4-6:トーキング動物霊

 プランが形になったのは、『実行』の日から五日を経た時だった。

 町の中での幽霊騒ぎは健在だったが、そこにだんだん尾ひれがつくようになってきた。


『動物の幽霊と会話をすることができた』


 目撃証言の中でそう語ってくるものが何件も出てくるようになった。

 それも、ただ会話するだけではない。特定の動物霊が自分の肩の辺りに留まり続け、ずっと何事かを囁き続けてくるようになったという。


『この食糧を食べるのは、体に悪いのではないですか?』

『もっとちゃんと睡眠を取るべきです。あなたの体は疲労が蓄積している』

『さっきの物言いは良くなかったかもしれない。もう少し人に優しくすべきです』


 町の人間に寄り添い、『彼ら』は助言めいたことをするようになってきた。現代の人間の病的な生活習慣を改善しようとしたり、人間関係への助言をしてきたり。


 彼らはまるで人を守護するかのように、そっと隣で見守ってくる。


 そうする中でどんどん、『彼ら』と対話してみようとする人間も増えてきた。


『君たちは一体何者なのか』


 それが真っ先に思い浮かぶ疑問だった。


 彼らの正体は何か。彼らの目的は何か。憑依された人間は対話を進めていった。

 その結果、ある興味深い事実が浮き彫りになった。


『私たちは、人間を管理することに決めました』

 質問に対し、彼らは真っ先にそう答えた。


 彼らは人間が間違っていると思っている。そしておかしいと思っている。だからその問題を解決したいのだと考えている。


『死後の世界というものが存在します。私たちはそこに属する者から指令を受けました』

 彼らは更にそう証言した。


『人間の何がおかしいかは、よくわかりません。ですが、死後の世界に関わる形で、その問題が存在しているはずなのです。だからそれを「救済」しようと思いました』


 次々と語られる不思議な話に、人々は戸惑った。

 だが、話を聞いたのは自分一人ではなかった。


 動物霊との対話が可能になった全ての人々が、同じ『証言』を耳にしたという。

 だからこの話は、紛れもない真実なのではないかと疑われる。





「これが、千晶の狙いだったの?」

 学校の廊下に立ち、直斗は問いかける。


「そうだな。全部思惑通りだ」

 千晶はあっさりと肯定した。満足そうに窓の外を見て、鳥が飛ぶ姿を目で追っている。


「大丈夫なの? こんなことをして」

 そっと窓の外に目をやる。飛んでいる鳥の他にも、向かいの校舎の屋上にとまっている鳥の姿もある。じっとこちらを監視する目もあった。


 これは、明らかな『反逆』なのではないだろうか。


 動物たちの情報を人に漏らそうとすれば、即座に粛清の対象となる。自分たちがやってはいけない、大前提の事柄のはずだ。


「そうだな。だからちゃんと交渉しておかないとな。『早とちり』して粛清されるのだけは勘弁して欲しい」

 千晶はズボンのポケットに両手を入れ、口元を得意げに緩めてくる。


「じゃあ、行くか」と促され、すぐに行動に移ることになった。千晶は昇降口に向かい、学校の外へと出ていく。直斗も黙ってそれについていった。


 何度も足を運んだ運動公園へと進んでいく。


 今年は温暖な気候が続いていた。十月も残りあと数日となるが、町の風は暖かかった。ブレザーを着ていると、背中に点々と汗が浮いてくるのがわかる。


 千晶と直斗が歩いて行くと、例によって鳥たちが飛び立っていく。運動公園の方へ向かい、到来を告げているのが窺えた。


 ついに現地に辿り着くと、入口でカラスが待ち構えていた。


 しかし、いつもとは少しだけ様子が違った。


 普段なら街灯の上にとまり、相手は真上から見下ろしてくる。それが今回は変更され、目線の高さが合されていた。


「オメデトウ、ゴザイマス」


 ボッティチェリが挨拶をする。既に『使者』を用意して、その肘の上で待ち構えていた。


「言っておくけど、くれぐれも早とちりだけはするなよ」

 一本の街灯の下で向かい合い、千晶は単刀直入に言葉を投げかける。


 カラスはかすかに小首をかしげる。


「守護霊を作った結果、お前たちの話が知れ渡ったのは、たしかに思惑通りだ。でも、別にお前たちへの嫌がらせでやってるわけじゃない。あくまでこれは必要な措置だ」


 カラスは首をかしげるのをやめ、千晶に目線を固定した。


「保証する。絶対に悪いようにはならない。お前たちの目的を達成するためには、こういうステップがどうしても必要だったんだ。だからもう数日、しっかりと様子を見極めてくれ。そうすれば、必ず正しい結果が出る」


 具体的にどうなるのか、千晶はあくまでも言及しない。カラスも真意を図りかねているようで、使者に何かを喋らせることさえしなかった。


「あと数日だ」

 それで決着がつくのだと、千晶は力強く言い切った。

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