相沢蘭子の場合・4

 なんて清々しいんだろう。

 本当に、『彼ら』の力は絶大だった。

 わたしが指示を出したことで、簡単に世界が変わってしまった。


 取り巻きだった女たちも、教室の中にいた他の全員も、川村を一瞬見ただけで顔をしかめた。とても嫌なものを見たような顔をして、すごく気持ち悪そうにしていた。

 その日はそれだけで帰ったけれど、これで終わりではもったいない。


 「また、続きをお願いしたいの」

 公園で『彼』に声をかけ、一緒に中学の方へと行く。

 あくまでも世の中のためだと前置きをして、考えておいた復讐を実行する。


 「あの子は、自分の体が臭いと感じるようにして欲しい」

 川村の取り巻きだった三人の女にも、それぞれ罰を与える。


 「あの子は、お風呂に入るのが嫌いになる」

 一人目と二人目はこんな感じ。


 「あの子は、毎日のお昼ごはんをトイレで食べるようにする」

 三人目にはこういう指示。しっかり孤独を味わえばいい。


 一週間くらいで、随分と学校の中が様変わりした。

 二日置きくらいに訪ねて行って、その度に川村たちの様子を見てやる。あの女王様だった川村も今は完全に地位を失って、教室の隅で肩を小さくしているのが見えた。


 他の奴はどうしてやろう。

 わたしに嘘の告白をして困らせた男子。あいつらは、恋愛傾向でも操作してやろうか。ずっと年の行ったおばさんだけを好きになるとか、素敵な人生を送らせてやろうか。


 学校を出て、空の方にいる『彼』を見上げる。姿を見ると心の中が澄み切ってきて、本当に大好きでたまらない気持ちになる。


 本当にわたしは、神様に愛されたんだ。

 そんな実感を覚えて、深々と息を吐いた。


 そうして、正門を出ようとした時だった。


 「お前、何やってんだよ」

 突然後ろから足音がして、鋭い声が投げかけられた。


 ゆっくりと振り返ると、見知った人間が立っていた。

 わたしより少し年上の、ちょっと中性的な顔立ちをした男。いわゆる美形の部類だと思うけれど、いつも上からの物言いをしてくるから好きになれない。


 サカガミ、と心の中で呟いた。


 「お前、こんなところで何やってんだ。『あいつら』の力を悪用したらダメだって、何度も注意しただろうが」

 距離を詰め、サカガミは周囲を気にするように声を落とす。すぐに頭上へと顔を向け、『彼』の姿がどこにあるかと探していた。


 「問題ないですよ。これは全部、『世の中のため』のことなので。ちょうどいいサンプルがこの学校にいたから、ここで試していただけなんです」

 『彼ら』に対するのと同じ、大義名分を聞かせてやる。


 サカガミは小さく喉を鳴らし、「お前な」と顔を歪める。

 傍らを見ると、『彼』が空の上から降り立ってきた。


 「馬鹿。そんな上っ面の理屈なんかで、『あいつら』は簡単に騙されるような奴じゃない」

 「別に、騙してなんかいませんよ」

 「あいつらはそう思ってない。現に、俺は今日あいつらから、お前がやってるのが『正しいこと』なのかって、直接聞かれたばっかりなんだよ」


 サカガミの言葉を聞き、咄嗟に『彼』の方を見る。

 急に、体の内側が冷たくなった。


 ゆっくりと、傍らから『彼』がこちらに迫ってくる。ただ近づくだけでなく、通りかかった生徒を一人巻き込んで、自分自身を運ばせていた。


 「アナタに、カクニンしたいです」

 傍までやってきて、『彼』はサカガミに声をかけた。


 嘘でしょう、と眉根を寄せる。


 「このヒトのしたことは、タダシイことですか?」

 はっきりと、疑いの言葉が発せられた。


 「ちょっと」と、咄嗟に声を出す。

 サカガミの方に目をやり、助けを求める。


 何も言わず、サカガミはただ表情を歪めていた。質問が出されたことで顔を青ざめさせ、辛そうにわたしの顔を見る。


 「ちょっと」ともう一度サカガミに向けて声を絞り出した。

 その次の瞬間、傍らにいる『彼』が体を蠢かせた。


 「リョウカイ、しました」


 サカガミは肩を落とし、頭をうなだれさせた。

 「ちょっと待って。本当に違うの。これは本当に世の中のためで」

口にするが、直後に『彼』は全身を大きく広げた。


 甲高い声が発せられる。

 一瞬、目の前が真っ白になった。


 どのくらいの時間が経ったのか。自分ではよくわからない。大きく息を吸い、素早く周囲を見回した。


 今、確かに『力』を使われた。

 一回目。それで数秒意識が途切れた。


 「待って」と声に出し、『彼』の方へと踏み出す。


 間髪入れず、再び『声』が発せられた。


 また、頭の中が真っ白になった。

 全身が粟立つ。意識がはっきりすると共に、体中に冷気が駆け巡り、足元の感覚まで覚束なくなってくる。


 二回目。

 本当にもう後がない。


 「待って。『先生』と話をさせて。そうすればきっと」

 声を張り上げるけれど、聞く耳を持ってくれなかった。


 そしてまた、『彼』が全身を大きく広げた。


 体に震えが走る。サカガミの方を振り返り、うなだれている姿を両目で見る。

 「ねえ」と叫びかける。

 でも、サカガミは顔を上げようとしなかった。


 「お願い。助けて」

 あとはただ、縋りつくしか出来なかった。


 そうして、『三回目』の声が発せられた。

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