第五十話:策謀

 そんなことがあった日からまた数日。学園内で俺を見る視線が日に日に増していく感覚を覚えていたところに、フェレスから呼び出しが来た。

 ヘエルは用事があるとかで、席を外している。


 フェレスに連れられて、俺は人気のない練武場の外れまで連れてこられた。

 辺鄙な場所のため、滅多にここまでは人が来ない。


「何の用だ。こんな人気のないところまで連れ出して」

「コルニクス、ヘエルさんから何も聞いていないのかい?」

「何? 何のことだ」


 フェレスは俺が何も心当たりがないのを不思議がっている様子だ。

 ヘエルからは何も聞いてないぞ。

 心当たりがないわけじゃないが。


「最近なんか俺を見る視線が変なのが多いが、それに関係している話か?」

「ああ、やっぱりそうなんだね」

「やっぱりってなんだ。結構迷惑なんだ、心当たりがあるなら教えてくれ」


 フェレスは少しだけ戸惑ったように視線を彷徨わせてから、俺に向き直って口を開いた。


「実は、一連の路地裏関連の騒動に君が関わってるという噂が、今学園で広まってるんだ」

「は?」


 いきなりの事過ぎて、一瞬何を言われたのか把握しきれなかった。

 なんて言った? 俺が、俺がなんだって?


「……すまん、もう一度言ってくれ」

「君が、コルニクスと言う人物が、路地裏関係の事件に関わってるという噂が今学園中に広まっている」

「マジで言ってるのか?」


 こんな悪質な冗談を言う人物ではないと思うが、念のため確認をする。

 神妙な顔で、フェレスは頷いた。

 思わず舌打ちをした。


「そうなるのを避けるために、お前を連れて行ったはずだが」

「だね。僕からは弁明しているんだけれど、如何せん噂が広がる速度が速い。それと、君が路地裏に入っていたって目撃者が多いのも向かい風だ」

「路地裏に入っていったのは、クソ、事実だな。誰かが意図的に噂を広げてるってことだな?」


 フェレスはまたしても頷いて俺の言葉を肯定する。

 こうなると、ヘエルの仮説がほぼほぼ立証されたということになるのか。

 少なくとも、“あの方”は学園生徒に噂を流せる立ち位置にいる。


「逆に言えば、誰が噂を流しているのか特定できれば“あの方”に繋がるな」

「それはそうだけれど、そろそろ雰囲気が危なくなってきているんだ」

「何? どういうことだ?」


 明らかにフェレスは周囲の目を気にしている。

 もしかして、俺と話してるのを見られるのがまずかったりするのか?

 そういえば最近はオペリオルも静かだったな。何かあいつすら委縮するような空気になっているのか?


「君をつるし上げようとしている一派がいるって言えば、いいかな」

「なんだと?」


 俺を? 身の程知らずもいるもんだな、返り討ちにしてやる。


「君がこれまで何ともなかったのは、ヘエルさんが食い止めていたからさ」

「ヘエルが? そんな素振りは全くなかったが」

「そうなのかい? 僕はてっきり、そういう話をしている生徒のところに積極的に彼女が話に言ってたからそういうものだと」


 ヘエルが? つまりあいつ、知っていながら俺に黙ってたってわけか。

 これまたどういうつもりだ。


「それで、お前はどうするつもりだ?」

「僕は――」


 そこで、突如人の気配が近づいてきたので、俺たちは一旦藪に身を隠す。

 こんな端の方にまで何のようだ。やってきたのは一般生徒のようだが。


「ここら辺で見たという報告があったのですが……」

「いないな。どこに行ったんだ?」

「ヘエル様から離れているうちに、話をつけたかったんだが……」

「まだ近くにいるかもしれない、探せ!」


 何名かの生徒がやってきて、俺を探しているようだな。

 マジで何なんだ。後ヘエルを様付けで呼んでるのは何なんだ。


 生徒たちが立ち去ったのを確認して、俺たちは会話を再開する。


「今のが、話してたそれか」

「ああ。そうだね。君が思ってたよりも過激だろう?」

「そうだな」


 思えば、俺が手を出すのは今の俺の立場的に良くないか。

 ヘエルの従者扱いなのに、生徒に手を出すのは外聞が悪すぎる。

 “あの方”め、面倒な手を使ってきたな。俺に力で勝てないから、力で排除できない奴らを使うのか。


 この様子だと、俺がここにいるだけでそのうちヘエルにも迷惑がかかりそうだな。

 こいつらにも――

 そこまで思い至って、フェレスの方を見る。


「コルニクス?」


 俺に見られて、フェレスは少しだけ困惑している様子だ。


「フェレス、後は任せた。俺は一度、学園を出る」

「は? ちょ――コルニクス!?」


 フェレスが背後から呼び止める声が聞こえるが、俺は既に走りだしている。

 あいつじゃあ俺に追いつけない。


 噂の内容的に、この噂は俺を学園から排除するのが目的だろう。

 “あの方”の狙いが俺の排除だとするのなら、俺がここで消えなければ次に取る手はなんだ。

 俺が生徒たちに足止めされている間に、何かしらをするのが当然だろう。そして、ヘエル以外は“あの方”——路地裏の事件を引き起こしていた人物が学園生徒だと知らない。


 クソったれ。これだから面倒くさい。搦手を使ってくる奴は苦手だ。

 ここは一度引くしかない。引かなければ、巻き込むだけだ。


「——コルニクス?」

「——トートゥムか」


 ちょうど学園に到着したらしいトートゥムと、偶然出くわした。


「すまん、少しの間留守にする。俺がいない間、任せた」

「……また抱え込んでますね、君は。わかりました、何も聞いてませんからね。まだ、僕は」


 面倒事を押し付けた形になるが、これで少しは安心して外に出ることができる。

 俺がいなくてもトートゥムがいれば、少なくとも“あの方”はヘエルに手出しできないだろう。


 やってくれたな。待っていろ“あの方”。

 今回は勝ちを譲ってやるが、尻尾を出したことを後悔しろ。

 俺は必ず、やり返す主義だ。

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