第六十七話:こうして舞台の幕は下りる
テネブライは闇の魔剣だ。
その性質は、闇の魔力を強く受け継いでいる。
つまり、吸収と放出。この場では、吸収がメインだ。
「コル……ニクス?」
「ちょっとだけ我慢してろ。すぐに終わらせてやる」
テネブライはヘエルを切らず、ヘエルの内部にある悪魔の魔力の元を探しだす。
見つけた。やはり、悪魔の力が封印されていた石を飲み込んでいたか。
「よう、クソ野郎。うちの馬鹿野郎が世話になったな」
俺はその石に集中し――悪魔の力をヘエルの中から吸い出そうとする。
「こっち来いよてめぇ!」
単純に膨大な魔力を引き受けることとなって、俺の体も内部から傷ついて行く。
代わりにヘエルの方は体が勝手に自傷するのが止まったようだ。
テネブライが激しく発光する。震えて軋む。
頼む、持ってくれよ。お前しかこいつから悪魔の力を引き出せるものはないんだ。
「怪我、怪我が……」
「気にするな。この程度なんてことない」
「でも、血がっ!」
ヘエルから見た俺の姿はよほどひどいのか、縋りついてくる。
俺が悪魔に干渉を始めたことで、精神的に余裕ができ始めたのか? ならいいことだ、そのまま暴れずに大人しくしてくれ。
『求めよ』
「はっ、引っこ抜かれそうになったら今度は俺か? 節操のない奴だな」
『我を求めよ』
「黙ってやがれクソ野郎が!」
響き渡る悪魔の声をかき消すように声を張り上げる。
悪魔の声は頭の奥底を叩くように、欲求に直接響いている。
なるほど、ヘエルはこれに耐え切れなかったんだな。
赤い魔力が次から次へと俺へ吸い込まれ、周囲を荒れ来るっていた魔力の嵐も収まりを見せた。
代わりに、テネブライから赤いオーラが漏れ出し、俺の体は内部から裂け傷が増えていく。
体が内側から爆発しそうだ。こんなもん、制御のしようがない。
ヘエルから悪魔の魔力を吸い終わったので、ヘエルからテネブライを引き抜く。
そのまま魔力の圧による影響が出ない様に距離を取った。
ヘエルは魔力切れの症状を起こしているのか、顔色がかなり悪い。
こっちは魔力が多すぎて気分が悪いが、落差が大変だろうな。
『力が欲しくはないか』
「うるせぇ」
『最強に興味はないか』
「うるせぇって言ってんだよ!」
頭に響き渡る悪魔の戯言を叩き伏せる。
「俺は欲しいもんは自分で手に入れる。何より――」
こんなものに意味はない。借り物の力なんざ、いつ失うかもわからない張りぼてに過ぎない。
「——渇きはもう、満たされた!」
前世の俺の顔が思い浮かぶ。
そうだ。俺は、今度こそ奪われたものを取り返すんだ。
前世の二の舞にはならない。
お前なんざに、屈するかっ!
「全てを飲み込み、喰らいつくせ。始まりを鳴らせ、終局を讃えよ!」
今俺が持てる魔力を全てテネブライに凝縮する。
テネブライの悲鳴が聞こえる。ひび割れ、震え、今にも崩壊してしまいそうだ。
この一発限りでいい。それでお役目ごめんと行こうぜ。
俺は脇にテネブライを構え、空を仰ぎ見る。
全部なんもかんも吹き飛ばしてやるよ。見てやがれ。
「『クイドクアム・フィーニス・ハイレシス』!」
それは、天を貫く黒き螺旋。
俺の全魔力、悪魔の魔力を乗せた一撃はヘエルが作り出した障壁を意図も容易く破壊し、天高く突き抜けていく。
赤き空がひび割れ、砕けていく。
暗雲吹き飛び、空が輝く。
俺の一撃は天高く突き抜け、どこまでも高く伸び――遥か上空にて、八つに裂けた。
周りの空気が変わっていくのがわかる。王都の魔境化が解けたんだ。
「……よう、気分はどうだ、大馬鹿野郎」
「ひっ」
晴れ渡る空の下、俺はヘエルの方を見る。
今にも倒れそうなぐらい体が痛いが、まだ倒れるわけにはいかない。
ヘエルは何かに怯えるように、顔を腕で隠している。
「ごめ、ごめんなさい。わた、私……」
「こんだけのことするなんて、随分と不満が溜まってたみたいじゃないか」
「ちがっ、違くないけれど、違うんです」
「そうか? まあ、随分としでかしてくれたな」
俺はヘエルの方に一歩踏み出す。
ヘエルは体をびくりと震わせた。
「こんだけの大事だ。どんな沙汰が下っても不思議じゃない」
「あっ……」
「なあ、これだけのことをする価値はあったか?」
俺は更に一歩ヘエルへ踏み出す。離れた距離はもうすぐ埋まる。
「お前にとって、俺はなんだ」
もう一歩ヘエルへ近づく。ヘエルからの返答はない。
ただ、意味もなく泣いて、ごめんなさいと呟くのを続けているだけだ。
「じゃあ、俺は一体何者だ。言ってみろ」
「……っ!」
俺が何を言いたいのか計りかねているのだろう。
ヘエルはこの問いには反応し、少し逡巡してから、掠れた声で答えを出した。
「……最強の男ですか?」
「それは正しいが、この場では間違いだ」
俺はヘエルのすぐ側までやってきた。
膝をついて、しりもちをついているヘエルに顔の高さを合わせる。
「ヘエル、俺はお前の従者だ。いつからそうだったかは知らんが、いつの間にかそうなっていた」
「あ……」
ヘエルの手を取って、手の甲に口づけをする。
確か、これが騎士としての挨拶の仕方だったか? クソ、二年も前の記憶じゃ当てにならんな。トートゥムにもうちょい聞いておくべきだったか。
二年前はこんなものに興味なかったからな。
「一緒に謝ってやる。だからそう泣くな。な?」
ヘエルの顔を抑えていた腕をそっとどける。
そこには、涙でぐちゃぐちゃになったヘエルの顔があった。
思わず笑ってしまう。
「何、学園長とかいう爺に責任を擦り付けてやればいい。あいつ、全部知ってて放置してたみたいだ」
「えっ、それは、そう、なんですか?」
「ああ、聞いてきた。明確な回答は貰わなかったが、どうせそうだろう」
視界が滲み始めてきた。
やばい。思った以上に血を流していたか。
軽く視線を動かして、俺は自分の体を確認する。どこもかしこも皮膚が裂けて傷だからけだ。
目にも血が垂れてきて鬱陶しいわけだ。
「だから、そう悪いようには、ならん。心配、するな」
「コルニクス……?」
この感覚も久しぶりだな。全身から寒気がして、血の気が引いて行く感覚。
竜泉水……は、もうないんだったな。
もうちょっと考えて分配しておけばよかったか。
「コルニクス、コルニクス!」
ヘエルの声が遠くに聞こえる。いつの間にか、世界が九十度回転していた。
ああ、情けないな。せっかくこれで終わりだってのに。
「回――法を――っ!」
ちっとばかし、眠るとするか。
何、少しばかり休ませてもらうとしよう。
十分俺は頑張ったからな。
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