4-3:守護霊を作ろう

 千晶だけは涼しい顔をしていた。


「まあ、行き止まりだってんなら仕方ないだろ。有明の線を追うのはここまでにして、また別の道を探さなきゃならないってだけの話だ」

 小さく肩を竦め、喫茶店の椅子に背中を預ける。テーブルの上のカップに手を伸ばし、泡立ったカプチーノをすすっていた。


 直斗は両手を組み合わせ、テーブルの前で首を振る。


「気を落とすなよ。俺はもともと、そんなに期待してなかったぜ。有明が死んでからもう一年以上も何もわかってなかったんだ。そううまく行くはずないさ」

 カプチーノを置き、ひらひらと手を振る。


「でも、悪い話ばっかりでもないぞ。有明の件なんかわからなくても、うまくすればこのまま一気に全部解決できる可能性もあるんだ」


 直斗はぼんやりと頭を上げ、目線で言葉の意味を問う。


「お前はさ、もしかして俺や榊先生がずっと無意味なことやってたと思ったか?」

 千晶は問い、背後を示す。榊は背後のカウンター席で、一人コーヒーを飲んでいるところだった。


「宍戸の奴は、しょっちゅう俺たちのやってることを『時間稼ぎ』だの『牛歩戦術』だのと馬鹿にしてやがったがな。俺にはちゃんと、それなりのヴィジョンってもんがあるんだ。だからこれを実現さえすれば、絶対に動物どもを立ち去らせることができる」

「そうなの?」と直斗は目を見開き、居住まいを正した。


「当たり前だろ。俺だってこのまま一生あいつらと付き合っていく気なんかない。一日でも早く全部終わらせるつもりで今日までやってきたに決まってるだろうが」


「そう、なんだ」

 少し、気まずいものがあった。


「それで、具体的にこれからどうするの?」


 問うと、千晶は顔を綻ばせた。誇らしげに自らの胸を手で叩く。


「本来の予定だったら、もう少し時間がかかる感じだったんだけどな。つい最近の動きのおかげで、予定がだいぶ早まった。宍戸の馬鹿のやったことも、いい感じに布石として役立ってくれそうだ」

 もったいぶった口調で語り、千晶は人差し指を立てる。


「俺たちが今からやることは一つ。あちこちにいるっていう動物霊どもを、この町の人間たちの『守護霊』に仕立て上げるんだ」


 それが全ての解決策になるのだと、千晶はその場で断言した。





 プランを実行するためには、もちろん『彼ら』の力を使うしかない。


 残念なことに、まったく犠牲なしに全てを終わらせることはできない。千晶のプランではこれから数百人単位の人間に『操作』を施すことになっている。


「宍戸の奴が幽霊騒ぎを起こしただろう。あれが意外に役に立つんだ」

 千晶は先日の事件について言及してきた。


 宍戸が暴走し、町に住む大勢の人間が幽霊を見るように操作した。


「俺がやろうとしているのは、その延長線上にある。幽霊が見えるようになった後、更にそこから動物霊たちが『守護霊』として人間たちに寄り添うようにする」

 内容そのものは、あっさりとしたものだった。


「例の『動物人間』の話がポイントなんだ。あれは、動物霊が人間の体を乗っ取ることにより、人間の知性を持った動物が生まれた。そのおかげで、動物が人間の感覚に合わせて話をしてくるようになっただろ?」

 千晶が知識を確認する。


「でも、何も脳味噌を奪われなくても、動物霊どもに知性の一部を貸し与えることはできるだろう。俺が狙ってるのはそういうことだ」


 守護霊として、動物たちを人間に憑依させる。そしてその人間には、動物霊が見えるようになる。


 そうすることにより、動物霊は人間に近い知性や感覚を持てるようになる。

 それが狙いなのだと、千晶は自信満々に語ってきた。


「それで、どうするの?」


「そうだな。そこから先はまあ、まだ仮説段階だ。だが、確証はある。あとのことはとりあえず、実情を見れば自然とわかるさ」


 千晶は不敵に微笑み、あえて結論を伏せてきた。





 これはとても、珍しいことだった。

 宍戸が町に波紋を起こすことはあっても、千晶や榊が自分から動物たちに働きかけることは滅多になかった。もしあっても、それは縁結びなどごく小規模なものだった。


 だが、今回のプランの対象は数百人単位となっている。


「やっぱり、宍戸が手にかけた人たちに守護霊を見させるの?」

 実行にあたり、直斗は質問を投げかけた。


 なるべくなら、意識の操作をする人間は増やしたくない。千晶ならそう考えるだろうと考えた。


 でも、千晶はそれを否定した。


「いや、宍戸が手にかけた奴らは今回避ける。そいつらはそいつらで別にして、新しく霊が見えるようにしないといけない。同じ奴に何度も操作を行うのは危険だからな」


 これにはどうも、首をひねらされた。


「安全策って奴だと思ってくれ。ギリギリの状態になる奴は出したくない。どんなに多くても、一人に対して一回しか操作はしない。俺は常にそう決めてる」

 朗らかに笑い、千晶は肩をポンと叩いてきた。「ううん」と腑に落ちないものを感じつつ、直斗は不承不承頷いた。


 そして三人で、例の運動公園へと赴いた。交信場所に辿り着き、千晶は街灯の上のボッティチェリに呼びかける。


「やることが決まった。『回数に余裕のある奴』限定で、今から言うことをやってくれ」

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