第二十七話:イレギュラー
原作のイベント程度であれば、あいつらならば問題なく処理できるはずだ。
つまり、原作のイベントを超えた何かが起きたと思って違いない。
俺は鳴り続けている鈴を片手に平原を疾走する。
走り続けていると、異様な気配を一つ察知する。この平原にあるはずのない濃い殺気。
場所の目星をつけると、俺はそちら目掛けて走り出す。
見えた。ヘエルの障壁が張られている。その周囲には数え切れないほど無数の魔物が群がっている。こんなに魔境に魔物が同時出現するなんて聞いたことがない。原作とも違う展開だ。
ヘエルの障壁はフェレスたちのパーティを守っているにしてはやたらと巨大だ。おそらく、他のパーティも一緒に巻き込んで守っている。
「邪魔だぁ!」
腰に下げていた剣を引き抜き、そこら辺に群がっていた雑魚魔物どもを蹴散らす。
障壁の元へ向かうと、必死に障壁を維持しているヘエルと、障壁の外で戦っているフェレスとバルバの姿が見えた。鈴を鳴らしていたのはオペリオルだ。
「フェレス!」
「コルニクス!」
フェレスとバルバが相対している魔物との間に挟まるように俺は立つ。
二つの頭を持つ犬っころ。こんな平和な平原に似つかわしくないでかい図体。こいつの名前を俺は知っている。
「オルトロスか」
こいつもベヘモト同様終盤の魔境にて登場するような魔物だ。断じてこんなところにいていい魔物じゃない。
この魔物の量といい、明らかに悪意を持って誰かが何かをしなければ起こりえない。
「フェレス。お前はオペリオルとイレを連れて周りの雑魚どもを倒せ。バルバはヘエルを守れ、とにかく障壁を維持させろ」
「コルニクス、君は」
「こいつを殺す」
俺はオルトロスから意識を外さず、ちらりとだけ背後の様子を確認する。
障壁の中には魔物にやられたであろう生徒たちの姿が多くみられ、必死になって魔物から身を守る障壁を維持しているヘエルの姿がある。
「——俺が来るまでよく持ちこたえた」
誰にも聞こえない程度に呟き、俺は正面を向きなおす。
「よう、よくもうちの連中を虐めてくれたな犬ころが」
俺の声に反応して、オルトロスの獰猛そうな牙が口から覗かせられる。涎も一緒に垂らして汚い奴だ。躾のなってない犬っころだな。
「歯向かうべきではないのが誰か、教えてやるよ。調子に乗るな駄犬風情が」
殺気をむき出しにしたことで、オルトロスが反応して爪をこちらへ振り下ろしてくる。
俺はそれを横に躱し、振り下ろされた足へ向けて剣を振りぬく。案の定、何も施してない剣では大したダメージは与えられない。厚い毛皮に弾かれるだけだ。
やはり、やるしかないか。
オペリオルとの一騎打ちで披露した、剣に魔力を纏わせる方法。それの更に奥、ベヘモトへの再戦へ向けて用意していた新技がある。
言うならば、疑似魔剣。剣自体が耐え切れず長時間持たないことと、剣を消耗品にするからあまり好きではないが、手段を選んでいる余裕もないだろう。
さっさと終わらせて、こいつらを連れて帰ってやらないとな。
「染まれ、『アウクトゥス』」
通常の剣を魔力で覆い、その中に無理やり魔力を流し込んでやる。魔力で作った入れ物の中に、これまた魔力の水を注ぎこんでやるイメージだ。
こうすることで疑似的に魔剣を再現することができる。もっとも、俺の魔力に刀身が持たないんだがな。魔剣は当然特別ということだ。
俺の魔力に耐え切れず悲鳴を上げている刃をオルトロスへ振り下ろす。今度はまるで紙を切り裂くように、容易くその肉を切り裂いた。
傷を負わされたことでオルトロスは飛びのくが、俺はすかざす距離を詰めてもう一撃をくらわす。時間がかかれば剣が持たない、必要なのは短期決戦だ。
オルトロスも学習し、俺を殺すしかないと決意したらしい。近距離戦でその牙で、その爪で、全力で俺を殺しに来る。右へ左へ、時には躱し時には剣でいなし、俺は無傷のままオルトロスの懐に潜り込んだ。
「終わりだ」
片方の頭を薙ぎ払いで切り落とし、もう片方の頭の喉元に剣先を突き付ける。
俺の剣もひびが入り、もう限界を迎えている。ならば役目を全うさせてやろう。
敵を殺す、その役目を。
「全てを飲み込み塗りつぶせ、『ハイレシス』」
剣を包み込んでいた魔力を開放し、決壊した洪水のごとき黒の奔流がオルトロスを飲み込んだ。テネブライの時とは比べ物にならないぐらい出力は低いが、それでも殺しきるのには十分だ。
「……やはり、そんな持たないな」
ハイレシスを放ったことで持っていた剣は粉々に砕け散ったが、オルトロスもその双頭をなくしてその場に倒れる。俺の勝ちだ。
周囲の様子を見ると、何とか立て直した一部の他パーティと連携し、雑魚魔物どももだいぶ掃討されている。遠くからは教師連中の影も見えている。到着の遅い連中だ。
「ヘエル! 無事か!」
「……よかった。来てくれたんですね、コルニクス」
どれだけ集中していたのか、俺が来ていたことにも気が付かなかったらしい。
俺の姿を見るとへらりと笑って、そのまま倒れてしまった。障壁が消えていくが、既に魔物は数少ない。大した問題はないだろう。
俺はすかさず駆け寄り、地面に頭が着かないように支えてやる。
「よくやった。と褒めてやるべきなんだろうな」
安心しきった顔で眠っているのを見ると、どんな声を掛けたらいいのかわからなくなる。
結局、けが人こそ多数だったものの、死者はなく最初の魔境探査の授業は終わりを迎えた。
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