第三十五話:魔境実戦編
さて、魔境の情報をおさらいしておこう。
魔境というのは、魔物が湧き出てくるよくわからん地域の事だ。ここではよくわからんことがよく起こる。空間が捻じれて突然別の場所に飛ばされたりだな。その程度の事は余裕で起きる。
あいつらはどれだけの事態に対応できるのか、見ものだな。
俺はさっさと木に登り気配を消す。こういう森だと姿が隠しやすくて楽だ。
隊列はバルバを先頭に、フェレスが続いている。最後尾にイレ。真ん中にオペリオルとヘエルが挟まっている。イミティオの姿が見えないのは、さっそく周りの索敵に向かっているんだろう。
斥候役としては悪くない判断だ。入った直後の周囲を確認できてない状況は危険だ。不意打ちが一番やられてはいけないことだからな。
が、魔境ではその判断は間違いだ。
「悪い! さっそく引き連れてきちまった!」
イミティオの姿と共に、魔物が三体現れる。探しに行ってバレて魔物を連れてくる最悪のケースだ。減点だな。
いつどこに魔物が現れるのかがわからないのが魔境だ。なら、パーティから大きく離れるのはリスクが大きい。一定範囲内の状況を常に把握し続けるのが正しい魔境での斥候の仕事だ。
魔物は猿型の魔物が三匹。いずれもすばしっこく動き回っている。
「素早い魔物だ! オペリオルは魔力を温存。バルバは引き付けて、イレと僕で止めを刺す!」
フェレスの判断は非常に早かった。素早い相手に飛び道具は難しいと考え、身動きがしやすいフェレスとイレの二人の近接で近づいてきたところを切り伏せる選択を取った。
バルバは敵を引き受ける役割だな。
「このぐらいなら止まって見えます!」
猿も顔負けのすばしっこさで木々の間を飛び回り、イレが二体の魔物を切り裂いていく。
飛び込んできた一体はバルバが一旦攻撃を受け止め、横からフェレスが切り裂いた。
案の定、この程度の魔境なら楽勝そうだな。
フェレスたちは余裕をもって魔物を三匹倒し、魔石を三つ手に入れた。その調子だ。
「悪い、さっそくしくじっちまった」
「大丈夫。平原と違って森だと周囲がわかりづらいからね。不意打ちを受けないだけましだよ」
「そうですね。コルニクスが見てくれてるとは言え、格好悪いところは見せられませんから」
「……本当に見てんのかね。俺にはコルニクスの気配がさっぱりつかめないんだが」
ばっちり見てるから安心しろ。後追加で減点な。このままだとイミティオにくれてやった合格点は取り消すことになりそうだ。
「あいつが本気を出したら僕たちにわかるわけないじゃないですか」
「ですね! 多分イミティオさんの事『後で説教な』とか思ってそうです!」
オペリオルとイレはよくわかってるな。イミティオ、今更顔色を悪くしても遅いぞ。お前の減点はし終わった後だ。
気を取り直して、一行は進む。魔物を積極的に見つけては狩りつつ、行程は非常に順調だ。この調子なら余裕で二位に対して大差をつけられるだろう。
同時に、俺は焦燥感に駆られていた。何も起きないという事実に。
今回の魔境探査の方法は原作にない展開といえ、“あの方”が何かしてくるのではないかと考えていた。“あの方”が何もしてこないというのなら、何を目的としているのかさっぱりわからなくなる。
なぜ始まりの平原ではあんなに大規模なことを行ったのに、今回は何もしない?
ヘエルを狙うにしろ、学園生徒を狙うにしろ、できる事はあるはずだ。
まさか、オルトロスクラスの魔物の魔石を手に入れられる奴が、たかだか教師連中に恐れをなしたわけではないだろう。
わからない。“あの方”が何を考えているのか。不気味だ。
「追加で大型三体、行けるか!?」
「オペリオルを軸に火力で攻めよう! そろそろ帰りの準備も視野に入れておくこと!」
「「「はい!」」」
「おう!」
「ああ!」
フェレスの号令に、一斉に言葉が返っていく。
パーティとしての連携、個人の練度、どちらも確実に高まっている。この調子で育ってくれれば、本当に俺が原作の俺を超えた証明として役立ってくれることだろう。
俺は思わず口角が上がってしまっていたことに気が付いた。
……喜んでいる? 俺はあいつらの成長を喜んでいるのか?
確かに、手をかけて育てた連中だ。結果を出すのは当然とは言え、こうして現実になると実感が違う。
この喜びは何だろうか。俺が最強であることを証明する計画が順調に進んでいることへの喜びとは違う気がする。これは、もっと、熱がない。身を焼き切るような渇望がこの喜びにはない。
ふと、トートゥムが時々俺の事をこうやって笑いながら見ていたことを思い出した。
あいつもこんな気持ちだったのだろうか。だとしたら、笑いものだな。滑稽で仕方がない。
最強を目指す以上、避けては通れない道だとは思っていた。
「フェレス! そろそろオペリオルの体力がきつそうだ!」
「失礼ですね! まだ僕は歩けます!」
「少し休憩にしましょうか。聖域を展開して、安全地帯を作りますね」
「それは……ありがたいですけれど……っ」
——なるほど、これは癖になりそうだ。
俺は存外、追われる側も好きらしい。たどり着いてこい、この場所まで。俺の高みまで。
お前らなら、それができる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます