ったのかよ」


 ソードマスターの称号を国王から与えられたのは、今や騎士団団長のみだ。俺たちとは身分差があり、キキがソードマスターと会ったなんて微塵も思っていない。ただの冗談で言ったつもりだったのだが、キキは目を見開いて動きを止めた。

 なんだ、その反応。まさか本当に会ったことがあるのか。

 あのソードマスターと面識があるのか。一体いつだ。こんな田舎にソードマスターが来たのか。街で会ったのか。でもキキはあまり街には行かないから、ソードマスターが田舎に来た線が濃厚だ。

 どうなんだ。


「チグリのお兄ちゃんが持ってる本に載ってた」


 ソードマスターじゃなかった。

 落胆が隠しきれない。


「多分これ、凄い剣だよ。ソードマスター級だと思う」

「見間違いじゃないのか?」

「うーん、自信はない。チグリの家に行って確かめてみようよ」


 チグリというのは、キキの友達だ。

 潜りが得意で年中日焼けをしている女の子だ。

 昔は男の子と見間違う程だったが、今や可愛らしい女の子に成長している。

 その兄は好青年という言葉が似合う男で、街まで働きに行っている真面目な男だ。

 顔は悪くないし性格も良いため、街で良家の女性と結婚してくれたらと両親が密かに願っているらしい。

 良家の女性と結婚できたら幸せだろうが、あの男は結婚を渋りそうだ。真面目故に身分がどうのこうのと言って、身を引きそうなところがある。

 本を読むのが好きだったから、独り身を貫いて本に囲まれる生活を送る未来が俺には見える。

 チグリ兄の本を確認するため、一旦山を下りてチグリの家に向かった。

 相変わらず色黒のチグリが出迎えてくれ、家の隅に積まれている本を一冊ずつ確認することとなった。


「何の本を探してるの?」


 俺とキキが真剣に本を捲っている姿に疑問を抱いたチグリは、首を傾げている。

 キキが喋ろうと口を開く瞬間、慌てて「いやー!」と大声で割って入った。


「キキが昔読んだ本が忘れられないっていうから、探しに来たんだ!なっ!」

「え?」

「なっ!!」

「うん…」


 何の話だ、とでも言いたげに眉を寄せるキキを見て見ぬふりをし、ハハッと笑ってみせる。

 チグリは「ふうん」と興味なさげに呟くと、「終わったら声かけてね」と言い残して魚を捌きにこの場から離れた。


「どういうこと?私、忘れられない本なんてないけど」


 チグリの姿が消えると、キキはじとっと睨んできた。


「馬鹿。売ったら高そうな剣を見つけたんだけど、チグリの兄ちゃんが持ってる本に書いてあった気がするー、って言うつもりだっただろ」

「何が駄目なの?」

「噂が立ったらどうするんだよ。横取りされるぞ」

「でもあの山は私たちのだよ。他人の山って知ってて入る輩がいるかな?」

「周りに窃盗犯がいるだろうが…」

「でもその人たちとは友達でしょ?」

「友達じゃなくて、近くに住んでるだけだ。金が絡むと貧乏人は目の色変えること、知ってるだろ」

「まあ、そうだね。あんな山の中に誰も入らないと思ったけど、金目の物があれば入るよね」


 納得した様子で頷いたので、作業を再開する。

 一ページずつ捲っていくが、剣のことなんて書いていない。キキは絵を見たと言っていたので文字を追うより探しやすいと思ったのだが、分厚い本ばかりで一冊確認し終えるのに時間がかかる。

 貧乏なのによくこんなに本を買う金があったなと感心してしまう。

 黄ばんでいたり端が破れていたり、何度も読んだのかと推測したが、どこからか拾って来たという可能性もある。例えば街で棄てられていた本を持ち帰ったとか。

 失礼なことを考えながらも目はきちんと役割を果たす。だが一向に目当ての本が出てこない。この単純作業に飽きてきた。何より目が疲れた。

 キキをちらっと見ると、真剣な表情で丁寧に捲っている。

 俺はこういう単純作業が苦手なんだよ。

 どちらかというと海で泳いだり、歩いたり、体を動かす方が好きだ。

 黙ったままじっと座って本を捲るなんて、つまらない。

 ふぁ、と大きな欠伸が出てしまうが仕方ない。身体は正直だ。

 次から次へと欠伸が出てしまい、終いには睡魔が襲ってきた。これはいけない。キキに怒られてしまう。

 こくりこくりと首が勝手に動いてしまうのを感じながら、身体の勝手にさせていた。


「あ!!」


 キキの叫び声で睡魔はどこかへ飛んでいき、びくっと肩を震わせた。

 夢の中へ旅立とうとしていたことを隠すため、涎を拭き、起きていた振りをしながら「見つかったか!」と元気よく声を出した。


「これだよこれ!覚えてる!」


 持っている本に顔を近づけ、興奮している。

 横から顔を覗かせてみるとそこには剣の絵が描いてあった。

 色はついていないが、形や装飾が似ている。よく見るとあの古臭い模様までそっくりだ。

 隣のページには説明するような文字が羅列してあるが、字が小さすぎて読む気になれない。田舎に住む貧乏人だが、この辺りは昔から識字率が高い方だ。

 魚を食べると頭が良くなる、という云い伝えがある。それが本当なら俺は今頃賢い頭を駆使して金持ちになってるはずなんだが。

 マシな所に住んでいるだけよしとしよう。

 キキは俺の顔に手を押し付け、邪魔だと行動で示した。

 一人分距離を置いて座り、キキの真剣な横顔を見つめる。

 剣は男が持つものだから、女からすれば興味なんて欠片もないだろう。キキだって例外ではなく、男が振り回す物に関心を寄せていないはずだ。夢中になって本を読んでいるのは、あの剣が高く売れそうだからだ。結局は金が欲しい。


「すごい、すごいよお兄ちゃん…すごい」


 鼻息を荒くして興奮している姿は贔屓目にしても気持ち悪い。


「何がすごいんだ?あの赤い宝石か?」

「すごい、すごいよ」

「だから何がすごいんだよ。教えろよ」

「でもこれ高く売れるのかな?」


 荒かった鼻息がぴたりと止まり熱が冷めたかのように、一瞬にして表情が消えた。

 何だよ。気になるな。

 高く売り飛ばせそうだから興奮してたんじゃないのか。


「見せろよ」


 キキから本を取り上げて小さな文字を追っていく。

 面倒な気持ちを無理やり押しのけて、キキが興奮していた理由と一瞬にしてその興奮が止んだ理由を知るべくコバエのような字を最後まで読む。

 その間、キキは一言も喋らなかった。

 最後の一文を読み終えると、なるほど、キキの心情も理解できた。

 すごい。すごいものを俺たちは見つけてしまった。これは歴史的発見だ。俺たちは後世に名を遺すのか、と熱いものがこみ上げてくる。しかし、これは金になるのか。歴史的発見をした者、と大々的に報じられるだけで俺たちに金は入ってこないように思える。


「これは、金になるのか…ならないのか…」

「でしょ!?」

「あー、多分無理だろうなぁ」

「やっぱりそうなのかな」

「待てよ。いや、そうでもないかもしれない」


 ピンときた。思いついてしまった。

 我ながら名案が浮かんだ。

 積まれている本を崩し、一冊一冊、表紙に目を通す。

 俺が手に取った本の中で、確かあったはずだ。


「何を探してるの?」

「金になるかもしれない大事な本だよ」

「これはチグリのお兄ちゃんの本だから、売っちゃ駄目だよ」


 あ、あった。

 発行されたのは今年だから、使える。


「なんなの、それ」

「取り敢えず二冊借りようぜ。チグリはどこだ」


 家の中を見渡してもチグリの姿はない。家を出ると、チグリは貝を大量に洗っていた。


「チグリ、本二冊借りるぞ」

「いいけど、返してくれよ。兄ちゃんのなんだから」

「あぁ、すぐに返す」

「最近兄ちゃんは街の図書館で本を借りてるから、家に置いている本はあんまり読まなくなったみたいだけど。怒られるのはあたしなんだから」

「分かってるって。じゃ、ありがとな」


 本二冊を持って再び山を目指す。

 無意識に足が速く動き、キキが「急かさないでよ」と隣で文句を言っている。

 キキの歩幅に合わせてやりたいが、早くあの場所へ行きたい。

 誰かが見つけているかもしれない、という不安も拭えない。

 走りたい衝動をぐっとおさえながら来た道を辿った。


「ちょっと、お兄ちゃん、いい加減にしてよ」


 ぜえぜえはあはあと呼吸をしながら、キキは洞窟の前に立つ俺を睨みつける。

 途中から山を登るペースが早くなってしまったことは認める。

 だって仕方がないだろう。

 早くあの剣の元へ行きたい。


「ほら、行くぞ」


 キキに手を差し出すと、ぺちんと音を立てて払いのけられた。

 昔はあんなに手を繋いでいたのに。

 行き場のなくした手が可哀想で、もう片方の手で撫でる。


「気持ち悪いことしてないで、早く行くよ」


 いつの間にかキキは俺よりも先へ進み、既に洞窟の中へと入っていた。

 キキと並んで暗い洞窟を歩き、薄く輝いている剣が視界映ると二人揃って走った。

 小型のライトを取り出してキキは俺が持つ本を照らす。

 絵と実物を見比べると、同じだ。キキの記憶は正しかった。


「すっげえ!これだ!」

「すごい、私の記憶力すごい!チグリの家に行ったとき、暇だからって本を読んでた甲斐があった!」

「勤勉キキ!」

「優秀な私!」

「すごい!」

「すごいわ!」


 飛び跳ねて喜んだのも束の間、金のことを考えると動きは止まる。

 そして俺たちにはもう一つ、ある考えが過る。この本を読んでから、やってみたいと思っていた。キキも間違いなく、思っている。


「で、お兄ちゃん。これ、抜いてみる?」


 地面に刺さっている剣を抜いてみよう、という考えだ。

 その行為こそ、本に書かれている最も重要な部分。

 俺たちの目の前にある高く売れそうな剣は、八百年前に勇者が持っていたものだ。その時代に暴れていた残虐なモンスターを勇者がこの剣で倒した。人々には平和がもたらされ、勇者は称えられて天寿を全うしたそうだ。これだけ聞くと、「ふうん」の一言で終わってしまうのだが、このモンスターというのがその辺のモンスターとは比にならない悪だという。人間を惨殺し、村も街もたくさん滅ぼした。世界は人類の危機を察知し、騎士を総動員させて討伐を行ったが、騎士の命が奪われていくだけでモンスターは痛くも痒くもない。その危機的状況を勇者が救ったのだ。

 そのモンスターはゼビルと名付けられ、語り継がれている。らしいが、俺は初耳だ。モンスターなんかよりも今を生きる方が大切である。それに、本は読まない。

 この本にはいかに勇者が素晴らしかったか、そして勇者の剣は発見されていないという旨が書き連ねてある。

 つまり、俺たちが見つけた勇者の剣は勇者の死後、誰一人見つけることができなかった。

 俺たちは世紀の大発見をしたのだ。

 その筋に詳しい者や研究者は、勇者がゼビルを倒した剣に秘密があるとか、あの剣は光を纏っていたとか、勇者は世界に一人しか存在せず次の勇者が現れるのは現勇者が死んだ後だと語っているらしい。丁寧にそんなことまで記載があるのだ。

 そして最後はこう締めくくられている。勇者の剣は、勇者しか扱うことしかできず、勇者以外が剣に触れても動かすことはできない、と。

 これはどういうことかというと、地面に刺さっているこの剣は勇者にしか抜けない。

 逆にいうと、この剣を抜いた者は勇者となる。

 心躍る。


「お、お兄ちゃん抜いてみてよ」


 わくわくを隠しきれずにキキが言った。


「キキが先にやれよ」

「えー、仕方ないなぁ」


 勇者といえば男だ。女が抜けるとは思えない。

 だが万が一ということもある。

 八百年前の勇者は男だったが、もしかしたら女でも抜けるのかもしれない。

 キキは緊張しながら両手で剣を握った。


「これ、上に引っ張ればいいんだよね?」

「多分」

「じゃあ、いくよ」

「おう。怪我するなよ」


 両手に力を入れて、ぐぬぬと顔を顰めながら腕を震わせる。

 数秒頑張っていたが、疲れたのか息を大きく吐き出した。


「駄目、抜けない」

「キキの力が弱いんじゃないか?力いっぱいやったのか?」

「やったよ。はぁ、私は勇者じゃないみたい」

「よし、じゃあ次は俺だ」


 胸が高鳴る。けれど、同じくらい「どうせ抜けないだろうな」と諦めもある。

 挑戦するのはタダだし、記念に触るだけだ。そう思いながらキキと場所を代わる。


「ねぇ、もしもお兄ちゃんが勇者だったらどうする?」

「は?」


 急な質問に、素っ頓狂な声が出てしまった。


「例えばだよ。どうするの?」

「どうって…どうなんだろ?」

「国に報告するの?」

「そうなるのか?」

「でももしお兄ちゃんが勇者で、国に報告なんてしたら、間違いなく騎士団入り確定だよね」

「それは嫌だな」


 騎士団といえば、国民のために命を投げ捨てる集団だ。

 モンスター討伐はもちろん、王室を狙う不届き者や他国からの侵略。ありとあらゆる弊害を命がけで排除する。

 それは王室のため、国のため、国民のためだ。

 悪いが俺はそんなものに命を投げ出したくない。どこで誰がモンスターに襲われようが、国王が刺されようが、知ったこっちゃない。

 俺とキキが安全ならそれでいい。

 他人のために死ぬ騎士団に入団するなんて御免だ。


「じゃあ、どうするの?」

「さあな。っていうか、それはこいつを抜くことができたらの話だろ」

「うん」

「田舎者の貧乏野郎が勇者、っていう可能性は低いぞ」

「夢がないなぁ。男って、こういうのに夢を持つんじゃないの?」

「もしかして…っていう気持ちもあるけど、俺はちゃんと現実を見る男だからな」

「じゃあ、抜けなかったらどうする?」

「ふっ、それはもう考えてある」

「教えてよ」

「まあ待て。まずは俺にも剣を触らせろ」


 両手で強く握る。


「いくぞ」


 握力と腕力を最大限発揮し、思い切り上に引っ張ると勢いよく後ろに倒れた。

 後頭部や肩など強打し、痛みに悶える。

 離れたところからカシャンと金属音が聞こえた気がするが、激痛が走ってそちらを気にかける余裕はない。


「いってええ!」


 その場で蹲り、痛みに耐えるべく歯を食いしばる。

 なんなんだ一体。

 足でも滑らせたか。

 ひいひいと呻きながら頭を押さえていると、キキが俺の体を激しく揺すった。

 馬鹿野郎、そんなに揺さぶるな。優しく扱ってくれ。


「お、お、お、お兄ちゃん!!!!」

「うっ、頭に響く」

「お兄ちゃんってば!!」


 体を揺すっていた手は風を切って俺の頬にぶつかった。


「いてえ!」

「しっかりしなさい!」


 両頬をビンタされた。

 妹の愛ある鞭を受け、なんとか体を起こす。

 キキが興奮しながら指をさすので、その先を目で追うと俺が握っていたはずの剣が地面に倒れていた。

 何で倒れてるんだ。それに、刺さっていた場所はそこじゃなかったはずだ。


「え?え?」

「すっごおおい!!お兄ちゃん、勇者になっちゃったよ!!」


 瞳を輝かせて純粋な笑顔で俺を見つめるキキ。

 そんな顔、いつぶりに見ただろう。

 満面の笑みのキキ。倒れている剣。


「マジ?俺って勇者?」


 剣が倒れているのは、俺が地面から抜いたからにほかならない。

 抜いた俺は勇者だ。


「お兄ちゃんすごい!すごいよ!勇者だよ!勇者になったから…勇者になったから…あれ?勇者だから騎士団入り?」

「絶対に嫌だ!」


 俺が勇者なのか、と感動したのはたった数秒。

 キキの言葉で現実に引き戻された。

 俺が勇者だということに喜びがないわけではないが、それよりも騎士団入りが嫌すぎる。

 痛みも忘れて俺が放り投げたであろう剣を手に取る。

 見た目に反して軽い。

 何度か振り回してみるが、重さをあまり感じない。

 これが八百年前、ゼビルを葬った勇者の剣。

 殺傷能力が高いのだろうか。

 でも、軽いからモンスターにダメージを負わせることはできそうにない。

 切れ味がずば抜けているのだろうか。

 試しに洞窟の壁を刺してみる。

 ずぷぷ。


「ほえ?」

「お、お兄ちゃん何してるの?」

「み、見ろ…」


 そう言って俺は壁を刺し続ける。


「な、何やってんの?」

「団子に櫛を刺す感じだ…壁が柔らかすぎる」

「そんなわけないじゃない」


 キキが人差し指で壁を突く。

 俺も同じように、指で突いてみる。


「岩のように固い」

「当たり前でしょ。洞窟がふにゃふにゃだったら今頃崩壊してる」


 再度剣で壁を刺してみるが、難なく刃が壁を通る。

 これが勇者の剣。国を救った剣。

 まじまじと剣を見るが、高く売れそうだという印象しか受けない。


「で、どうするの?騎士団に入るの?国に報告するの?金持ちに売るの?勿体ないから売るんじゃなくて、騎士団に入ればいいのに。たくさん給料もらえるんじゃない?」

「馬鹿、何で俺が国のために命を捧げるんだよ。それに、貧乏人が勇者の剣を持ってるんだから、入団したら妬み嫉みでいじめられそうだろ。戦場で命を落とす前に精神をやられそうだ」

「えー、じゃあ売るってこと?」

「ふっふっふ」


 にやりと笑うと、キキは気持ち悪そうに一歩下がった。失礼だな。


「これだ」


 チグリの家から借りてきた、もう一冊の本をキキに差しだす。


「…法律の本?」


 そうだ。


「これが勇者の剣と関係あるの?」

「大ありだ。キキ、俺は商売を始める」

「意味が分からない」

「まあ見てな。俺を信じて協力してくれ」


 キキは不信感丸出しのまま、小さく頷いた。

 信用していません、と顔に書いてあるが反抗することなく従ってくれる。俺が日頃から良い行いをしているからだろうか。

 剣を元の場所に刺し、地面に落ちている石で刺した壁を修復する。

 洞窟を出ると家に帰って帽子を被り、顔が見えないようにして街へ出かけた。

 キキと打ち合わせていたことを実行し、その一週間後。


「さぁ、勇者は誰だー!?この剣を抜く勇者は存在しているのかー!?」


 大きな声を出して並んでいる人々の興奮を煽り、盛り上げていた。

 洞窟の中から最後尾は見えない。長い長い列をつくり、一人また一人と自分が勇者ではないかと期待を込めて剣を引っ張る。


「あー、惜しい!お兄さん体格良いのに!」

「クソ!」


 俺の倍以上はある体で踏ん張るも抜くことはできず、怒りながら洞窟を出て行く。


「次、次俺だ!」

「はい、一回千ゼニーね」

「よっしゃ!」


 客はキキに千ゼニーを支払い、両手で剣を握る。

 これこそ、俺が始めた商売だ。

 キキはにこにこ笑い、増えていく金に喜んでいるみたいだった。

 千ゼニーは安いのではないか、とキキに言われた。高くても挑戦したいという人間はいるだろうが、それだと気軽に挑戦できない。老若男女問わず挑戦するには、千ゼニーが丁度いい。物価の値上がりを考慮しても、千ゼニーが妥当だ。

 俺の悪知恵は一体誰に似たのやら。

 俺の所有している山にある剣で商売を始めることは、違法ではない。この剣が歴史に名を刻んでいる剣だとしても、俺の山にあるのだからどう使おうが俺の勝手だ。これは法律で認められている。チグリから借りた本にも、記載があった。悪いことはしていない。

 うおおおおお、と顔を真っ赤にさせて必死になる男を眺めてほくそ笑む。

 勇者は俺だ。勇者の剣を抜けるのはこの俺だ。

 俺以外に抜くことはできない。俺が勇者だということを隠し通しさえすれば、この商売は永遠に続けることができる。

 毎日魚を食べているお陰か、俺、賢い。

 俺の悪知恵を知ったキキは大賛成し、悪い顔をしながら「詐欺をするってことだね。儲かりそう」と悪魔のような笑い声を上げていた。

 自分が勇者かもしれない、と期待に満ちた表情で並んでいるのを見ると思わずニヤけてしまう。

 ここにいる全員がカモだ。


「だあああ!はぁはぁ、駄目か…」


 精一杯頑張っても剣はびくともしない。

 男は並んでいた時とは打って変わって、しょんぼりと俯きがちに帰っていった。

 日が暮れてくると客足は遠のいた。

 夜の山に誰も来たくないのだろう。

 手製の縄を洞窟の入口に打ち付け、無断で侵入できないようにした。

 もしもこの縄が切られて侵入されることがあったら、落とし穴でもつくろう。

 街で「勇者の剣が見つかったらしいぜ」という噂を流してからまだ一週間しか経っていない。

 明日以降はもっと多く来るだろうと予想している。

 キキが受け取った金を家で数えてみると、三万ゼニーもあった。

 一日にこれだけ稼げたことがあっただろうか。労働したわけでもないのに、ただ立って声を出しているだけで、キキに至っては金を受け取るだけで、三万ゼニーも儲けた。

 これだけあれば何でも買える。

 家の中で貯金するのは危ないので壺の中に金を入れて、皆が寝静まった頃、小さな畑に穴を掘って壺を埋めた。

 この場で金を貯めるのは愚かな行為だ。目の色変えた近所の婆たちが集ってくるかもしれない。貯金はそこそこにして、キキの服やアクセサリーを購入する方がいいだろう。年頃だし、欲しくて堪らないはずだ。

 妹には金を惜しまない。

 陰で手荒れに悩んでいることや、身体から魚臭がすることを気にしていることなど、お見通しだ。その悩みが金で解決するのなら、商売を始めた甲斐があったというもの。

 我ながら妹思いの優しい兄だ。

 キキはというと、何人来たらいくら稼げるのかと、明日の儲け額を計算しているようだ。

 そんなキキの背中を見ながら眠りについた。

 この日はなんだか良い夢をみた気がする。





「お兄さん残念!次の人ー!」


 翌日も、その翌日も、噂が人を呼んでくる。俺の商売はあちこちで広まり、我も我もと連日人が洞窟にやってくる。

 商売を始める前に山を整備してよかった。勇者の剣で木を切り倒し、登りやすいようにほんの少しだけ地面を削っただけだが、洞窟までの道のりをつくって正解だった。

 俺とは違い、綺麗な身なりをしている男がいるのを見ると、道をつくったことを後悔することもあった。必死こいて登ってくればよかったのに。そんなことが頭を過る。

 キキは微塵もそんなことを考えていないようで、カモが来たカモが来たと目を輝かせている。露骨にそんな顔をするなよと言いたいところだが、見方を変えれば「誰が勇者になるんだろう」と楽しみにしている小娘に見えなくもない。


「お疲れ様でした!」


 肩を落として帰る男を笑顔で見送るキキ。

 この日も日が暮れる頃には客がいなくなっていた。

 稼いだ金の重さに幸せを感じているキキだったが、疑問を俺にぶつけた。


「女の人、一人も来ないね」


 そうなのだ。

 足を運んでくるのは男共ばかりで、女の姿はない。

 勇者と聞いて女を連想する人はいないだろうし、こればかりは仕方がない。

 本当は老若男女すべての人間に来てもらい、金を集めたかったが、女は勇者の剣に興味なく、老人はここまで来るのに一苦労だ。だから洞窟にやってくるのは体力のある男に限られる。


「女もだけど、年寄りも来ないだろ」

「若い男しか来ないよねぇ。もっとたくさんの人に来てほしいところだけど」

「キキだったら千ゼニーを払ってここに来ようと思うか?」

「思わない。私はタダだからその剣に触ったのよ。千ゼニーも払うなら、街で果物でも買うわ」

「そういうことだろうな」

「うーん、難しいね」

「興味を持ってもらうための宣伝を考えないとな」

「宣伝かぁ。じゃあ、私、明日街に行ってみる」

「どうするんだ?」

「宣伝のいい方法が思いつくかもしれないでしょ」


 男の俺が考えるよりも、キキに任せた方が妙案が浮かぶかも。

 貧しい環境で育ったからか、キキはしっかり者になった。チグリもそうだが、毎日生きることに必死な奴等は大人しくない。ただ、キキは女だから身なりが恥ずかしいとか、そういう気持ちがあって気後れすることはあるだろう。街には化粧を施して破れていない服を着ているいい匂いを撒き散らす女がたくさんいる。その中に紛れると、途端に自分の外見が気になり、人に話しかけることが嫌になる。街に行くというのは、そういうことだ。だからあそこに住む女たちは街へ行きたがらない。行きたいな、住みたいな、と願望はあっても現実は優しくない。女同様に、若い男、特に十代になったばかりの少年も街へは行きたがらない。俺も街に慣れないうちはそうだった。汚い虫を見るように顔を顰め、生ごみでもあるかのように鼻をつまみ、自分たちとは違う汚い姿を見て嘲笑する。幼いながらもその反応は理解し、理解した瞬間、身体中に羞恥が駆け巡り、逃げ出したくなる。初めて惨めさを思い知ったあの時のことは年月が経っても忘れることはできない。悲しいことに、今ではもう慣れてしまった。この漁村だけでは生活ができない、街で売らなければ金は稼げない。あの視線や笑い声に対する羞恥心は、いつの間にか海へ落としてしまった。

 キキは街へ行きたくないのだと知っていたから、街へ売りに行く時は俺か親父が行っていた。俺と親父は示し合わせていたわけではないが、互いに察し、どちらかが街へ行くのが暗黙の了解だった。俺にとっては妹、親父にとっては娘に対する優しさだった。

 宣伝のためとはいえ、キキが街へ行くと言ったことに少なからず驚いた。勇者の剣の商売が良い方向へ転ぶと確信したからだろうか。大金が手に入りそうだから、形振り構っていられないのだろうか。そうだとすれば、たくましい限りだ。

 キキならしっかり宣伝方法を見つけてくるだろう。

 朝早くに出かけたから、街から戻ってきたら家へは帰らず山へ寄るかもしれない。凄く参考になる宣伝があったよと上機嫌で戻ってくるか、特にこれといってなかったと肩を落として帰ってくるか。キキの手腕を信じているから、前者であると思う。前者であってほしい。

 そう思いながら、勇者の剣を抜こうと試みに来た客の相手をしていると、昼過ぎにキキが洞窟へやって来た。思ったより早かったな、収穫はどうだった、家に戻って休んでていいぞ、今日は魚の干物があるから海に行かなくてもいいぞ。さてどれから言おうかと思案する暇もなく、キキの横に立っている人を視界に入れると硬直した。

 キキはなんとなく引き攣った表情をしているし、キキの横にいる女は興味深そうに剣を眺めている。

 俺の妹なのだから、一緒に商売をしているのだから、列に並ばなくてもいいのに。一瞬そう思った俺は、何故列に並んでいるのか考えなかった。キキの横にいる女が、その理由だった。


「お兄ちゃん、その、この方も挑戦したいんだって」


 ひくひくと口角を動かしながら、笑顔をつくっている。

 この人、ではなく、この方、と言ったことや後ろに並んでいる客の反応で確信に変わった。

 五年前、およそ九十年ぶりに騎士団に入団した女騎士。

 髪の長さは女っ気がなく、騎士の制服を着ていると男と見間違う。

 街へ行くと度々その話題を耳にする。

 男に引けを取らない強さは本物だと。九十年ぶりの女騎士として、有名になっている。

 騎士なのだから剣に興味があるのだろう。街でじわじわと膨らんでいく勇者の剣の噂話を聞き、そこへキキが現れ、いい機会だとここまでやって来たのだろう。詳しい経緯は知らないが、キキと一緒に来たということは、キキが勇者の剣について誰かと話している最中にこの女騎士が割って入ったと考えた方が妥当だ。キキの表情からは女騎士への嫌悪を少なからず感じる。


「小僧、いくらだ?」


 小僧。そう呼ばれる年齢ではない。

 確かにまだ二十歳になっていないが、小僧呼ばわりされる程幼くない。


「…千ゼニーです」


 つい表情に出そうになる。

 慌てて笑顔を繕って、女騎士から金を受け取る。

 両手で拳をつくり、気合十分な女騎士は剣に手をかけて深呼吸をした。

 そして「ふんっ」と振り絞るような声を出し、両足で踏ん張る。

 負けず嫌いなのか、一分以上踏ん張っていたが、ついに息を吐いて剣から手を離した。

 列に並ぶ客からは「騎士でも駄目なら、俺たちはもっと駄目だろ」「いやでも女には無理だろ。勇者の剣だぞ」「騎士でもない俺たちに抜けるのか?」などの話し声が聞こえる。これで客が帰ったらどうしてくれるんだ。


「小僧、これは本物の勇者の剣なのか?」

「はい。そうです」


 本当か?と疑いの眼差しを向けられる。

 自分に抜けなかったからといって、責任転嫁はしないでほしい。


「噂を聞きつけた専門家たちがそう言っていたので、本当ですよ」

「その専門家が偽物の可能性は?」

「さぁ?専門家を見分ける方法なんて知りませんから。でも、本に載っている勇者の剣と同じものですよ」

「その本が間違っている可能性は?」

「さぁ?その本に書いてある勇者の剣が偽物だと見分ける方法なんて知りませんから」

「ならば、この勇者の剣が本物だという証明はできないのだな」


 勇者になれなかったから、八つ当たりをしているのか。

 無表情からは何も読み取れないが、八つ当たりだと認識した。


「これが勇者の剣でないのなら、あなたに抜けますよね」


 間違ったことは言っていない。勇者の剣が本物だから、誰も抜くことができないのだ。この女騎士の前に屈強な男が何人もいた。それでも、誰も剣を抜くことができなかった。

 俺の一言にカチンときたのか、女騎士は再度剣を引き抜こうと両手で握り、踏ん張った。


「ぐぬっ!この!」


 今までの客同様に顔を真っ赤にさせ、目を瞑り、歯を食いしばって必死に抜こうと試みるが抜けない。

 一度力を緩め、また踏ん張り、それを何度か繰り返す。

 それでも剣は抜けない。

 五分格闘していたが、どうしても抜けない事実に直面し、剣から離れた。

 ほらみろ。


「わたしの力不足かもしれないな」


 言い訳がましく呟き、立ち去ろうとする背中に「あ」と声を出した。


「ちょっと、お金を払ってませんよ」


 心外だ、と眉を寄せながら女騎士は立ち止まり振り返った。


「払っただろう、千ゼニー」

「それは一回分ですよ。あなた、二回しましたよね。二回目の料金は未払いですよ」

「は?」


 女騎士に喧嘩を売っている画になり、キキのおろおろしている姿が視界の端に映った。


「一度剣から手を離し、帰ろうとしましたよね」

「間に人を挟んでいないだろう。ずっとわたしの番だった」

「他のお客さん、たくさん待ってるんですよ。あなたが帰ろうとした時、あなたの番は終わりました」

「帰っていない」

「帰ろうとした時点で終わりです」

「ならば後ろの奴に聞こう。おい、わたしは二回やったのか?」


 いきなり話しかけられた小太りの男は「え!?」と素っ頓狂な声を上げ、「あー、えー」と視線を泳がせていたが、女騎士の「どうなんだ?」という圧に負け「い、一回です」と小さな声で答えていた。


「聞いたか?わたしは一回しかしていない」


 この光景を見ている客たちは、何も不思議に思わないのだろうか。

 九十年ぶりに入団した女騎士だというのに、そんなオーラはない。

 俺たちのような貧乏人でもあるまい。騎士だから給料は平均以上貰っているはずだ。それなのにこのケチケチとした性格。もしかして、生まれや育ちは俺たちと一緒なのか。


「はぁ、そうですか」


 わざとらしく大きな溜息を吐き、続ける。


「騎士団員の方が千ゼニーをケチるなんて…まあ、たかが千ゼニーでも大切ですもんね」


 煽るような言い方をすれば、女騎士は目を吊り上げた。


「ならば小僧はただの千ゼニーを欲しがっているというわけか」

「商売なので」

「ふん、仕方ない。たかが千ゼニーをそこまで欲しがるのなら恵んでやろう」


 女騎士はそう言うと千ゼニーを持って手を出したが、俺が受け取る前に地面に落ちてしまった。意図的に落としたのは丸わかりだ。

 腰を曲げて拾い上げると、女騎士は鼻で笑い、洞窟を去って行った。


「な、なんなのあいつ...!嫌な性格!」

「キキ、落ち着けよ」

「噂の女騎士がどんな奴かと思えば、千ゼニーをケチるわ、地面に落とすわ、拾わせて鼻で笑うわ、性悪女ね!騎士団に入れたのって運がよかっただけなんじゃないの!?」

「まあまあ、いくら騎士で鍛錬を積んでいるとはいえ、距離感が分からないこともあるさ」


 ぷんすか怒るキキを横目に、次の客から千ゼニーを貰う。

 小太りの男は「災難だったな」と苦笑している。だったら「一回です」なんて答えるなよ。

 本人もそのことがあって気まずいのか、首を掻きながらひそひそ話をするように手を口元に当てた。


「イルカさんだけど」

「イルカ?」

「あ、さっきの女騎士」

「へえ、あの女騎士、イルカって名前なんだ」

「この噂は出回ってないけど、イルカさんの性格はよくないみたいだよ」

「さっきの見たらなんとなく分かります」

「あの性格だから入団できたというか、あの性格だから男だらけの騎士団にいられるんだ。女騎士って肩書だけが有名になってるけど、あの性格だから、イルカさんを知ってる人は彼女を女扱いしないらしいよ」

「お兄さんよく知ってるみたいだけど、知り合いですか?」

「親戚が騎士団で働いてるんだ。イルカさん、男相手に怯むことなく食って掛かるらしいよ。悪い人じゃなさそうだけど」

「ふうん。性格は微妙ってことか」

「普通の女性じゃないから、性格も普通の女性っぽくないんだろうね」


 あれより性格の悪い人間をたくさん見てきた身としては、あれくらい可愛いものだ。

 なんだかんだ、千ゼニーを二回払ったのだから。

 こちらとしては金儲けのためにこの商売をしているので、金さえ払ってくれるなら地面に金を落とそうが問題ない。

 千ゼニーを拾う姿を嘲笑されて傷つくようなプライドがあったら生きていけない。プライドを捨てて金が手に入るなら捨てるべきだ。

 たかが千ゼニーでも俺たちには必要なんだ。


「それじゃ、僕も挑戦させてもらうね!」


 千ゼニーを払った後、小太りの男は服がずれ上がりながらも頑張っていた。

 当然、抜けなかった。

 今日の商売が終わるとボロ家に戻り、キキが夕飯の支度するのを待っていたが、突っ立ったままで動く気配はない。

 俯き、唇をきゅっと結んでいる。

 悪いことをしてしまった子どものようだった。


「キキ、どうかしたのか?」

「…ごめん」

「え?」


 どうやら悪いことをしてしまったようだ。

 暗い顔で謝罪の言葉を口にする。

 何に謝っているのか。問おうとする前に悟った。

 恐らく女騎士を連れて来たことに対してだ。

 あの女騎士、もといイルカの隣で顔を引き攣らせていた様子からして、俺に申し訳なく思っているのだろう。


「女騎士のことか?」


 怒っていると思われたくないので、優しい声を出す。

 キキはこくりと頷いた。

 腹の虫が鳴いているが無視し、キキを座らせて、寄せ集めの箱の上に木の板を置いただけの簡易テーブルを挟んで話をする。


「街で歩いてたら勇者の剣の話をしてる男女がいて、その女の人に話を聞こうと思って割って入ったの。参考になるかもしれないと思って。そして話してたら、あのイルカって女騎士が通りかかって、私がその商売をしてるって知ったら案内しろって…」

「そうか」

「でも私、そのために街へ行ったんじゃないし、騎士団が絡むと国が絡むことになるかなと思って嫌だったんだけど、腕を引っ張られてそのまま…」

「そうか」

「ごめんなさい。早ければ明日にでも、国が介入してくるかもしれない。そうなれば、あの剣は国の所有物になって私たちは商売ができなくなるかも」

「そんなこと気にしてたのか?心配するな、大丈夫だから」

「でも」

「それに、キキがイルカを連れて来なくても近いうちに、お国の人間が来る」

「どうして分かるの?」

「剣、と聞いて一番早く反応する奴は誰だと思う?」


 問題を出されたキキは面食らっていたが顎に手を当てて考える。


「男?勇者の剣は男のロマンっぽいから」

「範囲が広いな。正解は騎士だ。国で唯一、合法的に剣を持って外を出歩ける奴等だ。普段から剣を使ってるだろ、だから自分が扱う剣には詳しいし使い勝手の良いものを選ぶために色んな剣を試してきたはずだ」

「言われてみれば、そうかも」

「一般人よりも先に反応するのは当然だろ?」


 キキは口を半開きにして小刻みに首を縦に振った後、気になる点があるのか首を傾げた。


「じゃあ今までどうして騎士団の人来なかったの?私が気づいてないだけで、来てたのかな?」

「いや、いなかった」

「どうして分かるの?」

「騎士団は仕事中でなくても剣を腰に下げているからな。列の中に、剣を持つ人間はいなかった」


 街へ行く時は色んな情報を手に入れようと、できる限り周囲を観察し、耳を立てている。騎士団のことも少しくらいは把握している。

 職業柄なのか、騎士団という肩書を顕示したいのかは分からない。


「つまり騎士が来ないのは、国が俺たちのことを見つけてどうにかしようとしているからだよ。それを知ってるから騎士たちは来ないんだ。国より先に俺たちに接触して、もし不穏な関係になったら、国が困るだろ。怒った俺たちがどんな暴挙に出るか分からない、例えば山火事を起こして剣の在りかをあやふやにすることだってある。そうなれば鎮火や剣の捜索でどれだけの時間と人手が必要だと思う?できるだけ穏便に済ませたいはずなんだ。だから騎士は来なかった」

「なるほど、お兄ちゃん頭いいね」

「へへん」

「でも国が関わってくるってことは、商売を咎められるってこと?」

「いや、多分、勇者の剣に興味があるんだろう。国を挙げての勇者捜索が始まるんじゃないか?」

「そうなれば私たちは億万長者!?」

「国の出方にもよるが、俺たちの目的は金だ。大金を手に入れるために、最善の道を行こう!」

「わーい!」


 そして四日が経過した日の夕方、予想していた通り、洞窟に騎士団を連れた国の人間が現れた。

 白髪交じりの男の後ろに騎士が三人控えている。その中にはあのイルカもいた。

 俺とは目を合わせようとせず、ふいっとそっぽを向いている。

 客がいなくなる頃合いを事前に調べていたのか、そろそろ帰ろうかというタイミングで現れた。


「こちらで勇者の剣を使って商売をしている輩がいると聞いて来たのだが、貴殿で間違いないか?」


 若く見積もっても五十代前半に見えるが、喋り方はもっと年を取っているようだ。


「はい」


 短く答えると、男は目を細めた。


「今日は貴殿と交渉をしに来た」

「失礼ですが、どちら様で?」

「国の使いで参った、ただの交渉役だ。レーズンと呼んでくれ」

「はぁ」

「さて、本題だ」


 レーズンは勇者の剣を一瞥した。


「我々は勇者を探している。商売の最中、騎士を一人置かせてもらえないだろうか?」

「勇者の誕生はすぐ噂になると思うので、その必要はないかと思いますよ」

「勇者が善人とは限らん。悪意を持った輩だとすれば、剣を抜いた瞬間一目散に逃走し、ゆくゆくは国を滅ぼすことだってあり得る」


 この国に存在するかどうかも分からないであろう勇者のために、毎日騎士が商売に立ち会う。商売の邪魔さえしなければ好きにすればいい。

 立ち合い料を払ってもらいたいところだが、ただ立って傍にいるだけなので徴収するのは難しい。いやしかし、もらえるのならもらいたい。

 何かないか。

 返事をせずに、レーズンと後ろの騎士三人に視線をやって、突けるものを見つけた。


「その女騎士の人、見覚えがあります。この前挑戦しに来てましたよね?」


 そう言うと、イルカの眉がぴくりと動いた。

 他の三人は言葉の続きを待っている。その様子からして、イルカが訪れたことについて既に知っているようだ。


「あなたが帰った後は客が減って困ってたんです。騎士でも勇者の剣を抜けなかったから自分に抜けるはずがない、と言って帰っていく客が何人もいました。次の日は普段よりも客数が減り、当然儲けも減りました」

「ふん、そもそも勇者は一人しかなれない。その勇者が自分である確率は低い。それを承知の上でここへやって来た者たちだろう。わたしのせいで客が減ったとは、責任転嫁も甚だしい」


 眉間にしわを寄せ、睨みつけるイルカは屈強な男にしか見えない。

 どれだけ屈強に見えても、この場で襲いかかってくることはできないので、怯えることなく話ができる。


「騎士が剣を抜けなかった、その光景を目の当たりにすれば落胆してしまうのは仕方のない事だと思いませんか?」

「どうしてもわたしの責任にしたいようだな」

「そんなつもりはありませんが、客が減ったのは事実です」


 胸の前で両手を振り、そんなつもりはないと大袈裟にアピールした。

 毎日客が何人来ているかなんて把握していないし、本当に減ったかどうかは知らない。俺の目には客が減ったように見えたから、減ったと言ったまでだ。

 あの日イルカが帰った後「俺たちに抜けるわけがないよな」と弱気な発言をしていた客がいたのは本当だ。そいつが挑戦する前に帰ったかは知らない。

 嘘を吐いたのではなく、事実と俺の主観を混ぜた。


「商売中に騎士がいることで、客が減るのは困ります」


 ぽりぽりと頬を掻きながら、困り顔で対応する。

 怒っていない、責めてもいない。

 強く言わないことがポイントだ。


「イルカの件でそう思ってしまうのは無理もない。だが、こちらとしても騎士の配置は譲れない」


 お願いというより、強制だな。

 レーズンとしては、騎士を置くことについて決定事項らしい。


「…分かりました。でしたら、客から見えないように山に潜むなどして頂けますか?」

「それは難しい。外にいると中の様子は分からない故に対処が遅れる」

「しかし、我々は生活がかかってるんです。たった千ゼニーだと思うかもしれませんが、我々にとっては死活問題です」


 ちらっとキキに視線を移すと、真剣な顔で大きく頷いていた。


「はぁ。騎士がいるだけで儲けが減るなんて馬鹿な話があるか。騎士の配置に承諾しろ」


 イルカが苛々したように口を挟んできた。


「承知はしました。客に見えない場所での待機をお願いします」

「レーズン殿が無理だと言っただろう。聞こえなかったのか?勇者の剣の傍に騎士を配置する、これは絶対だ」

「ですから、我々にも商売が…」

「うるさい。いいからさっさと承諾しろ」


 横柄な態度で接するイルカに、こちらとしても苛ついてしまう。

 黙り込んだ俺の裾をキキが引っ張り、小声で「お兄ちゃん…」と心配している。


「じゃあ、いいです。この話はなかったことにしてください」

「は?」

「言いましたよね、生活がかかってるって。俺たちとあなたたちで、身なりが違うことに気付きませんか?それだけ持っている金の量が違うということです。この辺りは貧乏人しか住んでいません。日銭を稼ぐために街へ出かけても侮蔑され、その日をなんとか生きるくらいの儲けしかない。飢え死になんてよく聞く話ですよ。病になっても治す金はない、街へ行って笑われない服を買う金もない。今日生きる金を命がけで稼いでるんです。商売の邪魔をするのなら、帰ってください」


 真剣さが伝わったのかその場は静まり返った。

 このまま素直に帰って行くとは思えない。

 レーズンは深々と頭を下げ、「申し訳ない」と一言口にした。

 顔を上げると、再び口を開いた。


「イルカの非礼を詫びよう。すまなかった。だが、交渉役として参じた以上、何もせず帰るわけにはいかない」


 イルカはさも自分は悪くないといった態度で、しれっとしている。

 そんな人間性でよく騎士になれたものだ。実力さえあればそれでいいのか。騎士を採用する基準は一体どうなっているんだ。

 イルカ以外の騎士二名は呆れ顔でイルカを横目に、レーズンと俺の会話を聞いている。


「騎士を置かせてくれたなら、一日定額を支払おう」

「…それは有難いですが、金額はどのくらいでしょう」

「一日五千ゼニーでいかがか」


 一回千ゼニーで商売をしているので、五千ゼニーだとすれば客五人分。

 何もせず毎日五千ゼニーが手に入るのだから悪くない。もっと欲しいところだが、これ以上は言うまい。


「ではそれでよろしくお願いいたします」


 立ち合い料をもらえることとなったのでよしとしよう。

 イルカのお陰だ。

 険悪な雰囲気を漂わせるとこうもあっさり一日五千ゼニーが確約された。

 この女騎士なかなか使えるのではないか。

 思いがけず得られることになった金に、胸が躍ってしまう。

 もしかして俺って、割と切れ者かな。


「ではまた訪問させてもらいます。その時は配置する騎士を連れてきますので、何卒、よろしくお願いしますよ」

「はい。お待ちしてます」


 レーズンは一度も笑うことなく、騎士三人を引き連れて洞窟を出て行った。

 残された俺とキキは肺に溜まっていた空気を吐き出し、その場に座り込んだ。

 キキは一言も話していないのに俺より緊張していたようで、魂が抜けたように呆然としている。


「何事もなくてよかったぁ。怖かった。お兄ちゃん、イルカさんに喧嘩売り始めるんだもん」

「あれは向こうが売ってきたんだよ。俺じゃない」

「だとしても、騎士相手に喧嘩しないでよ。あの人たち剣を持ってるんだから、斬られるかもしれないじゃない」

「交渉しに来た、って言ってただろ。そんなことしねえよ」

「分からないよ。私たちを殺して山ごと奪うつもりだったのかも」

「…全否定はできないな」


 ここで俺たちを亡き者にして、山の中に死体を捨て、山を国に帰属することもできる。

 そうならなくてよかった。

 貧乏人二人を殺したところで胸が痛まない非道な奴等なら、秒で斬られていた。

 深く考えずに喋っていたが、結構危ない橋を渡っていたのかもしれない。


「さっきの貧乏トーク何?」

「何のことだ?」

「私たちがどれだけ貧乏かをぺらぺら喋ってたでしょ。今日生きる金を必死で稼いでる、みたいなことをさ」

「あー、そうだな」

「飢え死にの話なんて初めて聞いたんだけど。あの辺で飢え死にした人いるの?」

「馬鹿、いくら貧乏でもあの辺で飢え死にする奴はいねえよ。海があるわ、芋はその辺にあるわ、あの中で飢え死にする奴は相当生きるのが下手だぜ」

「お兄ちゃん、飢え死にする話してたくせに。嘘吐いたんだ」

「まあ、老衰で動けなくなった老人の中には餓死した奴もいると思うし」

「イルカさんのせいで客が減った、っていうのも初めて聞いたよ」

「俺には減ってるように見えたんだ」


 じとっと胡散臭いものを見るような目をするキキから視線を逸らす。


「まっ、いいけどね。結果、毎日五千ゼニーが貰えることになったんだから!さすがお兄ちゃん」

「俺が本気を出せばこんなもんだ」

「いっぱいお金が集まるね。卑しい連中に盗まれなきゃいいけど」

「金を隠す場所を増やすか。一か所にまとめるよりは、分散させた方がいいな」


 家のすぐ隣に壺ごと埋めているが、この山の中にも埋めておくか。

 あの壺には少々の金を、山にはそれ以外の金を分散させて埋めた方が安全だ。

 宝石を購入することで大金を小さくでき、それを手元に置いて極貧になればそれを売るのもありだ。

 貧乏人が大金を現物で一か所に集めて置くなんて恐ろしいことをすれば、悪意のある者にすぐ様奪われてしまう。

 犯人捜しは難航するだろうし、捜し出したところで全て使われていたらどうしようもない。

 天国から一変、地獄を味わうことになる。


「いくらあれば働かずに生きていけるんだろう」


 キキがぽつりと呟いた。

 幼い頃から汗を垂らして働き、それでも街を堂々と歩くことができなかったキキは、もう労働などしたくはないのだろう。

 俺も同じだ。

 働かずに生きていけるなら、それがいい。


「さぁな。身なりを整えて街に住めるくらいには儲けたいもんだが。もう働きたくないよな」

「そういうわけじゃないけど」

「え?」


 働きたいのか。


「お金を稼ぐのは嫌いじゃないわ」

「たくましいな」

「今までみたいな労働は嫌だけどね。街で優雅に金を稼ぐことができたら、それが一番よ」


 本当に俺の妹か。

 俺はもう働きたくないというのに。

 金は欲しい。だから働く。

 金があるのなら俺は働かない。

 俺みたいな兄を持つと、妹はしっかり者に育つんだな。


「ねぇ、この商売はいつまで続くかな」

「国は広いから、すぐには終わらないだろう。そのうち国外の人間も呼び込むか。大きな宣伝を考えないと」

「でも、お国の人がこれから傍にいるなら難しいんじゃない?国外の人間が勇者だった場合のことを考えると、国は動こうとしないと思う」

「国外に勇者がいるなんて不都合すぎるからな。剣を奪われる上に、勇者探しの労力が無駄に終わっちまう。ま、その勇者は俺だけど」


 国外の人間を呼び込むとなると、国交にも関わってくる。

 もしも国外で勇者が見つかったら、その国とこれからどう関わっていくのか。

 勇者を探し出した自分たちに謝礼金をよこせ、勇者の剣は自分たちの物だから渡さない。そんなやりとりを行うか否かの問題がある。

 王室が他国の勇者を歓迎するとは思えない。

 国と王室は切り離されている、別物だ。と、主張する輩がいるけれど、街で得た情報やジョーイによると、この国の指針は国王が決めているし、王室は国の頂点であるため、政治も外交も王室が管理しているらしい。

 王室の人間と会ったことはないが、どういう人間なのかは噂で知っている。

 国を支配しているという意識が強く、自分たちの権威を誇示したい人間。

 つい最近、第五王女の婚約者を決めるパーティがあったようだ。表向きはただのパーティだったそうだが、年頃の男を一人ずつ王女の前に立たせ、王女がじっくり吟味するというものだ。

 王女の指示で、その場で上半身を裸にされた男もいたという噂だ。

 王室のパーティに参加する人間は貴族だけであるため、その男も当然貴族だ。王女によって大衆の面前で恥をかかされたその男はどうなったのか、そこまでは知らない。


「王室にこの山と剣が奪われる、なんてことないよね?ほら、あの第六王子が変な興味を持って、好き勝手するかもしれないじゃない」

「そうなったらまた考えればいいさ」

「そうなったらさすがに国が止めるわよね?」

「キキ、国は王室の犬だぞ」

「でもこの前、国民から高く支持されて、なんとかって人がなんとかって地位に就いたらいいよ」


 政治に興味のないキキはうろ覚えな話をする。

 俺も政治には興味がないけれど、街へ頻繁に出かけるジョーイからそういう類の話を聞いたことがある。


「あのな、この国の頂点は王室なんだよ。政治家は所詮政治家。王室の女と結婚でもしない限り、王室には入れないんだ」

「じゃあ、そのなんとかって人も王室の犬?」

「そうさ。どれだけ国民から支持されていても、王室の前ではただの犬」

「国とか政治って、やっぱり難しいんだね。よくわかんない」

「別に分からなくていいだろ。どうせ俺たちには関係ないんだ」

「関係なくはないよ。勇者の剣のことで国が動いてるんだからね」

「関係ない関係ない」

「お兄ちゃん、これからのことをちゃんと考えてるの?」

「考えてるさ。まあ任せとけ」


 不安そうなキキの頭に手を置き、鼻歌交じりに山を下りた。

 家の前まで行くと、ジョーイが立っていた。

 目が合うと軽く手を上げるので、俺も真似をして片手を上げた。

 ジョーイが俺を待っているなんて珍しい。いつもは偶然遭遇して世間話をする程度で、互いに待っていたことは一度もない。


「よ、商売の調子はどうだ」

「まあまあってところだ」


 キキは先に家の中へと入り、夕飯の支度をしてくれる。


「ふうん、売り上げはどんな感じだ?」

「まあまあだよ」

「嘘つけ、稼いでるんだろ」


 ジョーイは笑みを絶やさず俺の肩に腕をまわす。

 何が言いたいか察しはつく。


「街で仕事しようにも、ガードが固すぎて難しいんだよ。なぁ、ちょっとだけ金貸してくれよ」


 ほらきた。

 金を貸してと言うが、返す気がないのは分かっている。

 一度貸せば引き返せない。会う度に金を集ってくるだろう。

 悪い奴ではないが、金が関わると目の色が変わる。それはジョーイだけではない。これからジョーイのように、こうして金目当てで寄ってくる人間が現れるだろう。


「なぁ、頼むよ」

「無理なんだよ」

「なんだよ、冷たい奴だな」

「国が介入してきた」

「はぁ?」

「俺が何の商売してるかは、知ってんのか?」

「あぁ、勇者の剣だろ?知らねえ奴はいねえよ」


 この漁村では噂なんて一日でまわる。

 もう皆に知れ渡っている。


「お前は来ないんだな」

「あぁ、剣なんて抜いたところでどうせ騎士団入りだろ」


 ジョーイも俺と同じ考えらしい。

 騎士団に入って働くより、今の生活の方が楽なのだ。

 騎士団で給金を得るよりも、日銭稼ぎでスリをする方がいいのだろう。


「で、なんだよ国って」

「国は勇者を見つけたいんだと。それで、商売中は騎士がつくようになった」

「マジかよ」


 ジョーイは顔を引き攣らせる。

 おぉ、結構効果があるもんだな。

 騎士が傍にいる俺に近づきたくないと、その表情が物語っている。

 犯罪者からすると、国の人間は避けたいはずだ。

 つまり、俺に近づくことを躊躇うだろう。


「一日の商売が終わったら、騎士は帰っていくのか?」

「さぁ、それは知らないな。でも翌朝からまた俺が商売をするから、近くで寝泊まりしてるんじゃないか?」

「そ、そうか」


 俺の肩から手を退かし、あははと引き攣った笑みを浮かべながら「じゃ、商売頑張れよ」と言い残してジョーイは立ち去った。

 金をよこせ、という輩には騎士を盾にしよう。国が介入したと言えば、どうにでもなりそうだ。


 その夜、家の裏からザッザッという妙な音で目が覚めた。

 うるさいな、と思いながら寝る向きを変えるが、一度気になると眠れない。

 二人分程離れた先でキキがぐっすり眠っている。

 お兄ちゃんと一緒に寝たくない、とキキは言っていたが狭い家で寝ることができる場所は限られている。

 これはもう一緒に寝ているものだと思っているのだが、キキの中では「二人分の距離があるから一緒に寝ているわけではない」らしい。

 キキの背中から目を離し、閉じそうな瞼を擦りながら静かに外へ出る。

 家の裏は畑になっている。キキが育てている少ない野草があるくらいだ。

 野菜を育てようかと考えていたキキに、近所付き合いが面倒だからと親父と止めたのが遠い日の思い出である。それに、立派な畑ではない。ここに野菜を植えたとしても育たないだろう。

 そんな大したことない畑から、音がする。

 近づいてみると、どうやら土を掘っている音だった。

 畑を掘り起こしているのか。

 何故か。

 理由は一つだ。

 覚醒した脳みそは、隠れろと言っている。

 暗闇の中、隠れずとも姿を相手に見られることはないと思うが念のためだ。

 家の影からそっと畑を覗き、誰がいるのか目を凝らすが光がないのでよく見えない。


「はぁ、はぁ、はぁ」


 人の疲れた息遣いが聞こえる。

 子どもではない。

 もしもあれがジョーイであれば、ここまで疲れていないだろう。

 からん、と音がして、シャベルか何かを落としたようだ。

 疲れて掘り起こすことができないようだ。

 若者ではない。

 すると、家の明かりがつき、畑はうっすらと光に照らされた。


「あ」


 声を出すと、畑を掘り起こしていた人間がこちらを凝視した。

 見覚えがある老婆だった。

 名前は忘れたが、一人暮らしの老婆で、あだ名が「徘徊婆」である。

 朝から晩までどこかを歩いているので、そんなあだ名がつけられた。

 一人暮らし故に食べ物を一人で調達しなければならず、毎日食べ物を得るために歩いている。

 海に潜る元気はなく、街に出る体力もない。そんな老婆が探す食べ物といえば、その辺にある野草や芋、残飯などである。

 たまに老婆が屈むと、纏っているぼろ布から垂れた乳が姿を見せ、みっともないと中年の女から笑われている。自分たちはあんな風にならない自信があるのだろう。それは俺もだが、徘徊婆はこの漁村で一番貧しい。

 それでも誰も助けようとはしない。

 助けても利にならないからだ。

 一度助けると徘徊婆に何かあったとき、他人から「あなたがこの前面倒をみてあげていたんだから、どうにかして」と押し付けられることが確定してしまう。

 そんな徘徊婆が、俺の家の畑を掘り起こしていた。

 今更逃げても、顔を見たので意味はないのだが、徘徊婆は地獄にでも落ちたかのような形相で走り去った。

 老人の逃げ足は遅く、捕まえようと思えば捕まえることができるが、そうしなかった。

 徘徊婆が掘った穴はいくつかあり、畑があなぼこになっている。


「お兄ちゃん、何かあった?」


 心配したキキが家から出てきた。


「徘徊婆が畑を掘り起こしやがった」

「うわ、本当だ」

「多分、俺たちが稼いだ金を探してたんだろうな」

「普通は畑じゃなくて、家の中に侵入して探すもんじゃないの?」

「見てたんだろうな。俺が畑に隠すのを」

「あの徘徊婆、とっちめてやろうよ」

「何も奪われてないから、放っとけ」


 畑に埋めていたのは確かだが、老人が掘り起こせるような浅い場所には埋めていない。

 やはり現金で持つよりは宝石など小さいものにして蓄えておくべきだな。

 それか、街で銀行というところに預けるか。

 しかし、銀行というのはきちんとした人間のみ利用できるらしい。

 俺たちのような漁村住みの貧民は、恐らく利用できない。店に入ることすら許されないだろう。

 不公平だ、と思うが仕方ない。銀行を使おうと考えるほど裕福な奴らはそもそもここに住んでいない。


「まずは街に移住するところからだな」

「引っ越すの?いつ?」

「家を借りる程の金が用意できたら。身なりを整えて街へ行って、住むところを探すぞ」

「う、うん!」

「この調子だと来月くらいには探せそうだな」

「お、大きな家にする?」


 キキは瞳を輝かせている。

 余程嬉しいのだろう。


「そこまで大きくなくていいだろ。二人で住むんだから、それなりでいいさ」

「えー、大きい家がいい」

「賃貸の予定だ」

「えー、家は買わないの?」


 想像していたものと違うのか、一気に不満そうな顔を見せる。


「キキはいつか結婚して家を出るかもしれないだろ」

「ま、まあね!」

「最初は賃貸の方が色々と便利なのさ」

「うん。街でいい男を引っかけて結婚する」


 今度は家ではなく結婚の想像を膨らませているらしい。

 貴族の男と結婚はできないだろうから、それなりに教養のある男と結婚してくれ。と、兄として思うのだが、キキに教養があるのかと問われると何も言えない。

 街に住んでからのことを考えているキキの横顔はとても楽しそうで、絶対に街に住んでやると心に決めた。





 翌朝、商売のために洞窟へ向かうと既に騎士が立っていた。

 イルカと男が並んでおり、イルカは俺を見るなり眉を吊り上げて詰め寄ってきた。


「遅い。わたしたちだって暇じゃないんだ、時間通りに来い」


 魚を捕っていたので遅くなった。

 遅く来たのは事実なので素直に謝罪をすると、「これだから教養のない奴は」とため息を吐かれた。

 腹が立たないわけではないが、その程度で怒る程、俺の心は貧しくない。教養がないのは本当のことだ。

 街の子どもが学校という、学びの場所に通うようだが漁村にそんなものはない。

 詳しくは知らないが、学校へ行く権利すらないだろう。

 それを残念に思ったことなどないし、行きたいと思ったこともない。

 この女にそんなことを言っても鼻で笑われるだけだろう。「身分差があるのだから仕方がない」というようなことが返ってくるに違いない。


「千ゼニーです」


 次から次へとやってくる挑戦者たちから金を受け取り、必死で剣を抜こうと試みる姿を眺めては心の中で笑いが止まらない。

 今日も稼げそうだ。

 長蛇の列は終わりが見えない。

 朝からこんなに並んでいるのは初めてだな。

 噂が人を呼んだというやつか。この調子ならすぐに街で暮らせそうだ。

 この漁村ともおさらばだ。

 ここは底辺の人間の集まりだから、街へ行けば普通の人間がいる。街で暮らすようになればその普通にならなければならないので、覚えることが多そうだ。

 それこそ、教養が必要になる。

 底辺の人間だと分かると、街の奴等は汚物を見るような視線を向ける。汚物のレッテルを貼られたら引っ越せばいい。街は広いのだから、住むところはいくらでもあるはずだ。

 キキは一軒家が欲しいのだろうが、賃貸の方が便利なのだ。


「おい、兄ちゃん、俺もいいか」

「あ、はい。千ゼニーです」


 金を受け取り、また長蛇の列を眺める。

 やはり今日は人が多いな。こんな朝から来るなんて、余程暇なのだろうか。


「いつもはこんなことないんですけどね、今日は人が多いみたいです」


 イルカではなく、男の騎士に話しかけたつもりなのだが、イルカが反応し鼻で笑った。


「それはそうだろう。国が発表したのだからな」

「発表?」

「ふん、こんな田舎にはまだ伝わっていないようだな。昨日、勇者の剣が発見されたと国が発表した」


 そんな話、俺は聞いていないぞ。

 勇者の剣は俺の山で見つかったのだから、当然所有者は俺だ。

 その所有者に許可もとらずに国民に向けて発表するなんて、どうかしている。


「しかも、勇者には一千万ゼニーを送り、騎士団に入ることが約束されている。それを知った国民が、興味を持ってやってきたというわけだ」

「一千万ゼニーが貰えるなら、興味も沸くでしょうね」

「馬鹿が、騎士団に入団できるから興味を持ったんだ」


 はいはい。

 そんな気持ちで「そうなんですね」と返したが、表情に出ていたのだろう。イルカは眉間にしわを寄せた。


「お前、騎士団のことを知らないのか」

「知ってますよ」

「いいや、お前は知らない。はぁ、教養がないとそんなことも知らないのか」


 大きなため息を吐き、見下すように顔を上げる。

 騎士というより、王室の人間のような振る舞いだ。この女は王室を前にしたとき、どんな態度なのか興味がある。


「いいか、騎士団はな、国民が憧れる職業なんだ。狭き門を突破した者だけが騎士団に入団できる。これは名誉なことだから、貴族が我も我もと入団しようとする。平民にも入団試験を受ける権利はあるが、騎士のほとんどが貴族だ。平民と貴族では、頭脳も身の振り方も違う故、当然の結果だ」

「騎士はモンスター討伐の際に死ぬこともあると聞きましたけど、貴族はそれを承知して入団してるんですか?」

「愚門だな。騎士を知らずに入団する馬鹿がどこにいる」


 ジョーイが言っていたが、騎士に入団する貴族は家を継ぐことができない次男や、直系でない貴族みたいな者らしい。

 あのお高くとまっている貴族が、命を落とすかもしれない騎士になりたいだなんて想像できない。騎士について知らずに入団し、後悔するのかと思っていたけれどそうでもないのか。

 自ら進んで命を捨てるような職に就くなど、愚の骨頂だ。阿保だ。


「ほら兄ちゃん、千ゼニー」

「どうも」

「今日は人が多いな」

「よく知ってますね、もしかして二回目?」

「おうよ。今日は抜けるかもしれねえだろ」

「はは」

「しっかし多いな。こんなに人気なら、近隣の国からも来るんじゃねえか?」


 がたいの良い男は剣を抜こうと、深呼吸をする。

 近隣の国からも客が来るとなれば、長く商売ができる。一生この商売を続けることができる。


「やっぱり他国にも宣伝をして、客を呼び込むか」


 その独り言を拾ったイルカに、鬼の形相で胸倉を掴まれた。

 近くで見ても男らしい。

 顔の骨格や細い目、筋肉質な体。これが女だというのだから世の中分からない。本当は金玉ついてるんじゃないのか。


「外国への呼びかけは禁止だ」

「な、なんで」

「なんでもだ」

「いや、これは俺の商売なんで、俺が決めますよ」

「ここは我々の国だ。我々に従え」


 さすが騎士だ。その気迫は女のものとは思えない。

 圧があり、今にも頷いてしまいそうだ。

 騎士はこんな高圧的な態度の奴ばかりなのか。

 自分が偉いと言わんばかりだ。

 まさかこいつ、貴族なのか。

 こんな男みたいな女が、貴族なのか。

 俺が想像する貴族の女は、重そうなドレスを着て、毎日ケーキを食べて、パーティで遊びまくり、結婚するまでは親のすねをかじり、結婚した後は旦那のすねをかじる。労働とは一生無縁の脳内お花畑。それが貴族の女だと思っていた。

 いや、そうだ。それが貴族の女だ。

 金玉がついてるようなこんな奴、貴族なわけがない。

 きっと平民だ。

 騎士になってから、自分が偉くなったと勘違いしているんだ。いるよな、そういうやつ。今まで平民として上流階級から蔑まれてきたから、今度は自分が見下してやろうとでも思っているのだ。

 平民コンプレックスだな。

 その気持ちは分からんでもない。俺も貴族になったら、傲慢に振る舞うだろう。しかしここまで高圧的な態度にはならない。俺は貧民だが、イルカよりもっと腰を低くして生きることができる。身体能力は劣るかもしれないが、人間性は勝った。


「近隣諸国からも客が来れば、自国は潤っていくんじゃないですか?」

「知るか。そんなことを考えるのはわたしの仕事ではない」

「この国に勇者がいるという確信はありませんよ」

「だから、わたしの知ったことではない。わたしはここで勇者が現れるのを待てと命令されただけで、それ以外のことは知らん」


 イルカは嫌そうに顔を歪めた。

 こういう類の話が苦手なのだろう。

 つまりは脳筋か。

 騎士に頭脳派はいなさそうだ。せめて騎士団の団長くらいは賢い奴だといいが。

 そこまで考えて、気づいた。


「そういえば、他の騎士の方は挑戦しないんですか?」


 勇者の剣を指さして問う。

 今まで剣に触った騎士はイルカくらいだ。他の騎士連中は来ていない。


「本当に馬鹿だな。国境でのことを知らないのか」

「国境?」

「今、国境に多数のモンスターが出没している。数が多く、団長が団員を連れて討伐に行った。こんなことすら知らないとは、どこまでも無知な奴だ」


 蔑んだ視線を向けられる。

 ジョーイのやつ、そういうことも教えろよ。


「そろそろ団長たちが戻ってくる頃だろう。そうすればここにもやってくる。無礼な態度をとったら斬り捨てるぞ」


 イルカが腰に下げている剣に手をかけると、金属の音がした。

 俺なんて一瞬で殺されるだろう。

 女相手に怯む姿を見せたくないので、平静を装ってつくった笑顔を張り付ける。

 血の気が多い奴だ。

 気に入らないことがあると力でねじ伏せるなんて、まるで動物だ。

 知性を備えてこその人間であるというのに。

 騎士団団長は一体どんな人間なのだろう。騎士団のトップなのだから、話は通じる人であるといいけれど、このイルカの上司である。野蛮な人間かもしれない。

 剣が抜けないからと八つ当たりをされても困る。騎士団団長と貧民には大きな差があり、気に入らないことがあれば簡単に斬り殺せるだろう。

 俺一人が死んだところで大きなニュースになるわけでもない。たかが貧民、たかが漁村の男一人。葬ったところで唯一の家族であるキキが騒ぐだけだ。

 話が分かる人間でありますように。

 近い日に会うかもしれない団長の人間性について願いながら、今日もたくさん儲けた。





 イルカから、「そろそろ団長たちが戻ってくる頃だろう」と言われ、二か月が経過した。未だにその団長はやって来ない上に、騎士と思しき人間も客としてやって来ない。

 もしかしてモンスターにやられたのではないか。

 そんなことが頭を過るが俺には関係のないことなので、どうでもいいことかとすぐに頭の中から消え去った。

 商売を始めて二か月以上経過したが、客足は途絶えない。毎日毎日行列がつくられる。何日か休もうかと思っても、それを告知する術がないので休めない。

 儲かると思っていたこの商売は予想通り儲かっているが、それよりも商売に飽きてきた。もう働きたくない。

 今日はキキが客の相手をしてくれているので、俺は家で寛いでいた。

 商売を始めた当初はキキと二人で山へ赴いていたが、一日ずつ交代で働く方がいいだろうということになり、今日はキキの当番だった。

 これからどうするかな。

 着々と金は貯まっている。しかし、あの山で商売をするのは飽きた。

 他国からも客を呼び込もうかと宣伝の仕方を考えてもイルカに却下され、邪魔をされた。

 もう働く気がないのだから、他国に宣伝なんてしようと思っていない。

 キキは労働を苦に思うよりも、楽して大金を稼げることに喜んでおり、商売をやめようとは思っていない様子だ。

 キキには悪いが、商売はもうそろそろ終わらせる。稼ぐことをやめるのではない。国が交渉しに来るのを待っているだけだ。

 金を稼ぐ行為はどうしてこうも面倒に感じるのだろう。ただ山へ行って、客から金を受け取るだけであるというのに、俺はそれすらもしたくない。休みたい。のんびりしたい。

 魚を捕って、街の外れに売りに行く。その生活が染みついているからか、じっとして金を受け取るだけの行為に飽きがくるのは当然かもしれない。

 寝転がりながら窓から入るそよ風で涼んでいると、扉を叩く音がした。

 誰だよ、まさかまた金を集りに来たのか。

 徘徊婆や盗人が正面から来るわけないだろうし、ジョーイはこの時間街へ行っている。そもそも漁村連中は扉を叩くだけの行為はしない。大声で名前を呼んだり、用件を言う。

 扉を叩くだけ、ということは余所者か。

 まったく、品のある奴だ。


「はいはい」


 余所者相手なのだから、せめて髪くらいはまともでいようと、後頭部に寝ぐせがついていないか手で確認する。

 あ、寝ぐせしかない。

 寝ぐせがあると分かったからといって、直すことはせず、そのままの姿で扉を開けた。


「こんにちは」


 礼儀正しく挨拶をする男は品のある服を着ており、身長が低い。左右にも似た服を着た男が立っている。身長だけでいえば、大人に守られている子どものようだ。

 しかしこの余所者、一度会ったことがある。

 確か名前は。


「レーズンと申す」

「そうそう、レーズンさん」


 商売を始めた頃、交渉役として国から派遣されてきた人だ。

 そうそう、思い出した。

 洞窟に騎士を置かせてほしい、と頼みに来たことがあった。


「何か用ですかね?」

「あぁ、話があって参った」


 そう言うとレーズンは家の中をちらっと覗いた。

 小さな汚い家が珍しいのだろうか、見世物ではないぞ。

 レーズンを見ると、黙ったまま口を開かない。

 まさか、家に入りたいのか。

 家の中で話がしたいのか。

 恐らく勇者の剣絡みの話だろう。家の中で話したいということは、他人に聞かれてはまずい話なのかもしれない。


「中、入ります?」

「そうさせてもらおう」


 三人は家に入ると、顔は動かさず視線だけを彷徨わせる。

 だから、見世物じゃないぞ。

 広い家に住んでいるお国の人間は小屋のような家が珍しいようだ。

 じっくり見渡しては失礼だという認識があるからか、視線だけを動かしている。

 分かりやすい。

 出す茶はないので、三人の前に座り、話を促した。


「単刀直入に言うと、あの山を売ってほしい」


 よしきた。

 そんな話だろうと思った。

 そもそも、最初からあの山は売るつもりだった。親父が死んで、キキと山をどうするかという話になったとき、売れたらそれが一番いいという結論になった。その後で勇者の剣が見つかったわけだが。

 俺はあの山を、今でも手放したいと思っている。

 あの山にある勇者の剣でこの先も商売をやっていけるだろうが、働きたくない俺にとってあの山は不要だ。勇者の剣も、俺は要らない。

 そんなことを顔に出すわけにはいかないので、拒否を示すべく顔を歪める。


「俺は食っていくために、あの山で商売をしています。そう簡単に手放すことはできません」

「そうだろうな。貴殿の主張は理解できる。そこで、取り引きをしたい」

「取り引き?」


 きた。

 いくらで買ってくれるんだ。

 提示額によっては売らない。

 つまらない金額なら、気乗りはしないが今の商売を続けた方が儲けになるからな。

 一億程度じゃ無理だ。俺とキキ、二人でこの先何十年も生きるのだから、一億なんてすぐになくなる。

 十億ならまあ、売ってもいいかもしれない。

 街で暮らすのにどのくらいの金がいるのか分からないが、十億あれば生きていけると思う。

 さぁ、いくらだ。


「百億でどうだ」

「ひゃっ!?」


 百億!!

 予想外の金額に顎が外れる程驚愕した。

 口を閉じることができずにいると、レーズンはさらに続ける。


「貴殿は妹と暮らしていると聞いた。もし売ってくれるのなら、街に住む家を与えよう。そして学校にも行くことができるよう手配し、卒業したら就職先も与えよう」


 なんという好条件。

 わなわなと唇が震える。

 学校に通ったことがないのは、この漁村と家を見れば一目瞭然ということか。そして就職先まで面倒をみてくれるという。

 好条件だが、あまりにも条件が良すぎる。

 裏があるのではないか。

 俺は学校に通える権利も就職先も要らないが、キキはきっと欲しがるだろう。

 必死に口を閉じ、真剣に考える。

 その思考を読み取ったのか、レーズンは俺の意見を聞くよりも先に口を開いた。


「勇者の剣は、それほど価値のあるものだ。貴殿が思っている以上に、国にとって必要なものなのだ」

「ちょ、っとよく分からないです。ちょ、ちょっと」


 俺が思う以上にあの剣は価値があるのか。

 それならどうして最初から山を売れと言ってこなかったんだ。

 剣に価値があるのか、それとも勇者に価値があるのか。

 チグリの家にあった本には、そこまで価値あるものとは書かれていなかった。

 価値があるのは分かっていたが、百億の価値があるのか。


「近年、近隣諸国との関係は良くない」

「は、はい?」

「良好な関係を築いてきたが、ここ数年は悪化の一途だ。些細なことが戦争の火種になるやもしれん」


 せ、戦争って、大袈裟な。


「第六王子の件を知っておるか?」

「物の値が上がっている原因ということは聞きました」

「そうだ。その件で、隣国を激怒させてしまった。物の値が上がるだけならよい。しかし、このままだと戦になるやもしれん」

「せ、戦争ってことですか」

「内密の話だが、国は武器を蓄えているところだ。戦力になる者を集っている。念のためではあるがな」


 冗談じゃない。

 山を売って金を得たところで命を失ったら元も子もない。


「そんな時、勇者の剣を発見したと報告が入った。勇者が現れたらとてつもない戦力になるであろう」


 騎士団入り確定よりも怖い話だ。

 勇者は戦争に参加するなんて。

 俺の選択は正しかった。俺が勇者であることを秘密にしてよかった。


「漁村の少年が持つ山で、勇者の剣を使った商売をしていると聞き、好都合だと判断した」

「俺は商売ができる、そっちは勇者を見つけられる。互いに利のある話ですね」

「そうだ。現状でも問題はなかったのだが、貴殿が商売をしていると不都合なこともある故に、国が管理するということとなった」

「不都合って、例えば?」

「貴殿が他国からも客を呼び込もうとしている、と報告があった」

「…なるほど、そういうわけか」

「貴殿は頭の回転がはやいようだな。これから戦争をするかもしれない国から勇者が誕生すれば、こちらに利はない」

「利がないどころか、国家存続の危機」

「そういうことだ」


 ピースとピースがかちっとハマった気分だ。

 そうか、戦争か。

 百億の価値は、戦争が関係していたのか。

 おー、怖い。

 そんな剣とはおさらばしたいに決まっている。

 さっさと山ごと捨てて、キキと一緒に街で暮らそう。


「俺たちはいつ街で暮らせるんですか?」

「住む場所は確保している。望むなら今からでも可能だ。この書類にサインをすれば、の話だがな」


 レーズンから二枚の書類を受け取る。二枚とも同じことが書いてある。

 山の売却についてだが、見慣れない単語もあり内容が理解できない。

 俺に不利なことが書いてあるんじゃないだろうな。

 分からない単語はすっ飛ばし最後まで読む。

 レーズンが言った条件の記載があり、加えて、後から返せと言っても返さないという旨の記載があった。

 ここにサインをしても不利益はない。

 そう判断し、レーズンから渡されたペンでサインをした。

 学校へ行ったことがないので字を習ったこともない、書く習慣もないため、へびのような不細工な字で自分の名前を書いた。


「一枚は貴殿が持つものだ」


 二枚渡したが、レーズンは一枚だけ受け取った。


「これで契約成立だ。何か質問はあるか」

「特には...あ、じゃあ、一つだけ。国は俺たちのように商売をするんですか?」

「それはない。勇者の剣を使っての商売など、あり得ぬ」


 俺があり得ない奴だと言いたいのか。


「貴殿は、生まれも育ちもここなのか」

「はい、そうです」

「漁村と呼ぶにはお粗末なここで、か?」


 何かを試すような口ぶりだ。

 俺はここを漁村だと思っているが、余所者からすれば汚い小屋の集まりにでも見えるのだろう。

 俺が激怒するのを期待しているのか。

 ならば期待外れだ。


「はい、そうです」


 ここで生まれ育ったことは事実で、ここが汚いこともまた事実だ。


「貴殿には是非、学校へ通ってもらいたいものだな」

「は、はぁ」

「敬語が使える、文字の読み書きができる。賢い子どもこそ学ぶべきだ」


 敬語くらい誰だって使えるだろう、と思ったがチグリは使えないかもしれない。

 字の読み書きも、そこそこできるだけで、先ほどサインした書類のすべてが分かったわけではない。

 俺が賢いというのは否定しない。だって俺は利口だ。

 勇者の剣で商売ができたことこそ、その証拠だ。

 でも学校は行きたくない。面倒くさそうだ。勉強なんてしたくないし、かといって働くのも嫌だ。


「ではこれで失礼する」


 学のない俺ですら分かる、綺麗な所作。

 無駄がない動きとはこういうことだ。

 レーズンたちが出ていき、静かになると夢か現実か分からなくなってきた。

 目の前には俺がサインした書類が落ちている。

 現実だ。

 百億も家の話も、すべて現実だ。

 再度書類に目を通す。やはり難しい単語は理解できないが、レーズンが提示した条件が記載されている。

 無意識に口角が上がり、鼻歌を歌う。

 そうだ、山に埋めた金を掘り起こさないと。

 急いで山へ行き、あちこちに埋めた金を回収する。

 誰にも見られないよう、袋に金を詰めてこそこそと帰宅した。

 日が暮れ、そろそろ夜がやってくる頃に扉が開き、キキが帰ってきた。


「おいキキ、これ見ろ!」


 キキに書類を渡すと眉間にしわを寄せてゆっくり読んでいく。


「え、つまりどういうこと?」

「つまり、あの山と引き換えに俺たちは百億を貰い、住む家も学校も、就職先まで保証されるってこと!」

「え、えぇ!すごい!すごいお兄ちゃん!」


 瞳を輝かせて飛び跳ねるキキ。


「百億貰えるの!?家も学校も就職先も!?」

「そうだ!」

「じゃあもうここに住まないってこと!?」

「そうだ!」

「いつから引っ越すの!?」

「今からだ!」


 キャーキャーと二人で飛び跳ねて喜び、すぐさま街へ行く準備をする。

 準備といっても持っていくものは特にない。

 ここへは二度と戻ってこない。戻ってくる理由がない。

 仮に戻ってきたとしても、身なりが変わった俺たちを見て、ここの連中は石を投げてくるだろう。それか金を搾り取ろうと近づいてくるはずだ。

 親父とキキと三人で暮らしたこの家は思い出もあり、離れ難くもあるが、大切なのは今だ。

 俺とキキ二人が幸せになれる。

 親父もきっと、理解してくれる。

 最後に忘れ物はないかと、家の隅々まで確認する。


「もういいか?」

「うん、いいよ」


 チグリへの挨拶もいいのか。そう訊ねようと思ったがやめた。もう二度と戻ってこないのだ。

 裕福になるためここを出るというのに、チグリにかける言葉なんてないだろう。

 街へ行くには、長い時間歩かなければならない。馬車くらい用意してくれたらいいのに、と思うが、馬車を見たここの連中が何をするか分からない。歩いて行くのが安全だ。

 道中に動物や変な輩が出没するかもしれないので、念のため刃物を隠し持っておく。

 まだ夜にはなっていない。

 今のうちに出よう。

 扉を開けて一歩踏み出すと、視界の端で何かが動いた。

 その何かを見ようと顔を動かすと、徘徊婆がいた。包丁を持って、飛び掛かってきたのだ。


「うわぁっ!」

「お兄ちゃん!」


 慌てて避けると、体勢を崩して転げてしまった。

 膝を擦りむいたらしく、じんじんと痛む。


「はぁ、はぁ、はぁ。ひゃ、百億…」


 徘徊婆は「百億」と繰り返す。

 どうやら話を聞かれていたらしい。

 金に目がくらんだ徘徊婆は俺たちを殺して百億を奪い取ろうという算段だろう。

 徘徊婆は俺たちの手元に金があると思い込んでいる。


「ひゃ、百億…百億…」


 うひゃひゃ、と狂ったような笑い声を上げ、また飛び掛かってきた。

 どこにそんな元気があるんだよ。


「お兄ちゃん!」


 キキが心配する声を出す。

 馬鹿野郎、俺がこんなババアに殺されるとでも思ってるのか。


「この!」


 徘徊婆の腹に蹴りを入れると、婆はその場でよろけ、しりもちをついた。

 それでもがめつく、「百億」と繰り返し包丁を握る。


「キキにまで手を出すんじゃないだろうな!?」


 老体なため、俺たちを走って追いかける元気はないと思うが、念のため腹を何度か蹴り、起き上がれなくなったところでキキと一緒に走り出した。


「お、お兄ちゃん、徘徊婆死んだの?」


 走りながらキキがそう問う。

 明かりは持ってきたがまだ完全に夜になったわけではない。

 暗闇に包まれたら明かりをつけよう。


「お兄ちゃんってば!」

「なんだよ」

「だから、徘徊婆は死んだの?」

「なんでそんなにあのババアを心配してるんだ?」


 俺が悪いことをしたとでも言いたいのか。

 あれは徘徊婆が悪い。

 襲ってこなければ、俺だって蹴ることはなかった。


「はぁ?あそこで死なれたら、私たちが殺して家を出た感じになっちゃうでしょ!お国の人にもそう思われちゃったらどうするの!」


 あぁ、そっちの心配か。


「金を奪いに来たから逃げたって言えばいいさ。あんなところで金に目がくらまない奴の方が珍しいんだ。なんとでも正当化できる」

「ならいいけど」


 漁村が見えなくなると、キキの歩くペースに合わせて足を動かす。

 二人で街へ行くのは初めてだ。

 これが幸せへの道のりだと思うと体が軽い。


「キキはこれから何をしたいんだ?」


 将来の話なんて、したことがなかった。

 したところで意味がなかったからだ。

 あの村から離れるなんて考えもしなかった。

 今なら思う存分、こういった話ができる。

 キキは一体何をしたいのか、これからどうしたいのか。


「学校へ行きたい。街の子たちの普通を私の普通にしたい。お兄ちゃんは?」

「働かずに生きる」

「えー、働かないの?」

「働いてほしいのか?」

「男は働かないと恰好よくないよ」

「俺は働かなくても恰好いい」

「はいはい」


 キキは終始楽しそうだ。

 「学校を卒業した後はね」と、将来の話は続く。

 辺りが暗くなっても話は尽きず、笑い声が絶えなかった。






 街で住むということは、想像していた通り、楽ではなかった。

 賃貸を貸してくれるのかと思いきや、一軒家を与えられた。二人で生活するには不自由のない広さで、初めてベッドで寝た日は幸福感のあまり涙が出そうになった。

 家の中は何の文句もなく、ストレスもなく、自由に過ごせた。

 俺は学校へなんて行きたくなかったのだが、レーズンの「学校へ通うことも条件だ」という言葉で入学が決まってしまった。

 渋々通っているが、思いの外学ぶことが楽しい。学ぶだけならいいのだが、人間関係が面倒だった。街で暮らすには溶け込まなければならない。付かず離れずの距離を保ちながら、人間関係を構築していた。

 俺が苦労していることはあまりない。知識や情報はそこら辺にある。本や新聞を買う金はある。貧民と思われないよう街の人間たちの振る舞いを観察し、見様見真似でなんとかやっている。

 しかしキキは苦労しているようだった。

 化粧や服装は流行があるようで、その流行を追うのに必死だ。漁村では化粧のセンスも服装のセンスも身に着けることができなかったので、周囲からダサい奴だと思われないように頑張っている。

 学校での学びに平民女性としての学び。キキは大変ながら楽しくもあるようで、兄としてそれはそれは応援している。


「今日は俺が夕飯をつくってやるか」


 先に帰宅したので夕飯をつくろうと包丁を持つ。

 魚を捕らなくても買えばいい。野菜を育てなくても買えばいい。

 これが街の人間だ。平民だ。

 貧民から抜け出し、平民になれた。それなら次は貴族になるか、なんて野望はない。

 一番手っ取り早く貴族になる方法は、貴族の女と結婚することだ。だが、貴族の女が俺を好きになるだろうか。俺が貴族なら、貧民上がりの平民なんて選択肢にない。

 爵位を与えられる程の素晴らしい功績を残せば貴族に仲間入りできるが、そんな功績を残せるわけがない。

 貴族にはなれない。なろうとも思わない。

 平民になれた上に百億も手にした。

 これ以上求めると、破滅しそうだ。


「ふんふんふーん」


 鼻歌交じりにじゃがいもを切る。

 魚とじゃがいもが主食だった漁村生活を思い出すのでじゃがいもは好きではないが、キキは食べたいと言うので仕方なくじゃがいもを家に置いている。

 キキは最近、学校でできた友達と話し込んでから帰ってくる。

 平民の友達ができて嬉しいのと、平民女性の普通を知るために情報を集めているのだ。

 帰りが遅くなっても文句はない。

 この生活に慣れて、ゆとりある生活が送れるのならそれでいい。

 ただ、最近気になっているのは戦争の話だ。

 第六王子のせいで関係が悪化した隣国では、モンスターを飼い始めたという噂だ。

 モンスターを飼えるのかと疑問に思うが、噂の域を出ないので信ぴょう性は低い。

 しかしそんな噂が出る程、国同士が衝突しているのだろう。

 これは国も、必死こいて勇者探しをするだろうな。

 まあ、その勇者はここにいるわけだが。

 戦争になったらどうしようか。さっさと国から逃げ出したいが、戦争になってからでは遅いか。モンスターが世界中に出現しているのだから、戦争なんてしている場合ではないことくらい承知のはずだ。モンスターを全滅させるのが世界の共通課題であり、そのために国と国が協力しているのだから。戦争になるという話は大袈裟にも思う。

 夕飯の味見をする。

 完璧な味付けだ。

 俺は料理の才能もある。


「ただいまー」


 丁度夕飯ができると、キキが帰ってきた。

 いいタイミングだ。


「お兄ちゃん、手紙が来てたよ」

「手紙?」


 キキから受け取った手紙は、国からのものだった。

 山を売却した件のことだろうか。

 封を開けて中を見ると、勇者探しについてだった。これは俺だけではなく、この街の住民すべてに送っているのだろう。

 勇者の剣を抜くことができるのは勇者のみ。その勇者を国は探している。馬車を用意するので、剣がある山まで来てほしい。と、そういう内容だ。

 名前が書かれてある参加証を持って行くのだそう。

 参加証とは。

 疑問に思ったが俺には関係のないことだ。

 なんたって俺はあの山を売却した張本人だ。


「あれ、なんか落ちたよ」


 床に落ちている紙を拾い上げたキキに差し出された。

 その小さな紙をよく見ると、俺の名前が書いてある。

 そして大きく、「参加証」とあった。

 参加証。

 参加証だと。

 慌てて国から届いた知らせを再度読む。

 何度読んでも、参加証を持って山に来いとの記載がある。

 つまり、俺もこれを持って行かなければならない。

 これじゃあ俺が勇者だとバレてしまう。

 逃げるか。今なら間に合う。

 キキを連れて国を出よう。

 いや待て、国境には警備隊がいる。簡単に通してくれない。何せ、隣国と戦争の話が出ているのだ。国は公にしていないが、国民なら噂で知っているだろう。そんな中、国を出ようとする者を警備隊が許してくれるはずもない。

 ならば国内のどこかに身を隠すか。


「そうだお兄ちゃん、明日は友達と遊んでくるから、何かお土産を買ってこようか?」


 楽しそうに笑うキキ。

 街へ来てから可愛くなったキキ。昔から可愛かったが、平民の身なりをすると可愛さが増している。


「ふふふ、楽しみだなぁ」


 幸せそうに笑うキキを連れて、国から追われる身になってもいいのか。

 キキはおいて、俺だけ逃げるか。

 いや、そうなればキキがどうなるか分からない。最悪の場合、国を欺いた罪人の妹として投獄されて死刑になるなんてこともあり得る。

 やはり正直に出向いた方がいい。

 剣が抜けない振りでもすればいいだけだ。抜かなければいい。

 万が一、万が一にも抜いてしまった場合は、「貧民が勇者だとは微塵も思わず、抜いたことがなかった」と言えばどうにかなるさ。それで殺されそうになれば、俺には剣がある。俺は勇者なのだから、あの剣で交渉するなりできるだろう。

 なんとしてでも抜かない。抜けない振りをするんだ。

 戦争に駆り出されるなんて嫌だ。騎士になんてなりたくない。働きたくない!


「そういえば、お兄ちゃん知ってた?」

「な、なんだよ」


 今世紀最大の考え事をしていたというのに。


「今日読んだ本にね、勇者の剣のことが書いてあったんだけど、勇者が剣に触れると、剣についてるあのルビーが光るんだって!」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 国から届いた手紙がひらひらと床に落ち、崩れていく上半身を、床に両手をつくことでなんとか支える。

 そんな。

 あの宝石が光るだなんて。

 俺が剣を抜いたとき、宝石なんて気にしなかった。しかし、今思えば確かに赤い光が視界にちらついていた。

 勇者が剣に触れていたから反応したのだ。


「お、お兄ちゃん?どうしたの?」


 終わった。

 国から詐欺だと疑われ、騎士団に入団させられ、モンスター討伐や戦争の兵器として駆り出されるんだ。

 次の勇者は、俺が死ぬまで現れない。

 つまり俺は、死ぬまで勇者として働かされる。

 嫌すぎて体が拒絶し、震えが止まらない。


「な、泣いてるの?」


 いつの間にか大粒の涙を流し、ぽたぽたと床に落ちていく。


「うぅ、ひっく、うっ、うっ」


 泣くなんて、いつぶりだろう。

 親父が死んだときに涙は流れていただろうか。

 子どもでもない男が、四つん這いになりながら声を出して泣いている。

 なんて無様。

 けれど仕方ないだろう。

 天国から地獄に落とされたのだ。

 おんおんと泣く兄を見て、キキは言い放った。


「え、きも」


 兄が地獄へ落とされたとも知らず、キキは貧民を見るような目で俺を見下ろしていた。

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勇者の剣 円寺える @jeetan02

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