4-8:人間の幽霊が見えない理由

 あと数日待てば、確実に動きが出ると千晶は語っていた。


 それがどのような形になるのかは、今も聞かされていなかった。


 だが、『結果』は想像以上に早く出てきた。


 今日は十月の最終日。屋上で千晶と語らった日から、ほんの四日しか経っていない。


「本当に、何もかもが予定通りに行ったみたいだな」

 喫茶店のテーブルに着き、千晶は安堵した表情を浮かべる。


 今日はいつもと席順が違う。

 榊は相変わらずカウンター席で背中を丸めている。しかし自分は普段と違い、千晶と向き合っては座らない。彼の隣の席に座り、黙って話に聞き入っていた。


 現在、向かいの席には見知らぬ男がいる。

 点々と不精髭を生やした小太りの男。年齢は四十くらいに見える。


 彼は雑誌の記者だった。この町を拠点に活動する地元紙の人間で、ここ数日起こった幽霊騒ぎや守護霊の一件を取材して回っていた。


 テーブルの上には赤い色のカードがある。千晶がそれを何度も提示し、自分の言う通りに情報を吐きだすように命令を出していた。


「じゃあ、結論として言えることは、やっぱり『天国』は実在するということでいいんだな。そして、そこに行けるのは動物の幽霊だけだって」


 赤いカードをかざし、千晶が相手に質問をする。「そうです」と男は焦点の合わない目で頷き、ICレコーダーを指で示す。


「取材の結果、全ての人がそう証言しました。守護霊みたいな動物と話をしていった結果、天国というのは大きな光のようなところだと言いました」

 彼の手元には銀色の機材がある。少し前までそれを再生し、取材した数名の話を聞かされていたところだった。


 今日までの数日で、彼は何人もの家を訪ねた。守護霊が見え、話ができると言った人々に会い、動物たちが何を語ってきたのかを聞き出した。


 動物たちは人間を管理する。死後の世界に関連する形で、人間に何かの問題があるとわかった。だからその是正のため、彼らは動いているのだと。


(俺はこう考えた。動物どもは、人間について知りたがっている。でも、あいつらの頭では人間との感覚の違いがわからない。『動物人間』では少し状況が改善されたが、それでも人間の精神そのものが失われているから、結果はたいして変わらなかった)


 この喫茶店に記者を呼び出したところで、千晶はそう考えを語ってきた。


(その点、守護霊たちは話が違ってくる。あいつらは生きた人間の心と深く結び付いている。だから他の奴らよりもずっと効率的に、人間について理解できたはずだ)


 それが、彼の『思惑』だったのだと今日の段階でようやく開かされた。


 その思惑通り、守護霊たちは不思議な話を語ったという。


「死後の世界で、不思議な現象が見受けられました。私たちのような鳥や獣の姿は多く見かけられるのに、なぜか人間の姿だけは一人も見つからなかった。同じ世界に住む生き物のはずなのに、どういうことなのかと疑問が生まれました」

 憑依した守護霊の一体が、そう証言をしていた。


「だから、その理由を探ることが求められました。死後の世界に現れない、人間という生き物はなんなのか。その答えを探り、問題があるのなら解決する。それが、私たちに与えられた『使命』なのです」

 レコーダーの中でははっきりと、動物霊がそう語ってきていた。


 再生された音声を聞きながら、千晶は興奮した面持ちをしていた。「よし」と小声で呟いて、息を軽く荒げていた。


『それで、問題とはなんなのかわかったのですか?』

 レコーダーの中では、記者が守護霊に問いかけていた。


 それに対して、相手はあっさりと「はい」と答えていた。


「私たちと人間の違い。それは、自我の大きさでした。人間は自我が強すぎる。だから死後に魂となっても、すぐには私たちと同じ天国に行くことはできません」

 人間の口を借り、動物が淡々と答えを言う。


「ですが、これは特に問題とすべき事柄ではありませんでした。人にはそれぞれ、相性のいい動物が存在します。それは魂のルーツとも言える存在で、人は死後まもなく、その生き物の姿へと変わります。そうして獣の姿となり、天国へと旅立つのです」

 それが真実なのだと、レコーダーの中の声は語っていた。


 もちろん、一人だけではない。守護霊と対話していった人々の全員が、同じ証言をしてきたのだった。

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