オンブルスペースコロニー−5

 モービルとラウラが呼んだ車のような乗り物は、音もなく静かに走り出した。外の形や内装は車に似ているが、運転するためのハンドルなどがないので自動運転のようだ。


「外を見られるようにしておく」


 ラウラがそういうと正面が窓ガラスのように透明になった。外には同じような乗り物が周囲を走り回っているのが見える。

 リシューが窓に張り付いて外を見始めた。乗り物というより外が珍しいのかもしれない。俺もリシューと一緒になって外を見る。

 外が見えるようになったことで、車が高速を走る以上の速度でコロニーの中を走っているのがわかった。トンネルや高架を走ったりするので専用レーンになっているのかもしれない。

 専用にしては、モービルが走る道は意外と狭い。だが渋滞することもなく走っている。信号なしに左右に行き交っているが、事故を起こすようなこともないようだ。


 モービルは音だけではなく振動までないので、宙に浮いているのかもしれないと気づいた。

 ビル群の中を走っていると、ビルの中に入ってしまう。トンネルの中なら分かるがビルの中とは、どういうことだろうと思っていたらビルを垂直に登り始めた。

 地面を走るだけかと思っていた、飛ぶこともできるとは……。


「上にも進めるのか」

「地面とモービル自体に推進装置が埋め込まれている。決まったルートしか通れないが、コロニーの地面にはほぼ全て設置してある」

「地面に埋め込むって、随分と大掛かりだな」

「コロニーを作るのに比べたら楽なようだ。惑星を住めるように作り替えた場合は別の乗り物を使うらしいぞ」


 コロニーの建造費に比べたら確かに誤差なのかもしれない。それに工事の手間も楽そうだ、最初に埋め込んでおけばいいだけだろうしな。


「進む方法は分かったが、なんでビルの中を?」

「ああ、見た目はビルだがコロニーを支える支柱の一つだ。上下の階層まで突き抜けているので移動するには最適なんだ」


 最初に天井まで伸びるビルを支柱に見えると思ったが当たっていたようだ。

 今は上に向かって進んでいるが、ラウラの言い方からすると下向きにも移動できるようだ。

 俺が外の風景を見ていると、ビル群から倉庫やコンビナートのような工場が目立つようになってきた。


「雰囲気が変わったね?」

「工業区になったからだな。宇宙に近づくほど大型宇宙専用の設備が増える」


 俺の宇宙船が止まったのはクレーターの底だ。小型の宇宙船が下で大型の宇宙船はコロニーから遠い場所なのか。


「なぜ大型の宇宙船は上なんだ?」

「コロニーは質量があることと回転することで重力が発生している。中心から離れるほど重力が軽くなり、宇宙船が飛び立つのに必要な燃料が減る。それと重いものを運びやすくなるというメリットもある」


 重量もそうだが燃料の消費が減るのは効率的だ。

 小型の宇宙船がカタパルトを使用していたのは、燃料の消費を抑えるためではないだろうか。重力が無くなれば無くなるほど必要になる燃料は減るだろう。


 工業区を抜けると、壁のように見える巨大な宇宙船が見え始めた。

 最初はコロニーの壁なのかと思ったほどの大きさだ。先が細くなっているので宇宙船だと分かった。

 これまたリシューと一緒に窓に張り付くように外を見る。


「ラウラ、宇宙船の大きさがよく分からないんだけど」

「このエリアは五百メートルから千メートル以内の宇宙船が係留されている」

「五百メートルから千メートルって一キロメートル……?」

「そうだな。キロメートルクラスの宇宙船は軍用艦か大企業が運用するタイプだ。重力圏を出るのが大変なこともあって宇宙に浮かべておくことも多い」


 キロメートルって地球ではビルでもまだ実現していなかったはずだ。

 ドバイにあるビルが世界最大だったはずだが八百メートルを超える程度ではなかっただろうか?

 宇宙船で一キロメートルとは……。


 窓に齧り付いて宇宙船を見ていると、白い機体に花の模様などが描かれたどこか可愛い宇宙船が近づいてきた。白一色だったり青や赤と一色の宇宙船は見かけたが、模様まで描かれているのはなかった。

 なんと花の模様が描かれた宇宙船の前でモービルが止まった。


「ついたぞ」


 もしかしてラウラの宇宙船なのか?


「先ほども説明したが、この区画は重力が軽い。降りたら注意してほしい」

「分かった」


 重力がかなり少ないようで、確かにフワフワとする。だが完全に重力がないということもないようで、地面に足がつく。

 俺たちが降りるとモービルがどこかに走って行った。


「この宇宙船がラウラの宇宙船なのか?」

「そうだ。全長600メートルでミミ・ブランという。他の惑星と貿易するのなら一般的な大きさになる」


 六百メートルってスカイツリーとそう変わらない大きさじゃないか。


「他の船員がいるのか?」

「船員ではなく宇宙船に人工知能が搭載されている。人工知能のサポートが優秀なので、私は一人で運用している」

「こんなに大きな宇宙船が個人の持ち物なのか」


 こんな大きな宇宙船買ったらいくらするのかも分からないが、他の宇宙船と違う塗装がされているということはお金に余裕がかなりありそうだ。大きな宇宙船で貿易しているとしたら一度で儲けられる金額も凄そうだな。


「案内するのでついてきてほしい」


 ラウラは低重力でも慣れた様子で飛ぶように移動していく。リシューはラウラの肩に乗っているので問題はなさそうだ。そもそもリシューは飛べるので関係がないか。

 俺も魔法で飛ぶことはできるが、ラウラを真似して移動してみる。力を入れる方向を間違えたのか、上に飛び上がりすぎたりと安定しない。ラウラはこちらを向いて待っていてくれる。


「慣れているかと思ったがそうでもないのだな」

「魔法で移転してしまうから意外と宇宙で活動することはないんだよ」

「なるほど。惑星出身だとそういう人もいるらしい、コロニーだと必須の技術だがな」


 コロニーだと低重力での移動は緊急事態を考えたら絶対に覚えておくべきだろうな。

 俺は低重力状態での移動は滅多にやらないし、魔法で解決してしまうことが多い。ラウラが慣れないうちは一歩で大きく進もうとしないで、細かく足を地面につけて移動すると安定すると教えてくれた。

 ラウラの助言通りに歩くと徐々に慣れてきて面白くなってきた。移動を楽しんでいると宇宙船の前までたどり着いてしまった。


 宇宙船からタラップが降りてきた。ラウラがタラップに乗るとエスカレーターのように自動で登っていく。俺もラウラに続く。

 上り切った場所は十代であろう女の子が立っている。白い髪に、透き通る白い肌。青と白のドレス風の服を着ており、背格好から童話に出てくる女の子のような印象を受ける。


「ラウラ様、おかえりなさいませ」

「ただいま、ミミ。なんとか戻って来れた」


 ミミ? 確かミミ・ブランが宇宙船の名前ではなかったか?

 それに船員はいないと今さっきラウラが言った、人工知能が搭載されているとも言っていた。もしかして……。


「人に見えるが人工知能なのか?」

「そうだ。紹介しよう人工知能のミミ・ブランだ。宇宙船でもあり人工知能でもある」

「ミミ・ブランと申します、ミミとお呼びください。この機体はオートマタにございます」


 オートマタ。

 機械の体には見えない。俺と同じような地球の出身だったら、人だと言われても信じてしまうだろう。


「ミミ、私をコロニーまで送ってくれたカイ。そしてこれから一緒に住むリシューだ」

「水無瀬 甲斐です。ミミ、よろしくお願いします」

「ミミ、よろしくー!」

「カイ様、リシュー様。よろしくお願いいたします」

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