4-2:有明の実験施設

「で、そこから先は何もわからなかったと」

 千晶は疲れの滲んだ声で結論を言った。


 喫茶店のテーブルで向かい合い、彼はだるそうに背もたれに体を預ける。直斗も深々と頷きを返し、脱力して頬杖をついた。


 米山桜花から引き出せた情報は、肝心なところが抜けていた。


 その後もあの和室の中で、根気よく彼女と対話を続けた。彼女の言う『光』とはなんなのか。そんなものが本当に実在するのか。光に入った後にはどうなるのか。


 その詳細もわからない。更に、有明の死の真相も彼女は認知していなかった。


 隣にいる榊もうなだれていた。今日も背中を丸め、テーブルの表面に目線を落とす。


「でも、ある程度わかったことはあったんだ」

 脱力する千晶に対し、直斗は説明を補足する。


「まず、その光がどうのというのが、動物たちの話の根本にあるみたいなんだ」

 人差し指を立て、直斗は千晶の注意を引く。


「米山桜花は言ったんだ。その光が、自分たちに『使命』を与えたって。言葉で何かを伝えられたわけじゃないけど、自然と心の中に伝わってくるものなんだって」


「それは要するに、こういうことか? その光ってのは、要するに『アレ』だって」


「『アレ』っていうと?」


「アレって言ったら、まあ『例の存在』だ。俺はあんまり信じてないけど、動物どもの言うそれは、やっぱり『アレ』ってことになるんじゃないのか?」


「ああ、『アレ』ね」


 どうにか意味は伝わった。『それ』を表すわかりやすい単語が一つあるが、あえて声に出したいとは思えなかった。


「つまり、こういう話だろ? その光とやらが、動物どもに指示を与えてる。漠然とそれが『人間を管理しろ』って命令を出して、動物どもは従ってる」


「僕もちょっと、この辺は微妙なんだけどね。でも、そう考えるとしっくり来るだろ? 結局ボッティチェリたちも、なんで人間を管理しなきゃならないかわかってない。だから、あいつらも何かから言われて来てるだけなんだって思えば辻褄が合う気がする」


 千晶は苦笑交じりに溜め息をついた。


「それはまた、随分と迷惑な話だな。中途半端に指令だけ与えたから、あいつらが右往左往して俺たちが迷惑被ってるってか。冗談じゃないな」

 直斗も無言で頷きを返す。


「で、例の有明の方はどうなんだ?」

 千晶は前髪をかきあげ、話題を別方向に切り替える。


「有明がどうして殺されたのかとか、何を掴んだのかってことはわからない」

「で?」と千晶はニュアンスを汲み、先を促してきた。


「何もわかってはいないけど、有明はやっぱり何かの『実験』を更に進めてたみたいなんだ。さっきの話の続きだけど、例の『動物たちの目的』というか、指令内容、かな。それがなんなのかもわかってない。だから、それを探ったみたいだ」


「そして、それを突き止めた。その後で死んだってことか」

「だろうね」と直斗は呟きを返した。


 結局は何もかも、漠然とした概要しか見えていない。『何か』の指令で『何か』が求められ、有明は『何か』をして、『何か』を掴んだせいで、『何か』の理由で殺された。


「例の動物人間はどうなんだ。有明がどんな実験をしたか掴んでたのか?」

「いや、それが残念ながら」


 でも、と直斗は小さく首をひねった。


「一応の手掛かりだったらあるみたいなんだよ」

「どんな?」


「実験内容は知らないけど、有明がどこに出入りをしてたかは知っているみたいなんだ。だから、有明の使っていた『実験場』を見てみれば、何かがわかるかもしれない」


 直斗が言うと、隣の榊も身じろぎをした。背筋を伸ばし、こっくりと頷いていた。


「あの動物人間がいた家の近くに、有明の実験場があるみたいなんだ。そこを暴くことさえ出来れば、動物たちの本当の目的も見えるかもしれない」


 だから、あと一歩のはずなのだ。





 望みはあっさりと断たれた。

 蓋を開けてみた段階で、自分は何を期待していたのだろうと考えてしまった。


 米山桜花の案内で、翌日すぐに実験場の場所は割り出された。


 彼女のいた土地から更に奥まった場所へ進んで行くと、山の中に小屋があるのが見つかった。工事現場によくあるプレハブ型の建物で、大型の物置とでも言うサイズだった。


 そこはちょうど『人間十人が横になれる広さ』だと表現できる。

 それだけは、自信をもって言える。


 プレハブの実験施設には、文書の類も実験機材も何一つなかった。その施設の中に据え置かれていたのは、『干からびた十人分の遺体』だけだった。


 十体のうちの五体は体をまっすぐに伸ばした状態で死んでいた。残りの五体は姿勢もばらばらで、座った状態のまま死亡したと見えるものもあった。


 遺体のほとんどは、半ばミイラ化した状態だった。専門の医療機関で調べなければわからないが、おそらく十人の死は『衰弱死』であると見られる。

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