第十六話:一騎打ち
俺たちは場所を暴れてもいい場所、練武場に移した。
ここならば魔法をぶちかましても大暴れしても大して周囲に影響が出ない。
生意気なガキをしばくのにはちょうどいい場所だ。
「怪我とかしませんよね? 大丈夫ですよね?」
「安心しろ、怪我はさせん」
「そっちではなくて――」
「俺の事なら心配するだけ無駄だ。トートゥムとあいつ、どっちのが強いと思う?」
以前死にかけたせいで心配性なヘエルを黙らせて木剣を握る。
「なんだその剣は、木剣じゃないですか。僕を馬鹿にしているのですか!」
「ん? ああ、まだハンデが欲しかったか?」
「違う、そんな玩具で僕の相手をするつもりかと聞いているんです!」
不服そうなオペリオルを嘲笑って、木刀を一振りしてみせる。
そのまま切先をオペリオルへ向ける。
「こんな玩具でもお前程度には十二分すぎるってことだ」
周囲の観衆が騒めいている。オペリオルが公然と宣言したせいで、見世物みたいになってしまった。まあ恥を掻くのはあいつだからどうでもいいか。
「それともやめとくか? 今ならごめんなさいで許してやるぞ?」
「それはこっちの台詞です! 貴族に逆らった罰を与えてやりますよ!」
心の狭い奴だ。フェレスとバルバは許してくれたぞ。
あの二人が異常なだけだってのは理解してるが。
「始まりは――ヘエル。お前が合図を出せ」
「えっ。私がですか?」
「他に適任もいないだろう」
フェレスやバルバにやらせるか? なんでわざわざあいつらを巻き込まないといけない。
「わかりましたけれど……、本当に怪我しないですよね?」
「くどい。いいからさっさと開始の合図を出せ」
俺とオペリオルの距離はおおよそ大股で十歩ほど。俺ならば一瞬で詰められるが、剣士と魔法使いならば魔法使いの方が有利な距離だ。
接敵距離ぐらいは任意に決めさせてやろう。こちらも試したいことを試させてもらうしな。
「それじゃあ……始め!」
「火よ満ちて敵を砕け、『フランマ・ウォラーレ』!」
始まりの合図と共にオペリオルが火球を放ってくる。
基礎の火魔法だ。火を生み出し、それを飛ばす。剣士相手ならば非実体の炎が有効だと考えたんだろう。
その考えは正しいが、俺に対しては間違いだ。
俺はその場に立ったまま、火球を待つ。
正面まで火球がたどり着いた瞬間、俺は木刀を振りぬき、火球を真っ二つに切り裂いた。
切り裂かれた火球は宙に揺れ動き霧散した。
「なっ!」
「何を驚いている。さっさと次を出せ」
「クソっ。地よ砕け敵を穿て、『フムス・ウォラーレ』」
次は地属性による物質攻撃か。シンプルに悪手だろうそれは。
飛んできた土くれを俺は再び切り伏せる。
「次はないのか」
続けざまに飛んできた水、風属性の基礎魔法も切り伏せてやる。
使えるのは基礎魔法だけか。まあ原作開始直後だしその程度のものか。
「魔法が切れるなんて聞いたことない! お前、何をしたんですか!」
「別に驚くこともないだろう。俺は最強になる男だぞ」
「回答になってませんよ!」
やかましい奴だな。
ネタ晴らしすると、木刀に魔力をまとわせているだけだ。
闇の魔力は吸収と放出が特徴だが、うまくやれば他人の魔力を散らしてやることもできる。魔法は魔力を形にしたものだ。簡単なものならば切り伏せたように見せることもできる。
ベヘモト相手に普通の剣では太刀打ちできなかったから考えた方法だ。これならば、通常の剣でも切れ味を増すことができる。つまり、次はテネブライなしでも俺が勝つ。
「何もしないならこっちから行くぞ?」
「待って! こうなったら――」
「は? おいお前——」
急速にオペリオルの魔力が膨れ上がった。
あいつ、使えもしない上級魔法を使おうとしてないか? 知識は持ってるかもしれないが、幾らなんでも無謀だろう。
使えもしない魔法を使うと魔力暴走を起こして自爆する。原作だと魔力不足による自傷ダメージ扱いで済まされていたが、様子を見る限りその程度で済まされるわけではなさそうだ。
「大馬鹿野郎が!」
俺はオペリオルの首元を掴み、爆発寸前の魔力を無理やり吸収する。
才能の固まりなだけはある。魔力量だけは膨大で、暴走範囲外まで魔力を散らすのに時間がかかってしまった。
安全を確認してから、俺は地面に向かってオペリオルを放り投げる。
「おま……え」
「使えもしない魔法を使おうとするな。死にたいなら一人で死ね」
魔力が枯渇した今、オペリオルは相当きつい状況だろう。
俺も興味本位で限界まで魔力を使ったことがあるからわかる。あの状況はあまり味わいたくない。馬車酔いを遥かに酷くしたような気分の悪さだ。
オペリオルは何か言いたげだが、上手く言葉にできないのか口をぱくつかせるだけだ。
「おい、もういいだろう。ヘエル!」
「は、はい。勝者、コルニクス!」
何が起きたのか理解できたものは騒然とし、何が起きたのかわからなかったものはひとまずの決着に沸いている。
俺は這いつくばっているオペリオルを見下ろし、何もできそうにないのを確認するとヘエルを連れて練武場を後にした。
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