1-8:人類侵略の拠点
この先に何があるのか、想像することもできない。
現在の自分は、ただ流されている。なぜ自分が今ここにいるのか。なぜ自分なのか。それさえもよくわかっていない。
今は電車に乗っている。
東京を離れ、ほとんど山梨の方へと入って行っている。中央線を乗り継ぎ、立川を越え、高尾を越え、そこからは一気に乗客の数が減っていった。
電車の車両はボックス席になっていて、二人ずつが向かい合うように席が配置されている。直斗はその片方に座り、向かいの席の男の顔を静かに見やる。
『使者』として利用された男は、今も電車で相席している。大きめのバスケットを膝の上に置き、その中に黒い鳥を収めている。
これは、何かの罰なのだろうか。
自分は何かを失敗したから、こんな境遇に追いやられているのだろうか。
とても、長い時間に感じた。
時間にしては、一時間を少し超えたくらいのものでしかなかった。だが、随分と遠くまで移動をしてきた気がしてならない。
カラスに促され、途中の駅で電車を降りる。カラスを連れた男は淀みなく歩き、自動改札をすり抜けていった。
駅名にも町の名前にも見覚えはない。ぎりぎり東京都内になるのかもしれないが、窓から見えた風景は緑色が目立ち、山あいにある小さな町だという印象を受けた。
駅の建物を出たあとも、数キロの先に山が待ち構えているのが見えた。背の高い建物は少なく、駅前のロータリーの周辺には小さな居酒屋や商店が立ち並ぶのみになっていた。
なぜか異様なくらいに鳥の数が多かった。頭上の電線や駅の建物の屋根など、至るところにカラスや鳩などの鳥の姿を見ることができる。
頭上から目を逸らし、前へ進む。駅を出た右手にはバス停があり、そこだけは妙に近代的な作りになっていた。
道路に面した形でベンチが並び、雨除けとして銀色の屋根が設えられている。歩道とバス停の間には淡いブルーのガラスの壁が立てられて、涼やかな雰囲気を作り出していた。
そんなガラスの壁にもたれるようにして、少年が一人佇んでいるのが目に入った。
黄色のTシャツに青いジーンズ。年齢はおそらく自分と同じくらい。スーツの男と連れだって歩いていくと、相手の方もこちらへゆっくりと歩み寄ってきた。
「もしかして、『新入り』か?」
少年は直斗の前で立ち止まり、足先から頭まで素早く目線を走らせた。隣の男からバスケットを受け取り、中に入っているカラスを解放する。カラスは背伸びでもするように羽根を伸ばし、バス停の屋根の上へと飛び乗って行った。
少年の顔立ちは幼かった。
色が白く、短めの髪も若干色素が薄い。目は切れ長で、眉がすっきりと通っている。中性的な感じのある人物だった。
「今回はとんだ災難だったな。まだ状況が飲み込めてないと思うから、おいおい説明する。とりあえず、ここに来たことは不運だと思って受け入れてくれ」
自分自身の胸元に右手を当て、少年は高らかな声で告げる。目には光があり、スーツの男のような『使者』ではないのだとわかった。
「俺の名前は坂上千晶。お前と同じ『人類代表』に選ばれた人間だ」
千晶と名乗った少年は、皮肉めいた笑みを浮かべてくる。そして握手を求めてきた。
「ひとまず歓迎する。『人類侵略の拠点』にようこそ」
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