惑星シャムル−3

 今は倉庫となっている元々は店舗兼家だった建物を歩く。倉庫は俺の家のように使っているので、何がどこにあるかは分かっている。木の床に石の壁は、ひんやりとして夏なのに涼しい。

 妖精からもらった花の蜜は簡単に手に入るものではないので、奥の部屋に貴重品として保管してある。部屋は魔道具で施錠してあり登録者以外が扉を開けようとすると、昏睡状態にした上で拘束される。俺は登録されているので心配する必要はない。

 扉を開けて部屋の中に入る。部屋には棚が大量に設置されており、マルセルが几帳面に整理してくれているので花の蜜はすぐに見つかる。棚の中に八センチほどの瓶が三本入っていた。


「一本も要らないとは思うが、残りはラウラに持たせるか」


 花の蜜は貴重品で手に入れにくいものだが、もらいに行こうと思えばいけないことはない。それより今後ラウラとリシューが会えなくなることの方が問題だ。ラウラが望んで移転してきた訳でもないのに、二人の別れはかわいそうすぎる。

 偶発的な銀河間移転で現れた俺に、ソルセルリー王国の皆は優しくしてくれた。同じような状況の人に出会ったら、今度は俺が優しく手伝うと決めていた。だからこそ花の蜜を使うのは今だ。


 瓶からでは飲みにくいので、良さそうなカップを台所に探しに行く。リシューのカップとラウラのためにお茶を入れ、お盆に全てを乗せて部屋に戻る。


「リシュー、あったぞ」

「ンー!」


 ソルセルリー王国には様々な体格の種族がいる。小柄な種族用のカップを持ってきたが、それでもまだリシューには大きそうだ。蜜を入れたカップをラウラに手伝ってもらいながら、リシューはゴクゴクと音が聞こえてきそうな勢いで飲んでいる。

 リシューは蜜を飲むごとに大きくなっていく。体が十センチほどのリシューが、八センチはある瓶一本分の蜜を飲み切ってしまった。お腹がいっぱいになったようで、机の上で横になってしまう。


「すごい飲みっぷりだったな」

「ええ。妖精は定期的に飲まないとダメなのか?」

「いや、食事もそもそも必要はそこまでないらしい。花の蜜は成長するのに必要なだけで、大きさを気にしない妖精は食べないのだとか」


 成長に必要だが飲み続ければ大きくなるものではなく、一定期間に一定量飲めば十分らしい。随分と久しぶりに蜜を飲んだからか、想像以上に大きくなった。リシューは大きくなれると分かったから無理をしてでも、たくさん飲んだのかもしれない。

 机の上で倒れたリシューは十五センチほどになっただろうか。ここまで大きくなるとは思わなかった。


「らうら?」

「リシュー!」

「らうら!」


 リシューがむくりと起き上がると喋り始めた。まだ少し拙い喋り方だが、会話が可能になったようだ。

 ラウラとリシューはまだ名前を呼び合っている。


「リシュー、銀河間移転魔法を覚える気があるか?」

「おぼえる!」

「それなら俺が定期的にラウラの故郷に行って教えに行こう」

「うん!」


 まだ魔力量が足りていないが、魔法を覚えるのには年単位で時間がかかる。妖精の魔力量を増やす方法が他にないか、今度師匠や知人に尋ねておこう。


「カイ良いのか? 私には返せるものがない」

「気にしないでくれ。銀河間移転で離れ離れになってしまう辛さは分かるからな」

「助かる。力になれることがあれば言ってほしい」


 俺も偶発的な移転をしてしまった時は親や友人と離れ離れになった。

 それと銀河間移転魔法を作り出した魔法使いは、俺の師匠の元に魔法の使い方を記した手記を残し、故郷へ帰ったきり惑星シャルムへ戻ってこなかったらしい。魔法を使う前は戻る気が無かったのか、戻れなかったのかが分からなかった。

 二度とソルセルリー王国に戻って来られないかもしれないと、俺は銀河移転魔法を使う前に別れを悲しんだ。結局日本でも魔法が使えることに気がついて、一ヶ月もしないうちに帰ってきたのだが。

 すぐに帰ってきたので今では笑い話だ。


「リシュー、私と一緒にくるか?」

「うん!」


 そうなるとは思っていたが、リシューはラウラと一緒に行くようだ。

 ラウラが帰るためには移転した場所に向かう必要があるが、まだ場所を聞いていないことに気がついた。旅をしてきたようだし、近い場所ではないのだろう。


「ラウラ、移転した場所はどこなんだ?」

「サーブル王国の首都だ」

「石と砂漠の王国か」


 サーブル王国はソルセルリー王国と友好国。挨拶はする必要があるが、俺が出入りしても問題はない。敵対的な国家でなくて良かった。

 転移直後の座標があるし、国家同士も友好国だから移転の痕跡を調べるための障害となるのは何もなさそうだ。

 ラウラの故郷はスペースコロニーか。……ふと嫌な予感がした。


「ラウラは惑星シャムルに転移する直前、何処にいた?」

「宇宙船の中だな。自動航行でコロニーに帰還中だった」


 嫌な予感が的中した。

 痕跡から移転先を調べる場合は、空間上に空いた穴を通って戻る。宇宙船の中に戻れればいいが、宇宙に放りされる可能性がある。

 宇宙という意味では地球も高速で移動しているし、俺は日本にそのまま戻れたので宇宙船の中に戻れる可能性はなくもない。しかし宇宙空間に放り出される可能性もある。運に任せて銀河間移転魔法を使うのは怖すぎる。


「ラウラは宇宙空間に出てしまった場合、宇宙船を呼べる?」

「コロニーが近ければ可能だが、交信できるほど近くはなかったはずだ」

「移転直後に宇宙に放り出される可能性がある」


 銀河間移転魔法の性質を語ると、ラウラも宇宙に放り出される前提で考えた方がいいと言う。

 俺は肉体の改造で、宇宙空間でも一週間程度なら生きていられる。リシューも多分生きていられるとは思う。実は一番問題なのはラウラかもしれない。


「俺の宇宙船を使うかな」


 大きくはないが師匠から譲ってもらった宇宙船がある。魔力の消費量が増えるが宇宙船を使うのが無難だろう。


「そういえば宇宙船があると移転直後に聞いたことがあったな」


 どうやらラウラも宇宙船があるとは聞いたことがあったようだ。惑星シャムルを旅をしている間に、文明の発展具合で忘れてしまったのだろう。馬車が走っているので、宇宙船があると思えないのは分かる。


「宇宙船にマルセルの商品が載せたままだから下ろす必要があるな」

「手伝わせてくれないか? 羽の補助機能が動作する、重いものなら任せて欲しい」


 ラウラの見た目は妖精のようなのに、体を動かす方が得意なようだ。何もさせないでお客様扱いなのもやりにくいだろう。せっかくなのでお願いをすることにした。

 ラウラとリシューを連れて部屋から移動する。宇宙船は俺が移転してきた部屋にある。今は店自体が倉庫だが、元々は移転してきた部屋だけが倉庫だった。

 しかし、ラウラに惑星シャムルの宇宙船を見せたら絶句されそうだな。


「これは馬車のキャビンか?」

「いや、これが宇宙船」

「…………」


 予想通りに絶句されてしまった。

 宇宙船は所々に金属は使われているが基本は木製だ。しかも五メートルほどの大きさしかない。車で言えばバン程度の大きさはあるのだが、見た目が馬車のキャビンなのだ。

 宇宙船が金属ですらないのだから、俺も師匠から見せられた時は絶句した。見た目は馬車だが中はしっかり考えて作られており、人が生きるための機能は十分に備わっている。

 宇宙船の推進力を魔法使いにかなり依存しているのが問題で、星間転移魔法が使える魔法使いはあまり宇宙船を必要としない。なので惑星シャムルでも宇宙船はかなり珍しい。

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