第八話:約束
トートゥムの怪我の処置をして、無事にアストレア家まで帰還した俺たち。
トートゥムは怪我をそのままにして、今回あったことを当主に報告しなければならないらしい。難儀なやつだ、路地裏でもないのにまともな休息も取れないとは。
回復ポーションとか、原作ならあった気がするからそれ使えばいいだろう。俺の傷はテネブライで治ったから問題ない。
別れる前に、俺はトートゥムへ魔剣テネブライを差し出す。
「ほれ、剣を返すぞ」
「……いいのかい? 君は散々その剣を欲しがっていたんだろう?」
「勘違いをするな。これは俺がお前に勝った時に受け取るものだ。断じて盗んではい俺のものだと言い切れるものか」
そう、これはいわば俺の最強の証明なのだ。俺がトートゥムを超え、真に最強になったことを証明する証。
確かに、テネブライを持てば今の俺でもトートゥムを倒せるだろう。だが、それだけだ。原作の俺はテネブライをなしにトートゥムを倒した。つまり、今の俺は原作の愚かな俺に負けているということだ。
それは許容できない。俺は俺自身すら超える必要がある。原作の禁じられた悪魔の力に手を出した俺よりも強くならねば最強とは呼べない。
「君の剣はどうするんだい?」
「剣など消耗品だ。予備ぐらいあるだろう? 元々支給された品だったしな」
俺の剣が折れたことについては特に気にしていない。その程度のことだったという事だ。
それよりも、なぜベヘモトが出てきたのか。あいつが出てくるイベントは原作ではメインストーリーが始まってから、しかも原因は俺が関係していたはずだが――
「コルニクス! トートゥム!」
考え事をしていると、屋敷の方からヘエルがこちらへ走ってくるのが見えた。
「ヘエルお嬢様、お見苦しいところをお見せいたします」
「トートゥム、怪我は大丈夫なのですか。あなたがそんな怪我を負うなんて……」
「大丈夫ですよ。想定外の魔物こそ出ましたが、コルニクス君が倒してくれましたので」
ヘエルが俺の方を見る。その眼には涙がたまっていた。
「もう! 心配したんですよ!」
「するだけ無駄だ。俺は最強になる男だからな」
「おっと、私が助けなければ死にかけてた人が良く言いますね」
「おい、余計なことを――」
トートゥムが余計なことを言ったせいで、ヘエルの目から涙がこぼれ出し始めた。
加えて、俺の事を叩いてくる。痛くもかゆくもないが。
「コルニクスのお馬鹿! お馬鹿お馬鹿お馬鹿!」
「ええい、叩くな鬱陶しい。生きているんだからそれでいいだろう」
「わからずや!」
言いたい放題されているが、流石にこの場でどうこうすることはできない。
泣くのは卑怯だろう。俺だって死にかけたくて死にかけたわけでもないのに。
「ぐすん。それで、そちらのお二人はどうして拘束されているのですか?」
俺を殺そうとした二人は、帰り道の途中で逃亡を図ったので捕まえて拘束した。
罪にはきちんと罰を与えなければならないとトートゥムは言っていた。俺としては逃げたのならば殺す口実を得られたと思ったんだけどな。
「この二名は騎士としてあるまじき行為を行いました。状況を旦那様に報告し、沙汰を下して頂く予定です」
「まあ、そうでしたの。お父様でしたら、この時間は書斎にいらっしゃると思います」
「ありがとうございますお嬢様。コルニクス君、私は旦那様に報告へ向かうから、お嬢様の事を頼んだよ」
「おい、待て、逃げるな」
俺の静止も聞かないで、トートゥムと騎士連中は行ってしまった。
残されたのは俺とヘエルの二人だけ。気まずい空気が流れる。
「……そんな危険な目に遭うのなら、最初から行かせなければよかった」
「それは違うだろう」
ヘエルの言葉を即座に否定する。
俺は観賞用の動物ではない。最強になるべき男だ。
「運が悪かったのは事実だ。あんなのがいるとは誰も思っていなかった」
ベヘモトは本来魔境の中での非常に危険度が高い場所に出現する魔物だ。あんな中盤の魔境にいていい魔物ではない。
イベントが発生したと考えていいが、俺は何もした覚えがないので原因は一切不明だ。
「だが、俺は打ち勝った。俺は更に強くなった」
ベヘモトは強敵だった。テネブライがなければ有効打もなく負けていただろう。
だが、避けるための動き、気配の読みは問題なく通じた。俺の実力は間違いなくベヘモトと相対するのに十分だったということだ。
「最強になるということはそういう事だ。俺は全てに勝たなければならない」
何が来ようとも、言い訳せずに打ちのめす。最強とはそういうものだ。最強はいかなる困難も打ち砕く存在でなければならない。
そう言い切ると、ヘエルが柄でもなく頬を膨らませて不満を表していた。
「コルニクスのお馬鹿! わからずや!」
「なんでそうなる!」
「それがわからないからお馬鹿なんです!」
理不尽だ、理不尽の権化だ。
わからせたいなら言葉にすればいいのに、こいつはなぜかそれをしない。
聞いても答えてくれさえしないだろう。
「約束してください。今後死にかけるような危ないことはしないって」
「なぜ俺がそんなことをしなければならない」
「私が主人だからです! わかったら約束!」
あまりの迫力に思わず俺は気おされてしまう。
「わかったよ。今後は気を付ける」
俺がそういうと、途端にヘエルの表情が花開くように笑顔になる。
「——必要な時以外はな」
今度は一転、またふくれっ面に戻った。
忙しい奴だ。
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