4-12:トリック・オア・トリート

 町には鳥が多かった。


 どこへ行っても、見上げてみれば電線の上には鳥がいる。近くの塀の至るところにも姿はあるし、空をめまぐるしく飛び回ってもいる。


 野良猫の数も多く、町のあちこちに座り込んでいるのを見た。


 それでも、この町の人間たちは気にしない。

 鳥たちがうるさく鳴くこともないし、カラスがゴミを荒らすこともない。実害がないから、特に気にしないのかと考えていた。


 でも、そんなはずはないのだ。


 これほど異常な数の鳥や猫がいるというのに、誰も気にしないはずがない。


 では、どうして誰も疑問を示さなかったのか。


「トリック・オア・トリート」


 宍戸は軽い足取りで町を歩く。梅嶋家を出て、駅前の通りへと案内した。


 彼の手には緑色のカードがある。道をすれ違う人間が現れる度、宍戸はそれを目の前にかざしていた。


「失礼。僕に有り金全部、譲っていただけないでしょうか」

 宍戸が気取った口調で命令を出す。話しかけられた中年女は、「はい」とぼんやりとした顔で頷き返す。手提げの中から財布を丸ごと手渡していた。


「お宝ゲットだよ、直斗くん」

 宍戸は振り返り、ひらひらと革の財布を示す。


 その後も同じように商店街を歩く。前からスーツ姿の男が現れ、宍戸は同じく緑のカードを提示する。「トリック・オア・トリート」とわざと口にした。


「お菓子を持っていたら、分けてください」


 彼が命じると、相手の目から光が失われた。「ガムでいいですか?」と胸ポケットから包みを出してくる。「ガムはお菓子に入りません」と宍戸はすぐさま却下した。


 買い物をする学生、主婦、老人、子供、近くの店の主人。出会う全ての人々に、宍戸はカードをかざしていった。「ハロウィンは昨日で終わりだったね」と残念そうに呟く。


 町の人々は誰ひとりとして、宍戸の言葉に抵抗しなかった。金を寄越せと言われても、お菓子をくれと言われても、靴を磨けと言われても、彼らはあっさり従った。


「まあ、大体こんなところかな」


 駅前通りを歩き終え、歩道橋へと差し掛かる。宍戸は階段を登り切り、上機嫌に笑いかける。「チョコレート食べるかい?」と手に入れた一枚を差し出した。


「とりあえず、これでわかってくれただろう」

 直斗がチョコの受け取りを拒否すると、宍戸はまたカードを示した。


 午後の太陽の光を受け、カードは緑色に照り映える。「これが事実だよ」と宍戸は言い、満面の笑顔を見せた。


「この町に住む全ての人々は、『緑のカード』で操れるんだ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る