第十四話:練武場にて

 暇だ。思った以上に暇だ。

 護衛としての役割が必要な仕事がある授業以外は特にやることがないため、大半が自由時間となっている。もちろん、ヘエルはなるべく近くにいるように俺に言い聞かせるが、知ったことじゃない。ただそこにいるだけなんて耐えられるか。


 仕方がないので、練武場を借りて一人で訓練をしている。

 木剣を振るだけでもわかることがある。自身の動きの無駄をそぎ落とし、次の動きにつなげるまでの隙を少なくする。

 ひとしきり準備運動として素振りを終えると、次は実践的な訓練に入る。

 目を閉じ、目の前に仮想敵を思い浮かべる。この場合はトートゥムだ。

 瞼の裏のトートゥムが剣を構える。合わせて俺も構える。

 僅かに剣の芯がずれたのを見て、俺は切りかかる。だがそれは誘いで、すかさず迎撃される。俺はそれを防ぎつつ走り抜け、トートゥムの背後を取る。

 トートゥムが振り返るまでに背中に向かって剣を振りぬこうとして――俺の喉元に先にトートゥムの剣が突きつけられている。


「くそ、また負けか」


 想像上のトートゥムにすら未だ勝てるイメージがわいていない。

 こんな調子ではいつになったらあいつを倒せるのか。

 一人で反省会をしていると、拍手が聞こえてきた。


「誰だ」

「凄いな。まるで人がそこにいるかのような動きだ」


 短い茶髪に、ガタイの良い体躯。こいつも見覚えがある気がするな、原作の登場人物か。


「俺も剣の修練に来たつもりだったが、いいものを見せてもらった」

「俺の剣は見世物ではないぞ」

「そういうな。お前はコルニクスだろう? 噂の従者君だ」

「噂? 何のことだ」


 こいつの事を思い出した。バルバだ。原作では前衛型の能力をしていて、戦士としての能力が高かった記憶がある。戦士らしい愚直な性格に、物怖じしない態度が一致している。


「みんな侯爵家のお嬢様にお熱ってことだ。そこで、彼女のお気に入りのお前が気に入らないって感じだな」

「なんだ、今更だな」

「驚かないんだな」

「路地裏のガキが貴族のお嬢様に拾われたんだ。これ以上何に驚けってんだ」


 原作の知識やら、初手原作と違うお嬢様やら、驚く要素には散々驚いた後だ。

 やっかみが増えた程度で何を驚く必要がある。ベヘモト登場の方がよほど脅威だ。


「やっかみも今更だからな。それで一度殺されかけた」

「ころ……っ! さらっと恐ろしいことをいうなお前」

「次は油断しない。必ず殺す」

「そういう問題なのか……?」


 こいつもこいつで真面目ちゃんだな。いう事をいちいち真に受けてどうする。

 しかし、フェレスとの相性はよさそうだな。二人とも仲良くなりそうな雰囲気はある。


「そうだ、お前さえよければ、打ち合いの相手になってくれないか」

「なんだって?」

「お前はかなり強いだろう。俺も腕に自信はあるんだ。どうだ、一戦」


 ふむ、一戦打ち合いか。

 ここらで原作メンバーの実力を見てみるのも悪くはないかもしれないな。予定はないが、もしかすると戦うかもしれない間柄だ。実力を知っておいて損はない。

 ヘエルは相手にならないってのはわかるんだがなぁ。フェレスはまあまあやりそうだ。目の前のこいつは……まあ悪くない程度か。今の俺の戦いになるとは思えない。


「負けて凹まないってんなら受けてやってもいいぞ」

「おう! 望むところだ!」


 意気揚々と構えるバルバ。その構えを見て実力を確信する。


「開始の合図はどうする」

「こいつでどうだ?」


 バルバが取り出したのは一枚のコイン。


「いいだろう」

「じゃあ、行くぜ」


 バルバがコインをはじき宙に飛ばす。

 回転しながら弧を描いてコインが飛び――地面に跳ねた瞬間に、俺の剣は既にバルバの喉元に届いていた。

 バルバは一瞬たりとも動けていない。何が起きたのかすらわからないだろう。


「理解できたか? これが今の実力差だ」

「……。も――」

「も?」

「もう一回、もう一回いいだろうか!」


 目を輝かせてバルバはもう一回と提案してくる。

 なんだこいつ。圧倒的な実力差は見せてやっただろうに、わからないほど愚かなのか?

 いや、違うな。こいつの目は死んでいない。純粋に強者に挑むのが楽しくて仕方がないのだろう。


「いいだろう。好きなだけかかってこい。好きなだけ転がしてやる」

「ああ、挑ませてもらう!」


 久しぶりの骨があるやつじゃないか。

 強者として胸を貸してやるのも強者の務めだ、望む通り存分に転がしてやった。

 もう立てないだろうというほど散々に負かした後、騒々しい叫び声で俺たちの打ち合いは中断された。


「あーっ! いました、こんなところにいました!」

「ん、ヘエルか。どうしたまた騒いで」

「待ってって、待っててって言いましたよね私! 探したんですよ!」


 あー、もうそんなに時間が経っていたのか。


「えと、そちらの方は?」

「あー、まあ、見所がある奴だ」

「そういえば名乗ってなかったな。バルバ・ぺルドだ。バルバでいい」


 寝転がった状態から上体だけを起こしてバルバが自己紹介をした。

 俺は名前を知ってたが、きちんとあってたな。ならまだ会っていない原作のメインメンバーは後二人か。原作の主要な仲間は六人いたはずだ。

 ふと、ヘエルが来たことで思い出したことがある。


「そういえばバルバ。お前、授業はどうしたんだ? 俺と違ってお前は生徒だろう?」

「…………」

「お前、抜け出したな?」


 ヘエルが授業中という事は、バルバも授業を受けてるはずだろう。クラスが違うとはいえどやってることは大差ないはずだ。

 俺は待っていなかったことで、バルバは授業から逃げ出したことで、お互いにヘエルに説教をもらう羽目になった。

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