4-5:色をなくした男
この町にはどうも、見えない法則があるのかもしれない。
誰かとの関わりにより、たまに温かいものを貰える時がある。人との対話によって心が救われ、今の状況も悪くないと思える瞬間がある。
その直後に、必ず『落差』となる出来事がある。
「なあ、直斗くん。良かったらお話をしようよ。実は君に、紹介したい人がいるんだ」
電話でいきなり呼び出しを受ける。
「ねえ、今から公園に来られないかい? 僕の友達も近くに来ているんだ」
嫌だな、と思う。でも、避けて通れない感じもあった。
「やあ、来てくれて嬉しいよ」
運動公園の敷地に入ると、宍戸は軽やかに手を振ってきた。
「直斗くん。紹介するよ。僕が病院に入っている時に知り合った、
ベンチには先客がいた。大学生くらいの男だった。
風間と呼ばれた男は、宍戸が声をかけると上目遣いに見やってくる。「こんにちは」と力のない声を出し、またすぐに俯く。
覇気のない男だった。顔は血色が悪く、頭も寝ぐせが目立つ。着ている服は灰色のジャージ姿で、寝巻きのまま外に出てきたかのような雰囲気がある。憂鬱そうに俯いていて、ぼんやりと目の焦点も合っていない様子だった。
「風間くんはね。少々特殊な症状に見舞われているみたいなんだ」
宍戸が脇に立ち、男の紹介をする。
「今もその件で病院に通っているらしいんだけど、医療関係者も首をひねるばかり。彼も少しそれで心を病んでしまって、今は左腕がこんな状態さ」
言って、宍戸は男のジャージの袖をめくる。男はされるままになり、左腕が露わになる。
直斗は一瞬眉をひそめる。
左腕には無数の赤い線が走っていた。まだ新しい物もあり、瘡蓋の状態になっている。
「実を言うとね、彼には『色』を認識することが出来ないんだそうだ」
「それって」と直斗は目つきを鋭くする。
「誤解しないでくれよ。風間くんが色を認識できなくなったのは、今から一年半前さ。僕のせいじゃないよ」
宍戸は素早く両手を挙げる。
「まあ、少し一人にしておいてあげようか。あっちのベンチで話そうよ」
宍戸は肩に手をかけてくる。風間からは距離を置き、離れて話そうと促してきた。直斗は相手の手を振り払い、足早に隣のベンチの方へと移動した。
「僕は僕なりに、手がかりを探しているんだよ。そして彼を見つけたんだ」
風間の耳のない距離まで来ると、宍戸は話を再開させた。
「気にならないかい? 彼が突然色彩を失ったのは、ちょうど有明氏の事件が起こった頃だ。彼が動物人間の実験を進める傍らで、風間くんのような人間も生み出された。これはなんだか、関連があるような気がするだろう」
小声でひそひそと告げてくる。その間も横目で隣のベンチを見やっていた。
「つまり、どういうことだと?」
「残念ながら、答えはわからないよ。あの小屋の中のミイラの意味も謎だ。有明氏が殺された理由や、風間くんのような人間が作られた理由。そして死体。これらを結びつけるのは一体どんな筋書きなんだろうね」
宍戸は自分の顎に手を当て、思案する顔をする。
「今日はとりあえず、それだけ教えておきたかったんだ。ピースが揃わなければ、パズルは完成しないだろう。僕だけで情報を独占すべきでないと思ったんだ」
「それは、どうも」
素直に礼は言っておく。
「うん。僕もありがとう。ついでにもう一つわかった事実があったんだ。風間くんは完全に色彩を認識できなくなったんだけど、なぜか『赤色』だけは時折認識できるんだって」
また男の方をちらりと見やる。
「赤色って言っても、夕日の赤とか炎の赤とかは相変わらず認識できない。それでも、『血液の色』だけは、なぜか赤色なのがわかるんだってさ。なんだか不思議だよね」
今度は直斗が男を見やる。彼の袖はうまく直っておらず、かすかに袖口が緩んでいた。
そういうことか、と合点が行った。
「この辺は少し仮説なんだけどさ、『彼ら』の力にも多少は限度があるのかもしれないね。心を操作して色を認識できなくするとしても、やっぱり『血液』というのは命を維持するために不可欠のものだ。その色を認識できなくなるというのは、生物として致命的になるのかもしれない。だから色を失った後でも、血液の赤色だけは目に見えるのかもね」
ふうん、と直斗は繰り返し頷く。
「ちなみこれは更なる検証だったんだけど、少し前にも白一色にしか物が見えなくなる人たちが大勢出ただろう。その時の人たちも、やっぱり風間くんと同じように血液の赤色だけはちゃんと認識できることがわかったんだ」
ふうん、とまた返しつつ、直斗は宍戸の顔を睨む。
それが検証したくて、あの事件を起こしたのか。
「そう怖い顔をしないでくれよ。大事なことじゃないか。どんなに見える世界を操作しようとしても、血液の色だけは見えている。この情報はきっと重要になるはずだ」
「とりあえず、情報には感謝します」
直斗は目線だけを動かし、傍らの男を見やる。
彼の腕には、何本もの痛ましい傷痕がついていた。なぜ彼がそんなことをしたのか、今なら容易に想像できる。
色彩を失った絶望から、彼は『唯一見える色』に救いを求めた。
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