第六十八話:閉じた幕の向こう側で
「……どこだ、ここは」
一面に広がる白い世界。
こんなところ、俺は知らない。
自分の状態を確認すると、傷一つない万全の状態だった。
ただし、装備は何一つとして持っていない。
「死んだか? いや、こんなところは前には来なかったな」
死者の国と言うわけではないだろう。それなら、見覚えがないとおかしい。
俺は既に一度死んでいたわけだからな。
ただ突っ立っていても何も起こるはずがない。
俺はとりあえず適当な方向に歩き出す。
しばらく歩いていると、机と二脚の椅子があった。
椅子はそれぞれ対面になるように置かれている。片方には既に一人座っているようだった。
「おお、来てくれたのか」
「お前は……」
顔はぼやけてのっぺらぼうになっているが、俺はこいつが誰だかわかった。
こいつは前世の俺だ。
「まあ、座ってくれ。こうして話をできる機会はこれが最初で最後だろう」
「……随分と親し気だな。大して役に立たない知識ばかり押し付けやがって」
「はははっ。それは申し訳ないことをした。私も驚いてるんだ」
俺は嫌味を言いながら、椅子には座る。
何となく、他にやることもないからな。無視して進むのも、気分が悪かった。
俺の嫌味に対しては、盛大に笑って見せた。
顔は見えないが、随分とにこやかな笑顔をしていると理解できる。
「君が拾ってくれたおかげで、随分と楽しい思いをさせてもらえたよ」
「なんだ。感謝の言葉か?」
「そうさ。私の人生はつまらない――君も知っている通り――のものだったからね」
俺は思わず片眉を上げる。
目の前の男は、何かを悩んでいる様子を見せた後、
「少しばかり、話を聞いてくれはしないだろうか」
「好きにしろ。今は他にやることもないからな」
「ありがとう。思っていたが、君は優しい人間だ」
わかったような口を利く男に、俺は鼻を鳴らして答える。
男はない顔を天に向け、話始める。
「君を見て、ようやく私は間違いを認められたよ」
男は泣いているようにも見えたし、笑っていたようにも見える。
何せ、顔が見えないのだから雰囲気で理解するしかない。
「私はあるがままを享受していただけだった。それだけでは、不十分だったんだな」
「——足を進めなければ、先には進めない。当然の摂理だ」
「ああ、そうだ、そうだとも。私はどうしてそれがわからなかったんだろうな」
俺はこいつの事が嫌いだ。嫌いだった。
記憶が流れ込んだ時から、全てを投げ捨てていたこいつの事が好きになれなかった。
話を聞いても、好きにはなれないだろう。
「私は絶望するのが早かったのかもしれない」
「わかりきっていたことだな。泥水を啜ってでも生き残る覚悟がお前にはなかっただけだ」
「ははは、厳しいな。実際に体験した人からの言葉となれば、否定することもできない」
男は立ち上がり、こちらに背を向ける。
「そろそろ時間だ。私はもう行くとするよ」
「もういいのか?」
「ああ。預かり物は渡し切ったからね。残りかすみたいなものだが、好きにしてほしい」
預かり物、か。そういう認識なんだな。
結局、死んだ人間と言うわけか。
「君も行くといい。ほら、呼ばれているよ」
男が指差した先には、白い空間に、これまた空間が切り裂かれたような白い窓があった。
その向こうには激しい懐かしさを感じる。
「それじゃあ、さようなら」
「ああ。もう会うこともないだろう」
俺たちは白い光に包まれて――
「——ニクス、コルニクスっ!」
「……やかましい、大声で喚くな」
―—俺が眼を覚ますと、周りにはヘエルだけでなく、フェレスたちもいた。
ああ、結界が破れたうえ、魔境化が解除されたから近くまでこれたのか。
俺は自分の体の状況を確かめる。魔力切れの怠さはあるが、体の怪我は殆どなくなっている。
頭がふらつくのは血が足りないからか。つまり、これは回復魔法で何とかされたか?
ヘエルの魔力は尽きていたはずだが。
「……状況を説明しろ」
「俺の分の竜泉水が残ってたんだ。だから、それをヘエルさんに飲ませて回復魔法をかけてもらった」
「イミティオの分が? そうか、お前は戦闘しないか。その分を勘定に入れておけばよかった」
「計算が最後まで苦手な男だったね、君は」
全てが終わったからか、くだらない冗談で皆が笑う。
俺も釣られて少しだけ笑ってやる。
ヘエルもそれなりに酷い怪我だったからな。判断はまあ間違いではないだろう。
「トートゥムはどこだ」
「トートゥムは外でまだ見張りをしています。私たちが外に出るまで、人を入らせない様にと」
「律儀な奴だ」
流石にヘエルとの戦闘直後の現場を見られれば、言い逃れは不可能だっただろう。
今なら、悪魔との戦闘で何とかしたで通じるだろう。
「とにかく、終わったんだな」
「ああ、終わったよ」
「じゃあ、行くか」
俺はふらつきながら立ち上がり、横からバルバに支えられる。
今回は力を借りるとするか。頑張った俺を労われ。
俺たちが歩き出すと、一人数が足りない。
振り返ると、ヘエルがその場で立ち尽くしていた。
「何やってんだ阿呆。さっさと来い」
「え、でも、私は……」
「やかましい。誰のためにこんなに苦労したと思ってやがる。なぁ」
俺が周りに話を振ると、フェレスは笑って答える。
「そうだね。ヘエルさん大好きだもんね、コルニクスは」
「おい、そういう事を言ってるんじゃないんだが」
「ま、ごめんなさいは聞きましたし? 助けてとも言われましたし? ここは寛大なる僕は許してあげましたよ」
「だ、そうだ。心の狭い奴はいるかー?」
俺がそう言って見渡すと、ふざけた様子でイミティオが一歩ヘエルに踏み出した。
「じゃ、後でちょっとお礼を追加でもらっちゃおうかなー?」
「えっ。な、なにをすればいいんでしょうか……」
「なあに、大変なことじゃなっ! いってぇ、殴るこたないだろ!」
「人が疲れ果ててる横でナンパをするなクソが。腹が立つ」
腹が立ったので一発殴っておいた。
一行に笑いが起こる。
「おら、わかったら行くぞ。後悔も未練も、終わらせてからだ」
「……はい」
さて、本当の意味で終わらせに行くか。
ここから先は俺の領分じゃないが、まあ、どうとでもなるだろう。
今の俺は、名実ともに最強の男だからな。
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