第九話:路地裏との別れ
「はい、これお金です」
「はい、って渡されても困るんだが。唐突になんだ」
珍しくヘエルに部屋へ呼び出されたと思ったら、突然金を渡された。
しかも結構な金額が入ってそうな袋で渡された。どうしろってんだこれを。
「お給金です。正確には、魔物討伐に貢献したご褒美ってことになります」
「ああ、なるほどな」
理解は出来た。ようはベヘモトとかいう化け物を倒したからその分の報酬を貰えたってわけだ。もらえるもんは貰っておくか。
とはいっても、だ。
「俺には何に使えばいいんだかわからないんだがなぁ」
「基本的に自由時間にはずっと訓練してますよね、コルニクスは。外に遊びに行ったりしてもいいのですよ?」
「馬鹿言え、そんなことしたらトートゥムに勝てる日が遠のくだろうが。俺はさっさとあいつを倒してあの魔剣が欲しい」
俺の目的は最強になることだ。遊んでいる余裕なんてない。
無駄な時間を使うぐらいなら、一日でも早くあの優男の面を泣きっ面に変えてやりたい。
「……待てよ? この金はもう俺のものってことでいいんだよな?」
「ええ、はい。そうですけれど」
「なら俺の好きに使っても構わないんだな?」
「えと、法に触れない範囲でなら……大丈夫だと思います」
使わないのも勿体ない。なら、使った方がいいのは事実だ。
貯めるか? 貯めて何になる。武器ならテネブライ以外は誤差だ。テネブライを手に入れるまでの繋ぎは別に他の方法でどうとでもなる。
残された選択肢は一つだ。
「よし、外に出てくる」
「えっ。どこに行くんですか?」
「路地裏だ」
まさかヘエルが付いてくるとは思わなかった。
「お金の使い道で路地裏とは、怪しいことはしませんよね?」
おまけにヘエルが付いてくるための護衛としてトートゥムまでついてきやがった。なんで古巣に戻るだけでこんなに引き連れていかなければならない。おかしいだろう。
「誰がするか。俺が必要ないから必要なやつにくれてやつだけだ」
「必要な人、ですか?」
「ああ、俺がいなくなったことで路地裏の勢力図も変わっただろうからな。ちょっとばかし調整してやろうってわけだ」
別に善意でやってるわけではない。大体は打算だ。
「ほら、ついたぞ、ここだ」
たどり着いたのは一見するとただのぼろい家。実際は路地裏の一派閥の拠点となっている。
俺も前は時々邪魔していた、顔見知りの連中の拠点だ。
「言っておくが、お前らは中で目立つようなことはするなよ。お前を攫ったやつらとは違うとは言えど、同じ路地裏の人間だ、何されても俺は文句を言わないからな」
念押しをしてから、俺は建物の扉をあけ放つ。
中には昼間から酒を飲んでいるおやじどもと、それに混ざって騒いでるガキどもがいる。酒場の喧騒が入り口まで瞬く間に届く。
その中心人物である酒場の主人の爺さんはカウンターの奥で黙ってグラスを拭いていた。
「おい、飲んだくれども。俺が来たぞ」
一斉に周りの注目が俺に向かう。
一瞬の間の沈黙が場を支配した後、馬鹿みたいな笑い声と共に一斉に俺に向かって中の連中が群がってきた。
「コルニクスの坊主じゃねぇか! 最近見ないからついに死んだと思ってたぜ!」
「兄ちゃん殺されたんじゃなかったの!」
「おい、やめろ。頭を撫でまわすな。酒臭い、寄るな! たかるな! 散れ!」
瞬く間に迫ってきた連中を腕を振り回し追い払う。
「随分立派な様子じゃないか、坊主。それで、連れの連中はなんだ」
「俺の今の――まあ、雇い主だ」
俺の紹介に、一転再び酒場は静まり返る。
「馬鹿のくせに風邪でも引いたか坊主」
「ついに頭がおかしくなったんだな、可愛そうに」
「俺はお前らの頭を潰しておかしくしてやってもいいんだが?」
喧嘩なら買うぞ。散々わからせてきてやったくせにまだ理解が足りていないようだな。
「失礼、少々よろしいでしょうか」
やいのやいのやっていると、俺の後ろからトートゥムが出てきて一礼した。
「我々は――」
「ああ、いい。その先はいうな」
自己紹介しようとしたトートゥムを遮ったのは爺さんだ。
「表の人間が路地裏に来た理由は詮索しない。だが、それ以上言うなら面倒事になる。面倒事を持ち込むってんなら、俺たちも対応しなきゃいけない。わかるか?」
「そういう事だ、お前らは黙ってろ」
俺が再びトートゥムを下がらせると、爺さんと目を合わせる。
俺はこの目が嫌いだった。試されているみたいでな。
「それで、坊主。何の用でここに来た」
「ちょっとした小金を手に入れてな。世話になった礼だ、くれてやりに来た」
俺は酒場の奥まで歩き、カウンターに受け取っていた金が入った袋を置いた。
その額に酒場の主人である爺さんは目を見開く。
「——本音は」
「クソ野郎どもが幅を利かせてるのが気に食わねぇ。お前らがでかくなればその分対抗できるだろ」
「あいつらへの牽制目的ってことか」
「ああ。路地裏はクソのたまり場だが、お前らの方がましなクソだ」
目と目を合わせる。これ以上言葉は必要ない。
必要なのは信用だけだ。その点、俺らは付き合いが長い。
「礼ついでに一つだけ伝えておこう。王都に行く予定があるんだろ? 王都にもお前——コルニクスの悪名は広まってる。路地裏に関わるなら注意しな」
「わかったよ、じじい。釣り銭はいるか?」
「いるかよ馬鹿野郎。元気でやりな」
俺はトートゥムに目くばせをして、酒場を後にする。
後ろからついてきている二人はどこか不思議そうな表情をしていたのが、やたらと面白かった。
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