第四十九話:準備完了

「それで、どこに行くっていうんだ」

「もう、せっかちは嫌われますよ。せっかくのデートなんですから楽しまないと」


 こいつ……俺を連れ出した口実を忘れたのか?

 囮捜査だからって言う理由だからついてきてやったんだからな。

 断じて俺は遊びたいというのに付き合ってやるために来たわけじゃない。


「まずは劇場に遊びに行きましょう!」

「おいこら」


 遊びって言ったぞ。隠す気なくなってきたなこいつ。

 劇場なんてあるのか。王都だから色々と娯楽も充実してるんだな。

 関心している場合じゃないか。


「劇場ってただ行って入れるようなものなのか」

「ふっふっふ。実はもう入場券は二人分用意してあるのです!」

「なんでだよ」


 計画的じゃねぇか。こいつ事前に仕込んでたな?

 俺が頑なに断ってたらどうする気だったんだ。


「……俺に感想を求められても困るぞ」

「大丈夫ですよ。さあ、行きましょう!」


 俺はヘエルに手を引かれるままについて行く。

 本当にこんな調子で“あの方”が尻尾を出してくれるのか?

 可能性がないわけじゃないから、付き合うしかないんだが。俺が一人でやっていても手詰まりなのは確かだしな。


 劇場は大きな建物で、通された大きな広間の奥に舞台が設置してある。

 やたらと暗いのは、光に照らされている舞台に視線を集中させるためだろうか。

 スリとか盗みとかがしやすそうな施設だな。


 俺たちは少しだけ豪華な席に座る。座る席とかは事前に決まっているらしい。


「もう少しで始まりますからね。少し待ちましょう」

「……そうか」


 言いたいことはあるが、ここはあえて飲み込んだ。

 やたらとヘエルがご機嫌なのもあるから、水を差すのもなという思いと、ひょっとしたら何か考えがあるのかもしれないという考えの元だ。


 因みに、何もなかった。劇の内容は陳腐な悲恋の物語。どこにでもあるような作り話。

 俺には何も響かなかった。


 劇が終わって、外に再び出る。人の波が激しく、分断されない様に俺はヘエルの手を取って安全なところまで先導する。


「……悲しい物語でしたね」

「そうか? よくある話だろう。願いなんて、成就しないのが普通だ」

「もう、風情がありませんよコルニクス。楽しくなかったですか?」

「見どころがなくはなかった。体捌きや重心の移動などはかなり訓練されていたな」

「もうっ!」


 人の波が途切れたところで、俺たちは談笑する。

 俺は劇の内容の良しあしなんてわからないから、劇団員の動きを褒めたんだが、ヘエルは気に食わなかったらしい。


 劇の内容は本当に良くあるような悲恋ものだった。結ばれるはずのない二人が愛し合って、引き裂かれて、片方の死で終わる。

 どこにでもあるような、ありふれた話だ。


 何を語れと言うのか。


「それで、次はどうするんだ。もうこうなったら諦めて付き合ってやる。好きにしろ」

「そうですか? なら次は――」


 予定はほぼ決まってるだろうに、一々こちらの顔色を窺ってくるのが少し鬱陶しく思えた。

 従うと言っただろうに。何をそこまで気にする必要があるというのか。


 その後、軽食だのなんだのを済ませて、町を散策している。

 

「楽しかったですね!」

「そうか? まあ、飯は美味かったな」

「まったくもうっ! そういうところですよ、コルニクス」


 今日のこいつはちょっと面倒くさいな。何かを俺にさせようとしてないか?

 俺に過度な期待をするな、路地裏の孤児だぞこちとら。


 ん? ヘエルが唐突に道で止まったと思ったら、何か路地の奥の方を見ているな。

 どうしたんだ?


「おい、急に立ち止まってどうした?」

「見てください、あれ」

「あん?」


 ヘエルが覗いていた路地をのぞき込むと、狭い道の途中に風呂敷を広げて物を売っている老人がいた。

 露天商にしては少し小汚い。ああいう店は、曰くつきが多い。


「行ってみましょう!」

「オイこら、待て」


 迂闊に踏み込もうとしたヘエルの腕を掴んで引き留める。

 こいつ、ひょっとして攫われたときもこうやって路地裏の方に歩いて行ったわけじゃないよな?


「なんですか?」

「『なんですか?』じゃない。ああいう店は大体曰く付きだ、関わらない方がいい」

「掘り出しものとかあるかもしれませんよ」

「真っ当な店で買え。金には困ってないだろお前は」


 不貞腐れて頬を膨らませても駄目だ。


「コルニクスが守ってくれるからいいでしょう? 安全に出歩ける今日ぐらいは、好きにさせてくださいよ」

「ぐっ。お前なぁ……」


 泣き落としは面倒くさい。既に周りの目が気になり始めているのに、泣かれたらどれだけ注目されるかわからん。

 ここはさっさと大人しく従って、怪しい動きを見つけてさっさと去るのがよさそうか。


「……わかったわかった。さっさと済ませるぞ」

「はい、ありがとうございます」

 

 調子のいいことだ。


 俺たちはこうして表の道を逸れて、脇道へと進んでいく。

 露天商の爺さんの前までくると、空気が絶妙によどんでいるのがわかる。

 路地裏特有のそれだ。人の行き来が少ないとこういう空気になる。


「はいよ。表のお嬢さんが欲しがるようなものはないと思うがね」

「そうでもないですよ」


 何が珍しいのか、ヘエルはじっくりと品ぞろえを見ている。

 俺も一緒になって眺める。ガラクタだらけに見える。俺の目から見ての安っぽいアクセサリーや、ぼろきれた外套などが並んでいる。


「これいいと思いません?」

「何がいいんだそんなボロの」


 ヘエルはぼろの外套を一つ取り上げると、被って俺に見せてきた。

 ぼろではあるが、フードを被れば最低限パッと見で誰だかわからなくなる程度の品だ。

 わざわざ買うかと言われると、いらないだろう。


「あっ、さっきの店にちょっと忘れ物しちゃってました! 取ってくるので、ちょっとここで待っててくださいね!」

「は? おい待てこら!」


 なんという事か、ヘエルはそのぼろの外套をまとったまま、表の道へとすぐに駆けて行ってしまった。

 今度は捕まえることもできず、すぐに人ごみに紛れて姿を見失う。


 これは俺が金払わないとかと悩んでいると、露天商の爺さんの方から声をかけてきた。


「“あの方”からの伝言だ。『準備は整った、待て』、とな」

「……何?」

「これ以上の事は知らねぇ。俺はただ、あんたに伝言を頼まれただけだ。金を積まれてな」


 それだけを言い捨てると、露天商の爺さんは荷物をまとめて路地裏の方へと歩み始めた。

 俺は一瞬引き留めるか迷ったが、露天商はその隙に姿をくらませてしまった。あまりの素早さに、少しの間呆然としてしまう。

 戻ってきたヘエルに何をやっているのかを声を掛けられて、ようやく我を取り戻した。

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