第十話:ひと時の平穏

 結局のところ、俺がやることは何も変わらなかった。

 勉強に訓練に雑用に……

 俺の毎日はあれ以降も特に変わったことはない。

 全ては二年後の学園に向けた準備だということだが、なぜ俺まで勉強しなければならないのか。ヘエルだけがやればいいだろうに。


「従者であるコルニクスの立ち居振る舞いが私の評判にもつながるからですよ」

「気にするなら俺以外を選べばいいだろう。路地裏のガキなんか選ぶからそうなる」

「私はコルニクスがいいのです。私が選んだ従者ですから」


 わけがわからない。なんでこいつは俺にそこまで執着する?

 原作のヘエルの事を考えれば考えるほどにわからなくなる。何がここまでこいつを駆り立てるんだ? 俺がなんかしたか? なんもしてないだろ。

 原作のヘエルはもっと自分に自信がない奴だった。何をするにしても人の目を気にし、孤立しているような存在だった。ここまで人に執着するような人間じゃないだろどう考えても。


「理由がわからないですか? ふふん、わからなくて良いのです」

「なんで偉そうなんだ」


 トートゥムがいる以上従いはするが、やはり気になるものは気になる。

 俺はどこで大きく間違えた?


「おい、座学でわからんところがある。教えろ」

「はい、どこのところでしょうか?」


 はっきり言ってしまって、ヘエルは優秀だ。俺でさえわかるほど勉強ができる。教えるのも上手い。俺でさえ理解ができるように説明してくれる。他人の目線に立つのが上手いというべきか。

 腹立つのはこいつが俺よりも上という事実だ。最強になるのに必要ないとは言え、負けているという事実がムカつく。埋めようがない差がある事実を認めるのも癪に障る。


「……コルニクスは数字の計算が苦手なのですね」

「やかましい。路地裏では必要なかっただけだ」

「市井では計算しないのですか?」

「路地裏を表と同じにするな。路地裏には路地裏の決まりがある」


 路地裏で細かい計算をするのは弱い奴らだ。計算をして、策略を張り巡らせてようやく生きていける弱い奴らだけが計算をする。

 強い奴らはそんなことはしない。強い奴は強さだけで生きていける。


「でも、計算ができないとお買い物もできませんよ?」

「奪う、のはまずいよな?」

「駄目ですね……」


 やはり駄目か……

 どうやら表に出てきた以上、覚えないといけないことは多そうだ。



 トートゥムがまだ本調子ではないため、個人的な勝負はお預けだ。最高の調子の時以外のあいつに勝ったところで誇れるものは何もない。

 ただし、もはや慣習となってしまったので負けた罰のはずの雑用は欠かさずにこなしている。俺があいつに勝つまでは続けるつもりだ。俺が勝った時には剣を貰うだけじゃなく、雑用もあいつにやらせてやる。


「ねぇ、コルニクスは路地裏でどうやって生活していたのですか?」

「普通に、弱い群れている奴らから奪っていた。あいつらは更に弱い奴らから奪っていたからな、別に同じことをしていただけだ。もしくは捧げものを貰ったりもしてたな」


 雑用している最中にヘエルと雑談するのも慣習となってしまっていた。

 ヘエルは俺の事がとにかく気になるらしく、これまでの事や人間関係などをやたらと聞きたがる。俺が強さを求める理由とかもな。


「路地裏では弱い奴は強い奴に従うしかないからな」

「どなたか助けてくださったりは?」

「しないな。どいつも自分たちの事で手一杯だ。強い奴も弱い奴の面倒を見てやれるほど余裕がある世界でもない。一部の酔狂な連中は違うみたいだけどな」


 路地裏の事情やら、路地裏のことやらもやたらと聞かれた。

 お嬢様が路地裏の勢力事情なんて聞いて何が楽しいのかと思うが、俺も雑用が楽しくないので気を紛らわせるのにちょうどいい。


「どうやってコルニクスは強くなったんですか?」

「とにかく俺よりも強い奴に挑んだ。負けたら負けた理由を考え、対策し続けた。そうしていたらいつの間にかに俺が一番強くなっていた。単純な話だ」

「私も同じようにすれば強くなれると思いますか?」

「思わないな。お前は戦うのに向いていない」


 人には向き不向きがあるのは俺にだってわかる。弱い奴は幾ら俺の真似をしても弱かったし、強かった奴は特に何もしてなくても強かった。

 ヘエルは典型的な向いていない奴だ。戦う事に対する覚悟もなければ、戦った責任を負う覚悟もない。そういう奴は弱い奴だ。


「それでは私がコルニクスより強くなれないではありませんか」

「当然だろう。俺は最強になる男だぞ。お前が俺より強くなる日なんて来ない」

「ならどうすればコルニクスは私のものになってくれるのですか!?」

「それは、お前が俺よりも強くなったらだな」


 むくれるヘエルを笑ってやると、さらに不機嫌さをあらわにする。


「なら、私は手段を問わずコルニクスより強くなって見せますよ!」

「ははっ、楽しみにしておいてやるよ」


 路地裏にいた時には考えられないほど平穏な毎日が、当然のように過ぎていった。

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