4-11:全ての『伏線』は回収されたのかい?

学校での生活も、どこか手応えがなかった。


土曜日なので半日のみの授業。適当に昼食を町で食べ、ふらふらと付近を歩き回る。電線の上に無数の鳥がとまっているのは相変わらずで、彼らは静かに町の様子を窺っている。そして町の人々も、これほどの数の鳥の姿をまったく気にする風がない。


こんな光景を見るのも、もう間もなく終わりなのか。


午後の一時。いい加減町をうろつくのにも飽き、梅嶋家への帰路につく。

そして、間もなく家に着いた。


「ただいま」と玄関のドアを開け、リビングにいるだろう夫妻に呼びかける。本当の家族と一緒にいるように接せられ、この家を温かいと思い始めている。


「やあ、おかえり。直斗くん」

リビングのドアを開けた時だった。突如甲高い声で帰宅を迎えられた。


テーブルの前には梅嶋夫妻もいる。二人で茶を飲み、ニコニコと「おかえりなさい」と笑みを浮かべる。


今日はこの部屋にもう一人、余計な人間が混じっていた。


テーブル脇にあるソファ席に、足を組んで座っている姿がある。白いブレザーに白いズボン。黒色のシャツ。髪はしっかりと整髪料で撫でつけられていて、顔はどこかマネキンに近い、無機的な印象を漂わせている。


彼はティーカップを片手に持ち、空いた手を朗らかに振る。「待っていたよ」と更にひと声かけた。


直斗は呆然と立ち竦む。


宍戸義弥はほのぼのとした笑顔を浮かべ、ティーカップを目の前にかざした。


「直斗くん。君も座りなよ。まずはホットココアを飲みたまえ」





梅嶋夫妻は気を利かせてくれた。


宍戸と二人で話せるよう、別の部屋へと引き上げて行った。徳子の方は馬鹿正直に、ホットココアを入れて持ってきた。


宍戸は相変わらずソファに居座り、ココアを口に含んでいる。「良い甘さだ」と一人でしみじみと頭を揺すっている。


「これから、僕もこの家に住んでもいいかもしれないね。実を言うと、今日ここにスムーズに受け入れてもらえるよう。ご夫妻の心をいじらせてもらったよ。僕は、海外に留学していた君のお兄さんということになっている」

カップを両手で抱え、宍戸が種明かしをする。


「なんてことを」と呟き、強く相手を睨みつける。


「ねえ、直斗くん。君は推理小説を読むのは好きかい?」

「は?」と直斗は苛立ちを込めて聞き返す。


「いわゆるミステリーという奴さ。犯人がいて事件が起きて、物語の中には過去から続く背景などがある。様々な手がかりから真相に辿り着く楽しみを描くものさ」

聞いてもいないのに、物語についての解説を始める。


「僕は結構好きな方でね。基本はホラーが一番なのだけれど、ミステリーもやはり捨てがたい。だから、自分で物事を分析するのも好きだし、誰かが隠し事をしていれば、推理してそれを暴くのも楽しいと感じる。物事は徹底して突き詰める方なのさ」


「だから、何が言いたいんですか」


「まあ、急がないで。会話を少し楽しもうよ。君は今日、ゆっくりと町を見て歩いたね。千晶が『答え』を出したことで、『彼ら』の問題も解決したと見えた。君もじきにお役ごめんとなり、この町から出られる日が近づいたんじゃないかと」


直斗は唇を噛み、いっそう相手を睨みつける。


「そこで、僕は君に確認して欲しいんだ。本当に、それで全部解決なのか、ってね」

一段階声を高め、表情に愉悦の色を浮かべた。


「君がこの町に来て目にしたものには、全て合点が行ったのかい? 本当に、今日のこの段階で、全ての『伏線』は回収されたのかい? 何か、辻褄の合わない物事はなかったかい。突き詰めると矛盾していることとか、あとは、随分と偶然が重なって見える不自然な物事はなかったかい? だったらその時は、『裏』を疑ってみるべきだ」


こいつは何を言っているのだろう。

たしかに謎は残っている。有明の死の謎も、プレハブの死体の意味もわかっていない。

でも、動物たちの問題が解決しさえすれば、後のことなどどうでもいい。


「それでは、まず一つ提示しよう。この家にも一つ矛盾があるんだよ」

宍戸は両手を大きく広げ、部屋の中へ顔を巡らす。


「よく考えてみるといい。ここのご夫妻は、かねてから千晶を自分の息子だと思っていた。そして君が来たら、今度は千晶の親戚か兄弟だと思い込んだ。その上で、今日は僕のことを君のお兄さんだと受け入れてくれた。これって、何か変じゃないかい?」


「何が」と声を荒げようとする。


だが、すぐに言わんとする意味が理解できた。

宍戸の唇が更に吊り上がった。


「そう。ルール上ありえないんだ。人の心を操作できるのは二回まで。なのに、ここの夫妻にはなぜか『三回目』が実行できている。これはどういうことなのか、不思議だよね。そもそもこのルールには例外があったのかな? それとも、何か裏があるのかな?」

直斗は席から立ち上がる。宍戸からは目を逸らし、部屋の中を素早く見回す。


「よく考えれば、他にも謎は見えてくるはずだ。あまりにも偶然が重なることもあったんじゃないかな。偶然知り合った誰かが、偶然重要な情報を握っていて、偶然トラブルに巻き込まれたとか。または、この町の中ではあまりにも不自然な出来事が、ごくごく当たり前に受け入れられているんじゃないかとか」


言って、宍戸は胸のポケットに手を入れる。そこに収められたものを引き出してきた。


「千晶は本当に、この町の全てを君に語ったのかな? この町の警察とマスコミは、赤いカードで操れる。同じく水色のカードを利用すれば、医療関係者を操れる。でも、それで本当に全部なのかな。この町にはもう一枚、『別のカード』が存在しているとは考えたことはなかったかい?」


宍戸は高らかに、取り出したものをかざしてくる。


「そして問題だ。この三枚目のカードは、一体何に使うものだろう」


嘲るように頬を緩め、宍戸は『緑色のカード』を示してきた。

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