第二十四話:“あの方”

「覚悟はいいか? 荒事になるぞ」

「話し合いの余地はないってことね。いっそ潔くていいね」

「言うじゃないか。そういうことだ、行くぞ」


 情報を元に、生徒が出入りしているらしい建物までやってきた。

 見た目おんぼろだが、路地裏の建物は大体こんなもんだ。見た目で判断させないための処世術ともいえる。


「おらぁ!」


 掛け声と共に、俺は建物の扉を思いっきり蹴り飛ばす。ぼろいそれは簡単に吹き飛んでくれる。

 中にはパッと見た限り入り口付近には三人。多分全体では十人以上はいるだろう。


「はっはぁ! お前ら全員這いつくばりな!」

「抵抗しないでもらえると助かるかな」


 俺の隣でフェレスが剣を抜く。俺はわざとフードを外して顔を見せる。

 爺から聞いた情報が正しければ、これだけで俺が誰なのかわかるはずだろう。


「コ、コルニクスだーっ!」

「全員出てこい! 追い返すぞ!」


 叫び声が建物を超えて路地裏に響き渡る。

 よっぽど俺の事が怖いらしい。楽しくなってきたな。


「だ、そうだ。やるぞ」

「そうだね。やろうか」


 俺は背後をフェレスに任せ、目の前にいる奴から叩きのめしていくことにした。

 連携なんて必要ない。こいつらなんぞ、個人の武力でどうとでもなる。




「……何人かは逃げられたかな」

「だろうな。まあ、木っ端にも聞けることはある」


 十人程度だと思ったら多分もうちょっと多くいやがった。

 出てくる奴を片端からなぎ倒して進んできたから、今建物のどこにいるのかもよくわからん。多分今三階か。


「人が来た方向に向かってたのは、そっちに守りたいものがあるからって認識でいいんだよね?」

「いや、とりあえずかかってきた奴を潰そうとしてただけだ。お前頭いいな」

「君ね……。いや、いいや。とりあえず彼らはしばらく動けないだろうから、建物の中を探そう。もしかしたら生徒がいるかもしれない」


 路地裏では書類なんて使われない。文字を読める奴の方が少ないからな。

 だから証拠を見つけたければ実物を捕まえるしかない。証人にしろ、物品にしろだ。

 残念ながら物品の方は見つからなかった。建物を探している最中に逃げ出されたかはわからないが、建物内に学園生徒の姿は見つからなかった。

 生徒の弱みとなりそうな物品も見つからなかったことから、弱みを握られてそうという線は薄くなったのが幸いか。

 次に当たるべきは証人だ。


「言えねぇ! 言ったら殺される!」

「今ここで俺に殺されるのとどっちがいい」


 そこらへんで転がってる雑魚どもから情報を手に入れるために尋問を始める。

 汚れ仕事なのでフェレスは基本的に見てるだけに止めさせた。


「まだお前の方がましだ! あのいかれた目を知らないからお前はそんなことが言えるんだ!」


 俺よりも恐ろしい奴だと? よほど恐れられているらしいな“あの方”とやらは。


「ごみを見るようなもんじゃねぇ! あの方は人を何とも思ってねぇんだ。あんな目他に見たことねぇよ、もうすぐ死ぬ死人だってあんな目しちゃいねぇ!」

「いるわけねぇだろそんないかれ野郎」

「とにかく言えねぇ。言わねぇぞ俺は。あの方に逆らうより怖いことなんてねぇ!」


 あの方とやらはよっぽど恐れられているらしい。

 こいつらを従わせている時点でかなりの影響力は持っていそうだ。

 一つ、思い当たる節がある。


「おい、あの方とやらは求めてるものがある。そうだな?」

「……い、言えねぇ」


 口にされなくても態度が雄弁に語ってくれている。

 あの方とやらは何かを求めている。そして、その求めているもののためにこいつらを利用している。

 つまりは――原作におけるコルニクスだ。


 考える。俺はここにいる。原作の俺のポジションに別の誰かが座った。なぜ?

 そいつは誰だ。どこのどいつだ。なぜ路地裏を使う? 路地裏の住人なのか?

 疑問は幾らでも出てくるが、ピンとくる回答は出てこない。


 最悪な回答は、俺以外に原作の知識を手に入れた奴がいて、封じられている悪魔の力を求めている場合だ。

 悪魔の力を手に入れるためには、光か闇の魔力が必要になる。

 闇は原作だと俺しかいない。光も――ヘエルだけだ。


「コルニクス? 大丈夫かい?」

「ん、ああ。悪い。考え事してた」

「俺は何も言わねぇ、俺は何も言わねぇ、俺は何も言わねぇ……」


 俺に胸倉をつかまれて震えている男を放り投げ、他の奴にも同じ質問をしてみる。

 他の連中も同じような反応で、“あの方”とやらと異様に怖がっていることだけがわかっただけだった。


 特に得るものがなかった帰り道、フェレスは俺に話しかけてくる。


「そんなに“あの方”とやらが気になるのかな」

「ああ。いや、顔に出てたか。悪い」

「別にいいよ。ただ、君がそこまで気にするなんて珍しいなって。普段なら、『誰だろうが俺よりかは弱い』ぐらいは言いそうなものなのに」

「それは……そうか」


 フェレスに指摘されるまで気づかなかったが、思ってた以上に余裕がなくなってたらしい。

 今後時間が進むにつれて、学園内で俺とヘエルが別行動する機会は増えるだろう。その際、守れる奴が必要になる。


「——フェレス、明日から修行の難度を上げるぞ」

「唐突だね!?」


 不思議なことに、この日を境に路地裏に生徒が出ているという噂はぱたりと途絶えた。

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