第四十四話:二者面談

 さて、何から話すべきか。

 ああ、ヘエルの部屋は意外と質素なものだった。余計なものがないというか、生活感がない。

 良くも悪くも、必要最低限って感じだ。女の子の部屋ってのはもうちょっときらびやかなイメージがあったんだけどな。

 買い物をしている様子もないな。本当に町に一人で何をしに行ってたんだろうかこいつ。


「私が先に聞いてもいいですか?」

「ああ、構わない」


 俺は床に座り込み、ヘエルは机の椅子を引き出して座った。

 俺はヘエルを見上げるようになり、自然と体が向かい合う。


「色々と聞きたいことはあるんですけれど、まずはどこに行ってたんですか?」

「当然の疑問だな。とある魔境に潜りに行ってた」

「なっ! 前にダメって言いましたよね私は!」

「まあ待て、必要なことだったんだ」


 俺の回答を聞き、激昂するヘエルを宥めて俺は理由を続ける。


「学園に路地裏のボス、“あの方”って呼ばれてるやつが干渉している」

「——それと、何の関係があるんですか」

「“あの方”がなんでそんなことをするのか、どこのどいつなのかを調べに行ってたんだ」


 僅かにヘエルが動揺した様に見えた。

 それもそうか。唐突な話だもんな。“あの方”だなんて通称も今初めて聞いただろうしな。


「……それで、わかったんですか。その、“あの方”がどなたなのか」

「いいや。だが、ある程度見つけ出すための目星は得た」


 少しだけヘエルが安心した様に息を吐いた。なんか緊張する要素あったか?

 まあいい、別に本筋には関わらない話だ。


「俺の予想が正しければ、“あの方”はヘエル。お前を狙ってくるはずだ」

「私を? どうしてですか?」

「“あの方”が求めているものが学園内にある、と俺は推察している。それを手に入れるのに、お前か俺の力が必要になるのさ」


 ヘエルはいまいちピンと来てない様子だ。

 それもそうか。わかるように説明するとなると、悪魔の話までしないといけないのが面倒だな。

 悪魔の力に関しては、出来れば伏せておきたい。どこで知ったのかという話をするのが大変だ。

 だが、知っておいた方がいいかもしれない。危機感を持たせるためには必要な情報だ。

 迷うなこれは。情報の取捨選択が大変だ。


「“あの方”が何を求めているとコルニクスは思ってるんですか?」

「……聞いても笑わないか?」

「笑いませんよ」


 言わなきゃいけない流れになってしまったな。しょうがない、言うか。


「昔、封印されたという悪魔の力だ。それが学園に眠っている」


 流石にこの情報にはヘエルも驚いたのか、目を丸くして驚いている。


「悪魔って、あの昔話に出てくる?」

「ああ、人の欲望を増幅させるあの悪魔だ」


 おとぎ話だったか、昔話だったか、語り継がれているものなんだな。


「それが学園内に?」

「そうだ。四属性の防壁で封印されている。封印を破るためには、光か闇の魔力が必要になる。俺かお前のどちらかの力が必要だってことだ」


 俺は俺だから問題ない。つまり、狙われるとしたらお前だとヘエルに告げる。

 ヘエルは信じられないものを聞いたような表情で、唇を震わせている。


「その情報を、コルニクスはどこで知ったんですか?」


 そうなるよな。当然の疑問だ。

 ……ダメだな。誤魔化す手段を考えたが、俺が考え着く程度の事すぐに否定されるだろう。

 俺でも矛盾がすぐに見つかるレベルの言い訳だ、ヘエルに通じるわけがない。


「コルニクス?」

「……ちょっと待て。少し考える」


 正直に話すか? 話したところで信じてくれるのか? こんな荒唐無稽な話を?

 でも、前世の話を抜きで説明することは不可能だ。その程度俺にだってわかる。


「コルニクス、なら、質問を変えますね」

「……なんだ」


 ヘエルから繰り出された言葉は、更に致命的なものだった。


「コルニクスはどうして、私たちを助けに来られたんですか?」

「どう、してだと? お前らが誘拐されたとわかった、だから路地裏関連だろうと目星をつけて助けに来た。何かおかしいか?」

「おかしいんです。おかしいんですよ。だって、私は聞いたんです。『まだ誘拐のことは明かすな』という言葉を彼らは話してたんです。わかるわけがないんですよ」


 学園側も誘拐だと掴んでいなかったのは、後で少し調べればわかるだろう。

 誘拐犯側も、誘拐だと話していなかった。なら俺はどこで知ったことにすればいい? 前日まで魔境に潜っていた人間が?

 フェレスと同様に誤魔化すか。話したくないと突き飛ばすか。その後はどうする、不信感を持たれれば俺の言葉に説得力がなくなるだけだ。


 ヘエルの視線は、迷うことなく俺へ真っすぐ向けられている。躊躇うことのない視線が俺に注がれている。

 その眼を見れば、俺が何を言うのかに注目しているのがわかる。


「——荒唐無稽な話になる。信じられるとは思えない」

「信じますよ」


 強い断言だった。俺が言い切るのとほぼ同時に放たれた言葉だった。

 顔を上げると、微笑みを浮かべたヘエルの顔がそこにはあった。


「コルニクスが何を言っても、どんなことを話しても、私は信じます。私の知ってるコルニクスは、からかったり冗談は言いますけれど、悪意のある嘘は言わない人ですから」


 ヘエルが椅子から降りてきて俺の手を取って手を重ねてくる。


「だから、安心して話してください」


 近い距離で目と目が合う。床に座っている俺の視線の高さに合わせるように、ヘエルも床に膝をついている。

 俺はなんて言葉をしようか迷い、逡巡し、結果として殆ど無意識で次の言葉を口にしていた。


「……俺は、俺には、前世の記憶がある。この世界の、あったかもしれない未来を知っている」

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