第三十話:守りたいから

 原作におけるイベントは魔境関連のものが多い。

 その中で路地裏関連、つまりは原作のコルニクス関連のイベントは意外とそこまでの数はない。

 魔境内の異常事態は、封じられてた悪魔の力自体が引き起こしているからだ。

 封印を解くために、悪魔自体が魔境へ影響を及ぼしている。その結果が魔境内に少し強い魔物が現れたり、魔物の異常発生が起こったりしている。前回のは強すぎるから人為的なのは確実だ。

 ではなぜ原作のコルニクスは魔境に現れていたのか? その答えは簡単、とある魔境の中に悪魔の力が封じられている場所と封印の解除方法が記された本が封じられているからだ。


 今俺は先んじてその本を抑えてしまうべきかどうかで悩んでいる。

 もし、俺以外に原作知識を手に入れた奴がいるならば、本とヘエルを抑えに来るはずだ。俺は最強なので返り討ちにするから問題ないものとする。


 ここで考えなければならないのは、“あの方”が原作知識を持っていない場合だ。

 その場合、何を考えているのかがさっぱりわからない。学園生徒を襲って何がしたいのか。路地裏の連中を使って何をしようとしているのか。

 聞いた話じゃ人を人と思わないろくでなしだ。何をしでかそうと不思議じゃない。

 この場合は、本を持ち出さず魔境に放置してた方が安心だ。

 この本の在り処も、とある魔境に残されているが、そこに人が入ったのを確認してからで問題ない。本の情報が隠されている魔境は沈黙の森程度の難度がある。一般人が入って、そう簡単に生きて帰ってこられる環境じゃない。


「今日のコルニクスはずっと難しい顔をしていますね。どうかしましたか?」

「いや、ちと考え事をな。ひょっとすると、しばらく休暇取って魔境に潜らないといけないかもしれなくてな……」


 やはり俺は考え事が顔に出るらしい。ヘエルがすぐに反応してきた。

 俺が離れるかもしれないというと、ヘエルは大げさに驚いて俺に縋りついてくる。


「駄目です、駄目! 許しませんよそんなの」

「なんだなんだ。別にちょっと魔境に潜る程度問題ないだろう」

「約束しましたからね! 命がかかるような危険なことはしないって」


 あー、そうなるのか。

 俺が一人で潜らないといけないような魔境というのは、要はヘエルたちを連れていくことが難しいぐらい難度の高い魔境だ。引率の先生ができるならいいんだが、庇ってる余裕がない魔境もある。

 沈黙の森クラスならいいんだがな。一つ欲しいもんがあるが、それはもっと難度が高くて俺の余裕がないからな……。ヘエルたちを連れて行くわけにはいかん。


「まだヘエルも本調子じゃないだろ? 俺の暇つぶしとして見逃してはくれないか?」

「それでも駄目です! というか、なんで魔境に潜るんですか? お金は十分渡してますよね?」

「それは、そうか」


 言われて気が付いた。確かに、何もないのに魔境に俺が潜るのは不自然だ。

 これが一般人ならワンチャン一獲千金狙いの魔石入手に命を懸けるで話が済むんだが、俺の場合はわざわざ命を懸ける必要がもうなくなってしまっている。

 俺は原作知識があるから焦っているだけで、フェレスも俺ほどの危機感は抱いていないだろう。

 今後同じようなことが二度三度あれば、本格的に動き出すかもしれないが。その時には既に手遅れなところまでイベントが進行してしまってる可能性がある。


「俺としては、腕試しとして魔境に潜りたいって感じもあるんだがなぁ」

「ならトートゥムを王都に呼び出したらいいですか。こちらでも稽古ができれば問題なくなりますよね」

「それは、そうか」


 うーむ。賢いぞこいつ。いつものちょっと阿呆なヘエルはどこに行ったんだ。


「とにかく、私から離れることは許可しません。コルニクスは私の従者としての自覚が足りないと思います」

「そんなもんかぁ」


 こうなると、やはりイベントを待つしかないか。

 原作通りフェレスたちを鍛えて、“あの方”についてもフェレスたちに対応させる方針で行くか。

 そうなると、またしばらくはあいつらのしごきで忙しくなるな。魔境探査授業がないから口実はないが、まああいつらなら誘えば乗ってくるだろう。


「……私と一緒にいるのはそんなにつまらないですか?」

「ん、急にどうした」

「コルニクスが考えてることぐらいわかりますよ。フェレスさんたちと遊ぶことを考えてましたね?」


 ……参ったな。ヘエルの目には俺がヘエルを鬱陶しく思ってるように見えてるらしい。別にそんなつもりはなかったが。


「それはそうだが、必要なことだからな」

「私にもわかりますよそのぐらいは。でも、コルニクスは最近私と一緒にいてくれる時間がかなり減ったと思うんです。私の都合で離れてる場合はありますけれど、一緒にいたいって言った時にも一緒にいてくれないじゃないですか」

「それは――」


 言葉にしようとして、咄嗟に辞めた。

 お前のことが心配だからだなんて、誰が言えるかこんなこっぱずかしい台詞。

 だから、不機嫌になったヘエルに叩かれるのは甘んじて受け入れることにした。

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