惑星シャムル−5

 移転魔法の魔法陣を俺一人分出して、王宮内の移転場所に指定された部屋に移転した。

 石造りで部屋に物は特に置いていない。移転時に邪魔になるものを排除しているのだ。部屋から出ると、待機していた騎士から頭を下げられた。師匠の弟子であると同時に宮中伯なので、頭を下げられることが多い。

 未だにかしこまられることに違和感があるが、頭を下げられる程度なら慣れた。


 王宮内にも俺の部屋があるのだが、王宮の堅苦しい雰囲気が苦手であまり使っていない。

 王宮の見た目はヨーロッパのお城といった感じで、お城に住めると最初は喜んだ。しかし、住んでみると王宮が行政機関であるのは間違いなく、なんか思ってたのと違うとなってしまった。なので普段は街中で暮らしている。


 王宮内は石造りだが、壁には様々な獣人を元にしたレリーフが掘り込んである。花なども生けられており、通る人の目を楽しませてくれる。


「師匠」


 師匠は執務室にいた。

 銀色に輝く鱗に、目元には赤いライン。瞳の色は赤色で、身長は尻尾を入れれば二メートル。尻尾を入れなければ百七十センチほど。師匠を何度見ても美人かは俺には分からない。


「カイ、移転者が訪ねてきたとマルセルから連絡があったけれど?」

「はい。故郷へ送っていくつもりです」

「そう。好きにすればいいわ」


 師匠にラウラから聞いた話を伝えていく。

 師匠は俺の話を聞いた後に、紙に何かを書いて封筒に入れて渡してきた。


「サーブル王国の国王は妾の弟子。この封書を渡せば便宜を図ってくれるでしょう」

「国王なのに師匠の弟子なんですか?」

「あの国の国王は代々感覚で魔法を覚えているので教えるのが下手なのです。先先代の国王に魔法を教えて以来、王子が留学してきては教えをこわれます」

「断らないんですか?」

「友好国なのもありますが、魔法使いとして優秀なので断るに断れないのです」


 師匠が直接教えるほどに、優秀な魔法使いを送り出してくるようだ。

 師匠は女王として職務を全うしているが、本来は魔法の研究をすることの方が好きだ。研究対象となる魔法使いであれば、魔法を教えるのを嫌がらないだろう。

 実際俺は研究対象として魔法を教えられたし。

 初めて師匠に会った時に、美人かわからないと言ったのも大きそうだが……。師匠は魔法の研究が好きだが、珍しくて面白いことも好きなのだ。


「カイ、最近随分と悩んでいたようですし楽しんできなさい」

「はい」


 俺が生活の拠点を移そうと悩んでいたのはお見通しだったようだ。


「それと面白いことがあったら妾にも聞かせなさい」

「分かりました」


 師匠が興味を引きそうな何かがあるといいのだが。

 忙しい師匠の邪魔をしないため、俺は挨拶して部屋を出る。

 とりあえずはライラを故郷に帰して、少し観光でもさせてもらおう。普通に滞在できるかが問題だが、どちらにせよ魔力が回復しないと帰れないのだ時間はある。




 朝起きると朝食を作って、応接室のソファーでのんびりと朝食を食べる。

 昨日は帰ったら夜遅かったので、風呂に入ってそのまま寝てしまった。ラウラとリシューは問題なかっただろうか。


「カイ、おはよう」

「おはよう。休めたかい?」

「ああ。久しぶりにぐっすり寝れた」


 ラウラは元気そうだが、ラウラの肩に乗ったリシューはまだ夢の中のような表情をしている。ラウラが気をつけているのか落ちる心配はなさそうだ。

 ラウラに朝食はどうかと尋ねると、食べるというので台所に移動してパンを焼く。その間にお茶を入れる。焼けたパン、ゆで卵、ぶどうをセットにして応接室に戻る。

 ゆで卵は自分の分と一緒に作っておいたものだ。

 ラウラにパン、ゆで卵、ぶどうを渡して、塩と地球から持ってきたマヨネーズを差し出す。卵に塩とマヨネーズを試して、マヨネーズが気に入ったようだ。

 師匠もマヨネーズが好きなので味覚が似ているかもしれない。


「今日、サーブル王国へ向かおうと思うんだけど問題ない?」

「問題ない。どうやっていくんだ? 私はお金を稼ぎながら移動したので随分とかかってしまったが」

「サーブル王国へは一度行っているので、移転魔法で一瞬だ」


 師匠に教えられて、友好国の移転場所は覚えている。

 移転魔法がない場合の移動手段は徒歩が普通で、馬車や馬で移動できるのは一握りの人間だけだ。ソルセルリー王国からサーブル王国は、徒歩だと毎日歩いても最低二ヶ月はかかる。

 ソルセルリー王国とサーブル王国は国土がとにかく広い。ソルセルリー王国元々は小さかったらしいのだが、師匠が女王になったあたりから拡大し続けているらしい。


「それは凄いな。私は一年近くかかったよ」

「お金を稼ぎながら移動だと、そんなにかかるのか。よかったらラウラも移転魔法を覚えるかい?」

「いいのか?」

「移転魔法は銀河間移転魔法の基礎だからね。リシューに銀河間移転魔法を教えるのだから手間じゃないよ」


 移転魔法は魔法を使うのに必要となる魔力が多い。だが移転者なら余裕で足りるだろう。

 星の中でする移転魔法は惑星シャムルを基点として、GPSのように場所の座標値を覚えて移動する魔法だ。ラウラなら移転魔法の原理はすぐに理解してしまいそうだ。

 しかし、ラウラはリシューが居るので移転魔法を覚える必要はないかもしれない。それでも魔法ぽい魔法と言ったら変だが、移転魔法は使えた時の喜びが大きかった魔法の一つだ。

 銀河間移転で移転してきたから、移転というものを自力でできたから嬉しかったのかもしれないが。ラウラも銀河間移転をしているので、似たような感覚ではなかろうか。


「それでは教えてもらっても構わないだろうか?」

「もちろん」「うん!」


 俺と一緒にリシューが返事をした。

 確かにリシューは移転魔法を教えられなくもない。人間が使う魔法と若干違いがあるが、感覚的には似たようなものだと聞いている。理論を俺が説明して、感覚はリシューに教えても良さそうだ。

 目が覚めた様子のリシューにぶどうを渡すと喜んで食べ始めた。


「おいしー!」


 リシューはぶどう一個をぺろりと食べてしまった。リシューは十五センチほどになったとはいえ、巨峰サイズのぶどうなので一個食べられるとは思わなかった。


「それじゃ行こうか」


 朝食を終えて食器を片付けた後、俺たちは応接室から移動する。

 宇宙船をサーブル王国に持っていく必要があるので、倉庫にある宇宙船の近くに行く。


「準備はいい?」

「ああ」


 リシューはいつも通りだが、ラウラは少し顔がこわばっているように見える。移転魔法は初めてだろうから仕方がないだろう。魔法自体は一瞬で発動するので、怖がる暇もないのだが。

 今回は宇宙船ごと移転するので、かなり大きい移転用の魔法陣を出す。移転範囲をミスって、魔法陣からはみ出すような初歩的なミスはしない。




 魔法が成功すると、外はソルセルリー王国同様に何もない石造りの部屋に出た。

 移転部屋の外には騎士や兵士が待機しているので、声をかけてソルセルリー王国から来たことを伝える。


 師匠からの手紙を渡す前に、宇宙船を出す許可をもらう。

 今の状態で移転魔法を使った魔法使いが来たら、宇宙船が魔法使いと入れ違いにどこかに行ってしまう。普通はそんなことがないように魔法を組んでいるが、絶対にないとは言い切れない。

 どちらにせよ邪魔になってしまうので早く移動させる。

 宇宙船には馬車のような車輪がついており、車輪自体が魔道具になっているので馬がいなくても進む。ガラガラと音を立てながら宇宙船が進んでいき、部屋から出たところで停車させた。

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