第五十二話:逃亡後のこと
俺は王都を抜け出し、一時的に別の町に身を潜めていた。
路地裏はある程度の町ならばどこにでもある。村単位だと厳しいがな。
ともあれ、こうなったら俺が取るべき行動は一つ。戦力強化だ。
意図せず一人の身になったことで、これまで行けなかった魔境に行くことができるようになった。
魔境には幾つか回収したい品があったから、それらを回収する。
その後、その後は……
「どうしたものかなぁ」
学園に戻るにしても、誤解を解くための何か証拠が必要となるだろう。
どうやってその証拠を見つけたものか。
手っ取り早いのは“あの方”を特定することなんだが、すぐできることならここまで苦労していない。
―—学園に戻らないという選択肢は、どうだ。
「いや、目覚めが悪いな」
流石にあいつらに情ぐらいは湧いている。今後原作の内容に巻き込まれるにしても、放置するのは忍びない。
もっとも、あいつらなら多少の事はあっても乗り越えられるか。
なら急ぐ必要性はないか。多分。
最悪、何かあればトートゥムが何とかするだろ。
ヘエルの守りは万全なはずだ。
つまり、悪魔の力は解放されない。
……何か、嫌な予感がするな。決定的な何かを見落としている気がする。
何を見落としているのか、さっぱりわからないのが気味が悪い。
こういう直感は大体当たる。最悪のケースは想定しておいた方がいいだろう。
最悪のケース、この場合はヘエルが“あの方”に連れ去られて悪魔の力が解放された場合か。
トートゥムも無敵ではないからな。無駄にはならないはずだ。
この場合、王都が魔境と変貌し、大騒ぎになる。
悪魔の力を何とかするためには、魔境と化した王都を攻略し、学園内にいる悪魔の力の持ち主をどうにかしなければならない。
戦力的には悪魔の力抜きにトートゥムを倒す程度の奴がいるのか。なら、こっちもやはり準備を整えてないと厳しいな。
「予定にはなかったが、魔境攻略と行くか」
疑似魔剣用のただの剣を一本。単純に切れ味が良い剣が一本は欲しい。
竜泉水も必要だ。俺一人で魔境攻略するとなると、必要となるのは持久力になる。
回復アイテムは圧縮できるだけ圧縮したい。急務だな。
方針が固まった。まずは竜泉水のための武器を取りに行く。その後、竜泉水を取って、王都に凱旋だ。
俺一人なら魔境だろうと何だろうとどうにでもなる。余裕な予定だな。
ふと、思った。俺は弱くなったんじゃないのか?
あいつらと関わって、あいつらを手助けして、俺は強くなったのか?
あいつらの事を考えると、行動がむしろ制限されて不自由に思える。俺一人の方が自由に動けて強いんじゃないのか?
最強の証明を行うにしても、わざわざ俺が育てる必要があるのか。
ある程度面倒をみたら、後は魔境に潜らせてで良かったんじゃないか。
こういう事を考え出すと、ヘエルの顔が脳裏をよぎる。
俺にとってあいつは何なんだ。雇い主、変な女。いくらでも言いようがある。
だが、いずれもしっくりは来ない。
これまでは守ってやろうと思っていたが、守るべきものがあって俺は弱くなっていたんじゃないか。
疑念が生まれた。これまでは冷静に考える時間がなかったから考えなかったこと。
「俺は今、弱いのか?」
こうして策謀にはまったのも、俺が弱かったからか?
いや、強くても策謀にははまっていたか。これは関係ないな。
俺は世界最強になる男だ。なら、弱くなっているかどうかは慎重に確かめなければならない。
間違いなく、俺にはためらいが生じていた。これは弱さか?
あいつらを守ってやらないというこの感情がもたらすものはなんだ。
あいつらを見捨てて俺は強くなれるのか。それは違う気がする。
なら、この不安感はなんだ。
……いや、難しく考えすぎているだけだな。
俺は別に弱くない。弱くなってなどいない。
何でこんなことを考えてしまっているんだ。不安感のせいだ。
昼間っから一人になるなんて久しぶりだからな。路地裏の時はいつも一人だったっていうのに。
こういう考えが浮かぶ時点で、心が弱くなっている証拠か。
「誰かを受け入れることがこんな影響を及ぼすとはな……」
迷うな。迷えば間違いを犯す。
先に進むしか道はない。路地裏の頃を思い出せ、俺は今一人なんだ。
研ぎ澄ませ、感覚を。生きるか死ぬかの瀬戸際で生きていた感覚を取り戻せ。
これから魔境に潜るという事は、迷いは死に直結する。
一旦あいつらの事は忘れろ。
事が終わった後に思い出せばいい。
吸って吐いた息を飲み込めば、俺はもう最強だ。
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