第七話:最強の魔剣

「……トートゥム?」


 俺の身代わりとなってその場に倒れるトートゥム。


「おい、何をしている。なんでお前がここにいる」

「——君が残っていると聞いてね。助けに来たつもりが、ははっ、不甲斐ないね」


 立ち上がりトートゥムの様子を見る。ぎりぎりで剣を使って逸らしたおかげかすぐ死に至るほどの怪我ではない。だが、今すぐ戦うことはできないだろう。


「バカ野郎。お前なら俺を見捨てればどうとでも出来ただろう」

「それはできないさ。でも君が無事でよかった」


 魔物の数も増えてきた。

 ベヘモトが暴れて木をなぎ倒してくれたおかげで、広場に大集合といった様子になってしまっている。

 この場を乗り切る手段は一つだけある。業腹だが、極めて業腹だが手段が向こうからやってきてくれた。


「……剣を借りるぞ、トートゥム」

「戦う気かい? 無理だ、君だけでも逃げた方がいい」

「ふざけるな! 俺はまだお前に勝っていない!」


 こうなったのは俺のせいだ。俺が弱いせいだ。許せてたまるものか!

 まだお前に死なれては困るんだ。まだ、俺はお前を超えていない! 俺こそが最強なのだという証明をしていない!


 俺は地面に転がっているトートゥムが持っていた魔剣を拾い上げ、魔物どもに向き合う。

 覚悟を決めろ。この剣の真価をここで見せたくなどなかったが、ここで死ぬ方が馬鹿らしい。


「なぜ最強であるお前が、使えもしない魔剣を持たされているのか。その理由を見せてやろう」

「それは、どういう――」

「起きろ“テネブライ”。食事の時間だ」


 対応する属性を浴びて魔剣が本来の姿を現す。

 刀身が漆黒に染まり、邪悪なオーラが渦巻く。周囲の木々が恐れをなしたかのように騒めき、魔物どもが委縮したように一歩後ずさった。

 魔剣テネブライ。対応する属性は闇。その特性は――絶対的な防御不可、およびテネブライで与えた傷の分だけ持ち主の傷を回復させる。


「どんなに硬かろうが、関係ないんだよ!」


 俺の剣を砕いた強靭な爪でさえ、テネブライは容易に切りさく。

 これが“ナートゥーラ”においてコルニクスが最強のラスボス足りえた理由。

 テネブライを手に入れた俺は最強の矛だ。何人たりとも俺の攻撃を防ぐことは叶わない。

 俺を倒すならば、純粋に俺を越えなければならない。俺よりも弱い相手に俺は負けない。

 最強が管理する理由はそういうことだ。こいつが最強の武器で、適応者の手に渡れば誰の手に負えなくなるからだ。

 まあ、原作の俺はこいつを持ちながら負けたんだがな。不甲斐ない奴だ。


 反転攻勢、俺は魔物どもに突撃し、片端から切り刻んでいく。切れば切るほどに頭が冴えわたっていく。朦朧とした意識が回復していく。

 ベヘモトもこうなった俺を捕らえることはできない。

 圧倒的な万能感に身を任せ、戦いに体を躍らせる。切り裂き殺し、貫き殺す。血しぶきが舞う中で俺は笑い、目の前の戦いに心が躍動する。

 これこそが強者! これこそが強いということだと今、俺は世界に証明している!


 魔物の数も減り、ベヘモトも傷だらけになったところで俺は宣言する。


「そろそろ終わりにするか。覚悟はいいか、ベヘモト」


 使い方は理解できている。後は実践するだけだ。

 テネブライに魔力を存分に吸わせてやる。闇の魔力の特徴は吸収と放出、吸えば吸うだけ出力は高くなる。剣に渦巻く黒色の魔力がどんどん膨れ上がっていく。荒れ狂う濁流の如く激しさを増す。

 腹いっぱいまで食わせてやった魔力を、全力で解放する。


「全てを飲み込み塗りつぶせ、『ハイレシス』!」


 テネブライから放たれた黒い奔流が魔物どもを薙ぎ払う。轟音が鳴り響く。

 黒い奔流はもはや吹きすさぶ嵐そのものだ。薙ぎ払われたものどもが形も残らず消えていく。

 更地となった戦場を見て、俺は一息ついた。

 よく見ると、ひと際大きな魔石が一つ落ちている。ベヘモトのものだろう。俺はそれを拾ってからトートゥムの様子を見ると、驚愕を隠せない様子だった。


「……終わったぞ。トートゥム、立てるか」

「ははっ、はっ。君がその剣を欲しがってた理由がよくわかったよ」

「無駄口を叩くだけの余裕があるならまだ大丈夫そうだな、さっさと森から出るぞ」


 俺はトートゥムに肩を貸すようにして立ち上がらせ、二人で沈黙の森を後にする。




「トートゥム様! よくご無事で!」


 沈黙の森の外には四人の騎士が待っていた。俺を後ろから突き刺してくれた二人組は顔を蒼白に染め上げている。


「ああ、コルニクス君のおかげで、何とかね。しかし、ベヘモトまで出てたなんて、危ないところだった」

「まさか……討伐されたのですか! 本来であれば救援を呼ぶべき相手ですよ」


 俺とトートゥムは顔を見合わせると、お互いに苦笑する。

 本当に馬鹿げた話なのだ、これは。


 俺はトートゥムをトートゥム側の騎士の一人に任せ、俺を後ろから突き刺した騎士二人に向かう。


「よう、また会ったなお前ら」


 騎士二人は苦虫をかみつぶしたような表情をしてこちらを睨みつけてくる。おお、怖い怖い。

 それで殺されかけたのだから、堪った話ではないが。


「二人とも、コルニクス君から話は聞いたよ。君たちがしたことは騎士道に反する。この場で処分を下すことはできないが……最低でも騎士籍からの除名は覚悟しておくんだね」


 トートゥムも俺の援護をしてくれる。

 それはそうだ。今回俺は何も悪いことをしていない。


「だ、そうだ。俺としてはこの場で殺してやってもいいが――」

「それは駄目だ。彼らはきちんとした方法で裁かれなければならない」

「トートゥムがこう言っているからこの場では殺さないでおいてやる。良かったな。路地裏だったらお前らは既に死んでたぞ」


 表で生きている以上、表のルールに従うってのは散々ヘエルに教え込まれたことだ。

 ふと、今回の話をヘエルが聞いたらどんな表情をするのだろうかと思った。

 怒るのか、笑うのか、悲しむのか。そこまで考えて、どうして俺があいつを気にしてやらないといけないんだと想像するのをやめた。

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