第六十六話:暴走と決着
「どうした、先ほどまでの余裕はどこに消えた!」
俺はヘエルが繰り出してくる攻撃をひたすらに切り伏せながら、距離を詰める。
一方、ヘエルは攻撃をひたすらに繰り出しながら、俺から距離を取ろうとする。
堂々巡りに見えて、確実に追い詰められているのはヘエルの方だ。
ここでも戦闘経験の差が物を言う。
ヘエルの表情は明らかに疲れが滲み出ている。
「どうして、どうしてですか! 伝説の悪魔の力を手に入れたのに!?」
「所詮、悪魔の力はブースターでしかない。大本が向いていないお前では、使いこなせないってことだ」
「なら、何のために、何のために私はここまで来たと!」
苛立ちを隠せないまま、ヘエルは更に攻撃を苛烈にする。
俺から見れば、消耗を加速させるだけの無駄な数が増えただけだ。
決着の時は近いという確信を得る。
徐々にヘエルと俺の距離は縮まっていく。
こうなると、自分で張った結界が足を引っ張る。かといって、ヘエルは結界を解くわけにもいかない。邪魔が入ってより苦労するのはヘエル自身だからだ。
時間もヘエルの味方をしない。俺の魔力が回復すれば、ハイレシスを打てるようになるからだ。
そのことを理解できないほど愚かでもないようで、ヘエルの焦りは更に加速する。
焦った結果、打つべき手を間違える。負の循環だ。
ついにヘエルがホールの奥までたどり着く。これ以上逃げる場所はない。
「終わりだな。何か言いたいことはあるか」
「まだ、まだです! まだ何か――」
ヘエルは必死に何かをしようとするが、この距離はもう俺の間合いだ。
俺は一足で距離を詰め、ヘエルの胸倉をつかんで持ち上げ、地面に投げ捨てる。
しりもちをついたヘエルへ向けて、テネブライを向ける。
「終わりだ。大人しくしろ」
「う、うううううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!」
「俺の勝ち――」
『求めよ』
ヘエルのうめき声とは別に、地の底から響いてくるような声が聞こえた。
俺は嫌な予感を感じ、すぐにヘエルへ手を伸ばすが、ヘエルから溢れ出てきた膨大な魔力によって弾かれる。
「負けたくない、負けたくない。何のために私は、私はっ! ここまで罪を重ねたと……」
『求めよ』
「おい、ヘエル待て!」
「負けたくない。負けたく、ない!」
『求めよ』
ヘエルから溢れ出てくる魔力が赤い色を帯びる。
間違いない、悪魔に主導権を乗っ取られかけている。
強大な波動が放たれ、俺は一気に弾き飛ばされる。
ホール全体が軋んでいる。ヘエルが張った結界がなければ既に崩壊していたかもしれない。
「……クソったれ」
ヘエルを中心に、魔力が渦巻く。
あまりの荒れ狂い方に、触れただけで腕に傷がついた。魔力の濃度も量も桁違いだ。
これが悪魔の力。本来の純粋なエネルギーとしての姿。
「おい、俺の声を聞け! ヘエル!」
「嫌だ、負けたくない! 終わりにしたくない!」
「ヘエル!」
叫んでみたが、俺の声はヘエルには届いていないようだ。
呆然自失状態だからこそ、ここまで悪魔の力が好き勝手に暴れているのか。制御が全くできていない状況だ。
このままだとまずい。
ヘエル自身も放っている魔力で傷ついている。
このままでは、遠くないうちに自爆して死ぬだろう。
「人が何のために苦労したと思ってやがる。馬鹿野郎が」
何とかしてこの魔力の乱流の中を突破し、ヘエルにテネブライを突き立てなければならない。
ハイレシスが打てるようになるまで回復を待つか? いいや、そんな悠長にしていたらヘエルの方が持たない。
ゆっくりと考えている時間はない。こうしているうちにも、ヘエルの肉体は次々傷がつき、魔力の圧でやがて壊れるだろう。
「全く、うちのお嬢様は随分と手を焼かせてくれる」
腹をくくれ。やるしかない。一発勝負、それもミスしたら共倒れだ。
だが、問題ない。俺は最強の男で、欲しい物は全て手に入れる。
俺がミスをする? あり得ない。後にも先にも、俺を振り回した奴は一人だけだ。
そしてそれは、運命なんかじゃない。
「全てを飲み込み塗りつぶせ――」
俺は構える。十分な魔力量ではない、不完全な形になるが、残りの魔力を全て引き出せばこの乱流の中で一筋の道を一瞬だけ作りだすことができるだろう。
もちろん、ヘエルまで届かせるには不十分だろう。あの乱流の中にいる時間を僅かに減らせるだけだ。
それでもかまわない。他の手段がないのだから。
覚悟は最初から決めてある。
「『ハイレシス』!」
テネブライから放たれる黒き竜巻が、悪魔が放つ赤き嵐と正面からぶつかり合う。
一瞬、本当に少しの空白地帯が嵐の中に亀裂として生まれる。
俺は即座に走り出し、その亀裂の中を突き進む。
亀裂はすぐに狭まり、乱流が俺の体を削るが無視をする。この程度で悲鳴を上げるような人間ではない。
ヘエルまでもう少しと言うところで、俺は完全に乱流の中に取り残される。
体がひねり上げられ、軋み、血しぶきを上げる。
ここまでくるとただの暴力にさらされているのと何ら変わりはない。災害の中に一人身を投じたのと同じだ。
その中で俺は、一人手を伸ばす。
「捕まえたぞ、ヘエル」
俺はヘエルの腕をつかんだ。
伸ばした腕が捻じられ骨が軋むが、気にしてやるものか。
「コルニクス……?」
ヘエルがその顔を上げる。この場であって、初めて俺の顔をまともに見たな、こいつ。
その顔には涙が溜まっている。血も混じっているのは、傷ついたところから血が跳ねたのだろう。
「大人しくしろ、今終わらせる」
「え……?」
俺はテネブライを振りかざし――ヘエルの胸へと差し込んだ。
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