第十三話:入学式
どうやら入学式には生徒一人につき、一人まで使用人を連れていけるらしい。ヘエルは問答無用で俺を指定したので、俺がついていくことになった。ちょっと校内を見て回りたかったんだけどな。
とはいっても、使用人はホールの端で待機するのが役割だ。
入学式の会場には長机が幾つも並べられていて、幾つかのグループごとに席に座ることになっていた。席順はおそらく家の格とかで決まっているんだろう。前の方の机にヘエルが座り、フェレスの奴は大分後ろの方にいた。
ヘエルが入場するころには大体の席が埋まっていたため、入学式自体はすぐに始まった。
「皆様、ご入学おめでとうございます。本学園の学園長である、アルウスです――」
学園長らしい爺さんの挨拶は退屈で、要は貴族らしく義務を学び気高くあれという内容の事を御大層に言い直してるだけだ。わざわざ多量の時間を使って言うべきことでもないだろうに。
退屈すぎてあくびをしていると、どこからか視線を感じたのですぐにやめた。
気配を探る。怪しい気配はない。原作でも入学式で何か起こるなんてことはなかったはずだ。
周囲の警戒をしていると、いつの間にかに学園長の挨拶は終わっており、入学生代表の挨拶が始まろうとしていた。
原作ではここで主人公の仲間になるオペリオルが挨拶していたんだよな。
傲慢なくせにやたらと頭のいいキャラで、魔法の適性が高いんだったか。一体どんな奴か――
「では、入学生代表としてヘエル・アストレア。壇上へ」
——は? なんでヘエルが?
ここが原作と違う展開になる理由がわからないんだが。一体何をどうしたらそうなる。
ヘエルは丁寧に礼をして、壇上に上がっていく。途中でこちらを見て一瞬だけいたずらな微笑みを浮かべていたのは、きっと俺が驚きで間抜け面を晒していたからだろう。
「入学生代表という名誉を賜りました、ヘエル・アストレアと申します」
話す内容は決まりきっていたのだろう。滔々と壇上で演説をする姿は大変様になっている。
そろそろ答弁も終わりかと思ったその時、ヘエルの視線が再び一瞬だけこちらに向いた。
「——私は、強くありたいと思っております」
周りの様子を見るに、この言葉は予定になかったはずの言葉なのだろう。
式場の一部の人間が動揺していた。
「貴族として、強くあるという事。その在り方を、あるべき姿を損ねないように、気高く、強くありましょう。私たちが掲げる理想に恥じぬよう」
演説が終わり、一礼をして壇上からヘエルが下りていく。
静まりきっていた場が、一泊の間をおいて拍手が広がっていく。
……なんだかよくわからないが、上手くいったのならいいか。
視線こそ向けてこなかったものの、しょっちゅう意識をこちらへ向けているのはどうかと思うが。気づかれてないなら問題ないか。
問題があるとすれば――
俺はちらりと気配がする方を見る。そこにはヘエルへ嫉妬の視線を見せる女が一人座っていた。あいつこそが原作で新入生代表になる予定だったオペリオルなんだろう。
あまりにも露骨すぎて俺の他にも見ている奴らがいる。フェレスも気が付いていそうだ。
さて、どう対処するべきか。
そんなことを考えていたら、入学式は無事終わり、その流れで歓迎パーティの開始となった。
席が壁側へと移動され、各テーブルに料理が運びこまれる。立食パーティ形式とやらだ。
各々が好きな相手と話をしようとしているなか、ヘエルは大人気だった。
代表に選ばれたこともあるのだろうが、とにかく人に囲まれている。というか人が多すぎて姿が見えない。あの一団だけ別の行事をしてると言われても信じられる。
「しょうがない、か」
あれだけ演説で啖呵を切ったんだ。身から出た錆ってことで諦めてもらおう。
それよりも、あの料理は使用人も食べていいのか? 終わった後残った分を貰えないだろうか。
「君のご主人様は随分と人気のようだね」
「フェレスか。いいのか、俺なんかと話に来て」
「いいんだよ。話したい人はいたんだけど、振られちゃってね」
「ははっ、俺は第二候補ってことか。光栄だな」
本来なら貴族であるフェレスは、使用人である俺に話しかけに来るなんてありえないはずだが……友達がいないのかもな。
「君が考えてることは何となくわかるよ。失礼なことを考えてるね」
「いや? 別に?」
「しらばっくれても……はぁ、いいや。それよりも、君のご主人様について聞きたいことがあるんだ」
ヘエルについて聞きたいこと? 何だろうか。
「僕は昔の彼女に会ったことがあったんだ。ちょっとした縁でね」
「そうなのか。そんな様子はなかったが」
「覚えてないのも無理はないよ。一方的に姿を拝見しただけだからね」
こいつら昔あってたことがあるのか。知らなかったぞそんな設定。
とことん役に立たない知識だな本当に。
「昔の彼女はどこか遠いところを見ているようで、危ない雰囲気があったんだ。けれど、今の彼女にはそれがない。君のおかげなのかな、と思ってね」
「俺に言われても知らん。俺に会った時にはあの調子だったからな」
「そうなんだ? なら、どこかで改善したんだね。良かった」
もしかして原作主人公が人とあまり関わろうとしないヘエルに構っていたのってそういう背景があったからなのか?
いや、こいつなら関わりがなくても孤立している奴がいたら助けに行きそうな気もするが。
「用事はそれだけか?」
「いや? 君はご主人様を助けに行かないのかなって」
「行く必要があるか?」
「助けは求めてるように見えるよ?」
絶え間ない人の波の隙間から見えるヘエルは、確かにこちらに視線を送っているようだった。
貴族としての強さを語ったのだから対応ぐらい頑張れと思ったが、やはりまだまだ弱い奴みたいだ。
「しょうがないな。連れてくるか」
「行ってらっしゃい。飲み物を取ってきて待ってるよ」
仕方なしに俺は人の群れをかき分けて疲労困憊の主人を拾いに行ったのだった。
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