第二十三話:爺との符号

「コルニクス。今日の放課後の時間をくれないかな?」


 そう言ってやってきたのはフェレスだ。

 俺は視線で隣にいるヘエルに許可を求める。

 フェレスがやたらと真剣な表情をしていたからか、珍しく何も言うことなく許可された。


「私も本日の放課後は少し用事がありまして……。その間でしたら、コルニクスをお貸しできます」

「そうなんだ。じゃあ、ありがたく借りさせてもらうよ」

「その前に要件を言え。俺に何をさせるつもりだ」

「実はね――」


 フェレスから聞いた話はバカげた話だった。

 同時に、なぜわざわざ俺を選んだのかも理解が出来た。それは確かに適任というものだ。


「しかし、貴族様がわざわざ路地裏に何の用なんだろうな」


 俺たちは王都の路地裏を歩いている。一応変装の体として、全身を覆うローブを身にまとっている。路地裏では見た目ですぐによそ者かどうか判断される。そして、よそ者に厳しいのが路地裏だ。

 なんでも、数日前から一部の生徒が寮を抜け出して路地裏に関わっているという情報を得たらしい。その真偽を確かめるため、フェレスはわざわざ俺を連れて路地裏にやってきたってわけだ。

 教師連中のやるべきことじゃないかと思うが、独立性が云々で難しいらしい。難儀なことだ。

 だから原作でも揉め事の解決をフェレスたちがしていたんだろうか。


「それを調べたいから君を連れてきたんだ。頼むよ、慣れてるだろう」

「慣れてるどころか、懐かしいまであるな」


 爺さんに金を渡してから、もう二年か。あれっきり路地裏には立ち入らないようにしていたから、久しぶりの汚い空気だ。


「一応先に宣言しておくが、俺の名声は王都の路地裏にまで届いているらしいからな。もめごとになるのは見逃せ」

「いったい何をしてたのさ」

「路地裏流だな」


 詳しく話す必要もないことははぐらかしておく。大体の想像はつくだろう。


「路地裏で貴族様が欲しそうなものと言えば、まあ薬か」

「薬? 回復ポーションとかかい?」

「いや、非合法のドラッグだ。中毒性があり、気分を高揚させる効果がある」


 既に用件の目星はつけている。路地裏に関わって貴族に得になるようなことなんて数えるほどしかない。

 人か、物か。どちらも非合法の。

 学生が手を出す範疇なら物だろう。安易に快楽を得られる薬が第一候補になる。


「もしくは弱みでも路地裏の連中に握られたか」

「なんだって! もしそうなら――」

「でかい声を出すなアホ。動くのは情報を集めてから、だろう」


 叫んだあほの頭を一発ひっぱたいて、俺は目的の建物に足を踏み入れる。

 ここは酒場だ。情報は何より、人を隠すならもってこいの場所だ。

 俺は端の方に座っている酔っ払い男目指して歩いていく。


「うい~。なんだ坊主ども。ここは未成年が来るところじゃねぇぞ?」

「コルニクス、この人が何か――」

「『コインの裏が二回。表が出ないいかさまコイン』」


 俺が言い放った言葉に対し、酔っ払い男は少し周囲を気にしたように見回して、言葉を返してくる。


「『娑婆の値段は?』」

「『銅貨三枚』」


 符号を間違えず言えたらしい。酔っ払い男の雰囲気ががらりと変わる。

 その変わり方に、世間知らずのフェレスは驚いている様子だった。


「爺の知り合いか。何の用だ」

「情報が欲しい。魔法学園の生徒が路地裏に入り込んでいる噂が流れている」

「あいにく俺らの管轄じゃない。他は?」


 爺たちは関わってない。次の確認だ。


「最近薬を使っている奴らはどれだけいる?」

「うちの島じゃご法度だ。やるならあいつらだが……いや、待てよ」


「あいつらの情報になるが、あいつらの島でお前らみたいな恰好の奴が最近外からやってきたって話題になっていた」

「ビンゴだ。見た目は?」

「小柄な男か女子供ぐらいの身長って話だ。十分あり得る」


 そこまで一致してるなら確実だろう。これで調べる先は決まったな。

 出入りしている建物の情報を貰い、報酬をフェレスに支払わせて俺たちは酒場を出て行った。


「“あいつら”って?」


 目的地に向かう途中、フェレスが話しかけてくる。


「金次第で何でもやる連中だな。路地裏の不文律を平気で捻じ曲げるクソ野郎どもだ。金を持っている分、影響力もでかいのが性質悪い」


 路地裏では都市を超えたネットワークが存在している。

 これは生き抜くうえで結束することが必要だった連中が集まってできた社会だ。

 爺の情報屋もそうだし、クソ野郎どももそう。

 今回のはヘエルを誘拐しようとした一派と同じとみていいだろう。

 原作の俺は力を求めるあまり“あいつら”に加担していたが、こんなところで関わることになるとはな。


「場所の情報は手に入れた。後は乗り込んで確かめるだけだが――フェレス、お前はどうする?」

「もちろん、僕も行くよ。話を持ち掛けたのは僕なんだ、安全なところで結果待ちなんてできるもんか」

「よく言った。行くぞ」


 裏路地の更に奥、一般人が触れてはならない領域へ、俺たちは足を踏み込んだ。

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