第六話:沈黙の森
トートゥムの言っていた意味がわからないまま、俺は魔物征伐に参加することとなった。
この世界において魔物は魔境と呼ばれる土地から生まれ、人里まで下りてきては被害をもたらす存在らしい。“ナートゥーラ”においては学園の課題で時折魔境に赴き、課題を実行するという形で相対することになる。
魔物を定期的に討伐し、魔法による結界を維持することで魔物の被害を抑えられる、という事らしい。
魔法の扱いをまともに学べるのは貴族か一部の天才だけだ。だからこそ、魔物の討伐は貴族の役割とも言われている。因みに俺は一部の天才だった。使って見せたことはないが
「おい、トートゥム。魔物は見つけ次第殺していいんだな?」
「うん、狩りすぎの心配はしなくてもいいよ。彼らは獣とは違うからね、生態系を考える必要がない」
メンバーは俺とトートゥム、後はいても変わらないような騎士が四人の合計六人。実質二人だけだけどな。
トートゥムがいるから少人数だろうと問題ないという判断なのだろう。正直下手な人数は足手まといになりかねん。
今回は実践ということで真剣を帯剣している。腰に重みがあるのが少し気分がいい。
因みに、ヘエルは今回お留守番だ。学園に通えばやると言っても、学園に通う前から魔物の討伐に関わらせる気はないらしい。
直前まで納得せずについて来たがったのが本当に恐れしらずというか、なんというか……
「ついたよ。ここから先が魔境だ」
たどり着いた場所は森だった。森を囲うように縄が張り巡らされており、縄を固定する杭には結晶が埋め込まれている。この結晶に魔力を注入することで、魔物が結界の外に出られないようになっている。
この魔境の記憶はあった。確か原作では“沈黙の森”と呼ばれていた魔境だ。主に虫と獣の魔物が出現している。あとは、イベント限定であるが難易度不相応の危険な魔物も出る魔境。原作では中盤以降に行けるようになり、その凶悪なイベントが発生して魔物と対峙させられるんだったかな。
まあ、そのイベントは
「みんな、ここから先は注意して。魔物はどこから現れるかわからない。先ほど通った道に唐突に現れている可能性もある」
「つまり、見つけ次第皆殺しにしろってことだな」
単純で結構。遠慮がいらないのも素晴らしい。
待ちに待った実戦だ。存分に暴れてやる。
どうやら効率を上げるために二班に分けるらしい。俺とトートゥムが分かれて雑魚がそれぞれ二人ずつつく形だ。
「コルニクス。わかってると思うけれど――」
「わかっている。流石に俺だってこいつらをわざわざ殺したりはしない」
わざわざ殺す理由もないし、俺に任せた理由も死なないようにだろう。
これまでの訓練の結果から、俺の実力が並みの騎士を凌駕しているのはわかりきっている。俺とまともに打ち合えるのはトートゥムぐらいなもんだ。
「それよりもお前の方こそ気をつけろ。俺に殺されるまで死ぬなよ」
「はははっ。気を付けさせてもらうよ。ありがとう」
何がありがとうなのかはわからんが、わかったならばそれでいい。
俺たちは沈黙の森に入る。途中までは一緒に行動し、ある程度進んだところで二手に分かれた。
時折現れた魔物を切り伏せながら、ついてきている二人の様子も一応確認しておく。
俺が三体の魔物を相手している間、せいぜい一体を足止めするのがやっとといったところか。トートゥムがわざわざ分けた理由が分かった気がする。こんな奴らがいくらいたところで、いつまで時間がかかるかわからんからな。
この世界では魔物を倒すと体内にある魔石を取り出す必要がある。魔石は様々なことに活用できるらしく、資源として重要だそうだ。魔境の周りを囲っている結界にも、魔物たちから取れる魔石が使われている。
魔物を狩りながら沈黙の森を散策する。足手まとい二人を置いて行かないように注意しつつ、そろそろ十分だろうという数を狩り終わった。
「そろそろトートゥムと合流するか」
魔物との実戦とは言え、所詮は格下。大して得られるものはなかった。
これまで来た道を戻ろうとしたところで、遠くからこちらへ近づいてくる大きな足音に気が付いた。
木々が倒れる音がする。この森に出現する可能性があって、そんなことができる魔物は一体しかいない。
「——ベヘモトか」
この森においてはイベント限定モンスターであるベヘモト。なぜ今、ここで出てきたのかはわからないが、少なくとも今の足手まとい二人を連れた状態で立ち向かえる相手ではない。
「おい、お前ら――」
急いでトートゥムと合流するぞと言いかけて、脇腹に熱い感覚を得る。
見てみると、俺の脇腹から剣先が突き出ていた。
「……おい、お前ら」
「お、お前が悪いんだからな! お嬢様に取り入った魔物の子め!」
「お前のような奴はアストレア家にふさわしくなどない! ここで死んでしまえ!」
ここぞとばかりに捨て台詞を吐き捨てて、一目散に逃げだす連中を見て舌打ちをする。
「クソったれ。これだから弱い奴らは」
血の臭いをかいで、魔物がこちらへ寄ってくるだろう。この傷では走って逃げても逃げ切れそうにない。
油断していた。些細な嫌がらせ程度しかできない小心者だと侮っていた。俺の落ち度だ。
「よう、ご機嫌そうだな。こっちは最悪の気分ってのに」
鳴り響いていた足音が止まったので振り返ると、目の前には記憶に寸分たがわぬ姿のベヘモトがそびえ立っていた。鋭い牙に太く巨大な角。見上げるほど大きな姿は狼を十倍は凶悪にしたような外見をしている。まさしく怪物、正しく魔物という形相だ。
他にも魔物の気配がする。近くまでは来ているらしい。
「やるしかないようだな」
今の俺でベヘモトに勝てるか? いや、勝たなければ死ぬだけだ。
血が足りなくなり頭が働かなくなる前に俺は動く。
ベヘモトは見た目通り体力、攻撃力、防御力が高いが動きは遅い。動きで翻弄し、手数で削る。
襲い来る爪の隙間をすり抜けて、幾度も切りつける。
硬い皮膚の表面を剣が撫でるばかりで、ちっとも傷がつきはしない。ゲームとは違い、攻撃力が足りなければダメージも通せないってことか、当然だな。
持久戦は不利。一発喰らえばそれで負け。こっちの攻撃は通りはしない。馬鹿げた話だ。
「クソったれ、本当に肝心な時に役に立たない知識だな」
血が足りなくなってきた。頭がふらつく。
唯一の逆転の目は今手元にない。トートゥムも異変を受けて避難しているだろう、期待はできない。
ふらついて、一瞬だけ意識をやってしまっていた。その隙をベヘモトは見逃してはくれない。
叩きつける爪の一撃を避けられず、咄嗟に剣の腹で受ける。
剣が衝撃に耐えきれずへし折れ、俺の体も背後の木に叩きつけられる。
下らん末路だと思った。やはり、弱さは罪だ。俺が強ければこんな状況どうにでも出来た。
そう諦めを付け、俺が死んだらヘエルはどんな顔をするのだろうかを想像し、ベヘモトの爪が振り下ろされるのを見てから目を閉じた――
「コルニクス!」
叫び声に反応して目を開けると、そこにあったのは俺を庇ってベヘモトの爪を喰らい、体から血しぶきを上げるトートゥムの姿だった。
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