第五話:強さの理由

 “ナートゥーラ”の舞台は学園だ。貴族の学園に通う主人公たちが、様々なイベントに立ち会いながら、国の裏側に潜む闇に挑むというのが主なメインストーリーとなる。

 原作の俺は路地裏でさらに地位を上げ、裏社会の支配者になっていた。権力も手に入れ、裏社会を統治することで飯にも金にも困ることがなくなってきた。全てを手に入れた理由は圧倒的な力。だからこそ、原作の俺はさらなる力を求めて伝説に出てくる古代の悪魔の力を求めていたってわけだ。力さえあれば何でもできると信じ切って。

 今となっては全て馬鹿らしいと思う。


「日に日に立ち回りが良くなりますね。教える甲斐があるというものです」

「黙れ、くたばれ」


 トートゥムに今日もボコられ、地べたに這いつくばる俺。

 毎日対策を変え、手段を変え挑むも全てに対応される。原作では戦っている具体的な描写は欠片のなかったから原作知識で対応も不可だ。糞ゲーかよ。

 だが、わかりきっていることはいずれ俺の方が強くなるということだけだ。原作でそうだったからな。

 そこで、ふと気が付いた。原作である学園はいつから始まるんだ?

 ヘエルはまだ学園に通っていない。原作開始時点では主人公とヘエルは同学年のはずだから、ヘエルが学園に通いだすまで原作に猶予がある。

 原作のイベントを引き起こす元凶である俺がこうなってるわけだから今更感もあるか。原作知識はやはり時折思い出す程度でいいだろう。


「次は俺が勝つ」

「はいはい。それではいつも通りお願いいたしますね」


 いつも通り負けた罰として、雑用をこなしている最中にヘエルに聞いてみることにした。

 てかこいつはいつも俺を見てにやにやと笑っているが、俺がボコられているのがそんな面白いのかオイ。やっぱりこいつ性格悪いだろ。


「おい、学園っていつから始まるんだ」

「わっ! 学園ですか、始まるのは二年後ですね。十二歳になったら入学なので」


 なんで驚く。と思ったが、俺からヘエルに話しかけるのは滅多になかったな。

 いつも聞かれてたことに答えてただけだ。


「なら、俺も後二年でお役御免か」

「何でですか? コルニクスは私と一緒に学園についてきてもらいますよ」

「は?」

「学園には従者として何人か付き人を連れていけるんですよ。コルニクスは私のですからね、当然一緒に来てもらいます」


 聞いていないぞそんな話は。

 原作ではヘエルは一人で学園に来ていたはずだ。なぜこうも話が変わっている?

 いや、身の回りの世話をする使用人くらいは連れてたのかもしれないが。護衛を連れていた覚えはない。トートゥムも初期は登場していなかったはずだ。


「学園では何をするんだ」

「んー、魔法の使い方とか、貴族としての在り方の勉強が主ですかね?」


 原作での知識とそんな差はなさそうだ。

 この世界での貴族は民を守る義務があるとかで魔物征伐を行っている。統治者自ら危険を冒すのはどうかと思ったが、弱い奴を戦わせるより強い奴が戦った方がいいというのはわかる。

 俺だって裏社会の頂点に立っても自分で戦ってたしな。雑魚は雑魚らしく雑用をしているのがお似合いだ。

 ——今の俺の姿みたいにな。


「学園では、俺は何をさせられるんだ」

「私の従者ですから主に私の身の回りの世話ですけど、コルニクスは男性なので護衛が一番の役割でしょうか」

「護衛が必要なほど物騒なのか」

「対魔物の訓練とかありますからね。魔法の訓練でも暴発などあり得ますし、何かと入用なのですよ」


 結局雑用か。トートゥムとの訓練も学園に通っている間はないだろうし、特に益になることはなさそうだな。

 ……バックレるか?


「……今、逃げ出そうとか考えてましたね?」

「なっ!」

「わかりますよ、そういうの。コルニクスはすぐ顔に出ますから」


 意識したことはなかったが、案外俺は感情を表に出してしまうらしい。

 まあ路地裏では隠す必要もなかったしな。


「学園では気を付けた方がいいですよ。表に出ない探り合いとかもありますから」

「面倒な世界だ。強い奴が偉い、それだけでいいだろう」

「そんな単純な話でしたら、トートゥムが王様になってますよ」

「それもそうか」


 俺には理解できない世界だ。

 トートゥムがなぜアストレア家に仕えているのかも理解できない。強いのだからもっと選ぶ権利はあっただろう。

 それとも、選んだ結果が今の状況だというのか? 選ぶ価値があるほどの何かがあったというのか?

 わからない。原作でもトートゥムの過去については細かく語られはしなかった。相も変わらず役に立たない知識だ。誰だこんなのを俺にねじ込んだ奴は。


「……聞いてみるか」

「あれ、どこに行くんですか?」

「トートゥムのところだ。聞きたいことが出来た」


 トートゥムは訓練の時間が終わっても、一人でまだ訓練を重ねている。

 勤勉な男だ。だからこそ最強であり、俺が超えるのにふさわしい。


「おい、トートゥム」

「おい、ではないかな。それで、どうしたいんだい?」

「聞きたいことがある。なぜお前はこの家に仕えている」


 トートゥムは少しだけ考えるそぶりを見せた。

 俺がした質問の意図を捉え切れていない様子だった。


「お前ほどの強さがあるならば、もっと選べたはずだ。にもかかわらず、今の状況で満足している理由はなんだ」

「——君は強さとは何のためにあるのか、考えたことはあるかな?」


 質問の理解ができたと思ったら、次は質問が返ってきた。

 少し気に食わないが、この場での弱者は俺だ。大人しく答えることにする。


「奪われないためだ。弱い奴は何も権利を得られない。強い奴だけが物事を決められる」

「うん、それも一つの答えかもしれない。けれどね、僕はその弱い奴を助けたいんだよ」

「……なに?」


 弱い奴を助ける? そんなことをして何になる?

 路地裏では一部の連中とは関係を持っていたが、それは奴らが強さを持っていたからだ。弱い奴と関わっていいことなんてあまり無い。


「昔の僕は君と同じようなことを考えていたよ。強ければなんでもできるって。でも、そうじゃなかったんだ。強いだけではどうにもならないこともあるんだ」

「そんなはずはないだろう。立ち向かう敵全てなぎ倒せば、それで終わりだ」

「世界がそんなに単純ならば良かったんだけどね」


 トートゥムはそれ以上何も言おうとしなかった。

 その表情は、記憶にあった愚かな男——前世の全てを失った男にそっくりだった。

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