第四十五話:前世の告白
「前世の記憶、ですか?」
ヘエルの瞳が不思議そうに揺れる。
言ってから、信じられるかと自分で笑ってしまった。
「続けてください。どうか聞かせてください」
ヘエルは笑うことなく、膝を畳んで床に正座した。
俺は少しだけ躊躇って、何も言葉にできなかった。
俺が黙っている間もヘエルは黙ったまま正面から俺の顔を見るだけだ。
ヘエルは俺の言葉を待ってくれている。俺の言葉の続きを。
「……前世の俺、いや、本来の俺は、お前らの敵だった」
「はい」
「俺は悪魔の力を求めて、“あの方”みたいに騒ぎを起こしてたんだ」
「はい」
ヘエルは何を言うわけでもなく、ただ俺の言葉に相槌を打つだけだ。
俺は何から言葉にしたらいいのか迷いながら、一つ一つ言葉にしていく。
先の展開を知っていること、世界観を知っていること、人物を知っていること。 前世の記憶があること、前世の自分がどういう人生を辿ったのか、今世ではどういう風に生きようと思っていたのか、全て語った。
もうこれ以上俺の事を語ることはないというところまで語りつくした。
いつの間にかに窓の外はすっかり暗くなっている。学園に戻ってきたのが日が落ちきる前、空が赤くなり始める前だったから本当に結構な時間話していたのだろう。
一通り話し終えて俺がそれ以上何も語らないのを見ると、今度はヘエルが微笑み口を開いた。
「つまり、その、全部前世の記憶で知っていたからこそ、何ですね」
「ああ。俺がお前と出会ったのも、俺があいつらを鍛えているのも、結局はそこに行き着く」
前世の記憶がなければ、俺は今でも元気に路地裏の連中と遊んでいただろうな。原作通り、悪役になっていたかもしれない。
力が欲しいのは今も同じだ。だが、原作のように何も考えずに力を求める気は今はしない。
何のための力なのか、か。
「なら、私は感謝しないとですね。前世のコルニクスに」
「なんだと?」
「だって、そのおかげで私はコルニクスに出会えたんですから。私はずっと感謝してるんですよ、この出会いに」
ヘエルの微笑みが花開くような満面の笑みに変わる。
「コルニクスが知ってるって言うのなら、隠す必要もないですよね。私、ずっと自分に自信がなかったんです」
知っている。ヘエルのキャラクター設定ではそうなっていた。
「でも、二年前に私を助けてくれたコルニクスの姿を見て、私もそんな風に気高くありたいって思えたんです」
それは知らない。俺たちが出会ったあの日の事か。
あの薄汚い俺を見て、そんなことを思っていたのか、こいつは。
「コルニクス。貴方のおかげなんです。貴方がいてくれたからこそ、私は今自分の足で立つことができている」
「大げさだな。原作通りなら、お前はフェレスたちと出会い、自立できるようになってたさ」
「そうだったかもしれません。でも、そうならなかったかもしれません」
俺が、
そうだろうか。わからない。確かに細かい部分で差異はあったが、そこまで重要な部分が変わるのだろうか。わからない。現実は一つだけだ。
「少なくとも、私はこうやって感謝しています。だから、ね、ありがとうございます、話してくれて。私を信じてくれて」
そう言い、ヘエルは再び俺の手を握った。
そこまでしてもらって、ようやく胸の中にあった重りがどこか消えていくような感覚を覚える。
そうか、俺は誰にも話せないことを重く感じていたのかと気が付かされた。
相手はヘエルだが、秘密を共有できたことで肩の荷が下りた気分だ。
「……だから、今後は気を付けろ。俺が言いたいのは、そういうことだ」
「はい、わかりました。それで、悪魔の力はどこに封印されてるんですか?」
「詳しい部分は俺もよくわからんが、入学式をやった大ホールがあるだろう。あそこの地下だ」
「わかりました。では、その付近を調べてたり、私をそこに連れてこうとする人がいたら注意しますね」
そうしてくれ、と俺は答える。
知識を共有できたことで、今後気を付けるべきことがヘエルにも伝わったのが収穫だな。
これで“あの方”もヘエルに手出しはしづらくなるだろう。本人の意識はかなり左右されるからな。
「そういえば、どういう状況でヘエルは攫われたんだ」
「あー、それも話をしないとですよね」
曰く、町を歩いているところ、いきなり横から手が出てきてそのまま人気がない路地裏まで連れ込まれてしまったらしい。
思ったよりも力技だな。
「しかし、なんで“あの方”は学園生徒を攫いだしたんだろうな。悪魔の知識もないだろうに」
これが不思議なところだ。俺が悪魔の知識を手に入れたタイミングではあるが、“あの方”には何も関係しないはず。
冷静になって考えてみれば、偶然の一致と考えた方がいいだろう。
「……そうですね。きっと、攫うことに意味があったんじゃないですか?」
「なんだそりゃ」
身代金でも要求するってか? 俺の分析じゃ、“あの方”はそんなことするような人物だとは思えないんだけどな。
“あの方”は金なんかに頓着していない。何か別のものを求めているはずだ。
その何かは、俺にとっての力と同じぐらい重要なもののはずだ。
的外れな指摘を鼻で笑ってやると、ヘエルは少し照れくさそうに頬を掻いてみせた。
俺はそれを声を出して笑ってやった。
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