第五十五話:示せ
「オペリオルは隙を見てぶちかませ! バルバは僕と一緒に肉薄するよ、疑似魔剣を使わせるな!」
「おうよ!」
フェレスのオーダーは早い。躊躇いなく、指示に従い全員が動き出す。
俺はすぐには対応しない。そんなことをしなくてもどうとでもなる実力差が俺たちの間にはある。
「……舐めているのか?」
思わず小声で呟き、舌打ちしてしまう。遅い、生温い。戦いを何もわかっていない。
この世界はターン制バトルじゃない、敵はこちらが動くまで待ってくれやしない。
論外、だ。
「渦よ逆巻け、『ウンブラ・ウェルテクス・レディーレ』」
俺の足元から闇が伸びる。飛び掛かってくるフェレスとバルバの足を掴み、弾き飛ばすように俺と反対方向へ吹き飛ばす。
なぜ敵が容易に接近を許してくれると思った? 距離の決定権は戦う前から奪い合うものだ。
「『ウンブラ・ウェントゥス』」
「全員、伏せろぉ!」
「『アペルトゥス』!」
イミティオの号令が一手間に合った。
離れていた奴は全員、吹き飛ばされたフェレスとバルバは受け身を取らず、あえて地面に倒れる事で伏せることを満たす。
そいつらの頭上を、俺が放った漆黒の斬撃が飛んでいく。
イミティオの指示が間に合ってなければ、そのまま真っ二つになっていただろうな。
「おま、お前おま、今のは殺す気でしたよね!?」
「……どうした。遊びのつもりだとでも思っていたか」
「なっ!?」
「別に、そんなことないさ。僕たちも、覚悟してきているんだ」
「愚か者どもめ」
「類は友を呼ぶって言葉があるくらいだからね、大概さ」
慌てふためくオペリオルに対し、フェレスは変わらず冷静だ。
「それに、らしくないじゃないか。随分追い詰められているね、コルニクス」
「……なんだと?」
「普段の君ならば、『受けて立つのが強者の務めだ』ぐらいは言って見せると思ったけどね、僕の期待外れだったかな?」
この期に及んで煽ってくる。フェレスの目的はなんだ?
俺の隙を作りだすことか?
なら、その隙を狙うのは――
「『アペルトゥス』っ!」
「イレ、お前が来るのはわかっていたさ」
いつの間にかに俺の背後に回っていたイレの攻撃を避け、イレが持っていた剣を上空へ蹴り飛ばす。
空中で剣を中心に魔力の爆発が起こる。
俺は掴むものがなくなって宙を彷徨っていたイレの腕を掴んで、思い切り振り回す。
目標はイミティオだ。あいつは気配を察知しづらい分、序盤に潰しておかないと何をするかわからん。
俺は振り回して勢いをつけたイレを、イミティオへ向けて思い切り投げつける。
反射が間に合わなかったイミティオは、イレをもろに胴体に受けて、一緒に吹き飛ばされた。
そのままの勢いで地面に倒れた。起き上がるのには時間がかかるだろうな。
イレにも投げ飛ばす直前に腹に膝うちを入れておいた。
「イレっ! イミティオっ!」
「まず二人」
「この、わからず屋ぁ!」
次はオペリオルか。
魔力の高まり具合は初めて出会った時を想起させるが、今度は制御技術が追いついている。
発動するな、上級魔法が。
「『ベルス・アクア・ランケア』ァァァァァっ!」
それは見上げるほど巨大な水の槍。純粋な物量であり、単純な奔流である。
氾濫する川の流れを一本に束ねて叩きつけるような攻撃を、俺は正面から受け止める覚悟を固める。
「染まれ、『ウンブラ・ウェントゥス』」
俺は左手に闇を纏わせる。そして、纏わせた手を水の槍へと向ける。
「『インテールフィーケレ・マギア』」
闇の魔力を膨張させ、正面から魔法を屈服させる。
俺の左手に触れた部分から、水がまるで最初から存在しなかったかのように魔力へ分解され、消滅していく。
ありったけの魔力を込めていたのか、水の槍が消えると同時に、その場にオペリオルが倒れた。三人目だ。
「捕まえたぜっ! いまだ、フェレス!」
俺が魔法の対応で動けないのをいいことに、いつの間にかに俺の背後までバルバが回り込んできていた。
俺を羽交い絞めにしてくる。こいつ、意外と筋力あるな、動きづらい。
「拘束して油断するな、捕まえ方が甘い」
俺はすぐさま拘束を外して、逆に左手一本で背負い投げてやる。
投げは相手の重量が重いほど与えるダメージも大きい。片腕で投げられるのは、ひとえに鍛錬と魔力を込めているおかげだな。
俺に切りかかってきていたフェレスは、自分の方向にバルバが叩きつけられようとしているのを見て、一度飛び下がった。
地面に叩きつけたバルバの側頭部を蹴とばし、気絶させる。
四人目。
「後はお前だけだ。何か言い残すことはあるか、フェレス」
瞬く間に一人になったフェレスに、俺は剣先を突き付ける。
思い上がりが過ぎたな。今のお前らが俺に敵うはずがないだろう。
「……まだ、まだ僕が立っているよ。勝ち誇るのには、早いんじゃないかな」
「ぬかせ」
俺は一瞬で間合いを詰めて、剣を振るう。フェレスは受けるのがやっとというところでかろうじて反応を返してくる。
数度の打ち合いを経て、俺は剣に気を取られて空いてしまっていたフェレスの腹に蹴りをぶち込む。
フェレスは前のめりになって、口から胃液を吐いた。
無様だな。
「もういい、眠れ」
俺は剣の柄で思い切りフェレスを叩きつける。
前のめりになっていたまま、フェレスは地面に倒れた。
五人目。
俺は改めて周囲を見回し、誰も立っていないことを確認する。
……気分が悪い。さっさと立ち去ろう。
俺は何も言わず、立ち去ろうと歩を進めた。
その時だ。
俺の足を、倒れ伏したままのフェレスが掴んできた。
「に、げるなよ……」
「勝負はついただろう。お前らの、負けだ。勝てるはずがないのはわかってただろ」
「まだ、まだだ。僕はまだ、戦える。げほっ、ごほぉっ」
フェレスは立ち上がろうとして何度も地面に倒れこむ。
簡単に立ち上がれるような潰し方はしていない。脳が揺れて、まともに動くことも難しいはずだ。
なぜだ。なぜ、こいつはこの期に及んで立ち上がろうとする?
「どうしてだ?」
口にしてしまっていた。勝てるはずもないのに、勝って何かを得られるわけでもないのに、なぜ立ち上がろうとする?
相手の方が強いから、いつか超えるための試金石にするためのものでもない。ここで意地を張っても何もならない。
なぜ、こいつは立ち上がろうとする?
「ははっ、そうか、わからないか」
「ああ、わからん。俺には、なぜお前がそこまでするのかわからない」
「見くびるなよっ! コルニクスっ!」
空間を叩きつけるような怒声をフェレスが放つ。
その勢いに、俺は思わず一歩だけ後ずさりしてしまう。
「なぜ、なぜ助けを求めないっ! 苦しんでいるのは、君だろうっ!」
「……何のことだ。何を言っている」
「僕たちが弱いからだろう。巻き込まない様に、突き放しているんだろうっ! 違うか、コルニクス! 答えて見せろっ!」
その迫力に、俺はフェレスから目を離すことができない。
なんだ、こいつは。何なんだ。
「最善を尽くせよ、コルニクス。僕たちを利用するのが最善の策だろう? わからない君じゃないはずだ。なのに、なぜ僕たちを遠ざけようとする、なぜ僕たちを使おうとしないっ!?」
「それは――」
「見くびるなよっ。僕たちは、覚悟してきてるんだ。君のおかげで、僕たちは繋がれた。僕たちは、君を中心にまとまってたんだ」
立ち上がれるはずがないのに、フェレスが徐々に立ち上がる。
その姿に力はなく、剣も手から零れ落ちた後だ。手はだらりと下に垂れ下げ、動かすのも大変だろう。もう一度叩いてやれば、簡単に気絶させられる。
なのに、なぜ俺はこいつに手を出せない?
「僕たちを頼れよ、コルニクス。薄情者。僕たちは、君に守られるだけの人間じゃない」
フェレスの腕が、俺の方に伸びてくる。
力ない腕だ。叩き落とせば、二度と上がってこないだろう。
なのに、俺は手を出せない。動けない。
「僕たちは、友達なんじゃないのか?」
俺の胸に、フェレスの拳が当てられた。
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