第十一話:入学へ向けて
それから二年の月日が経ち、俺は結局一度もトートゥムに勝つことなく原作の開始直前を迎えてしまった。
あいつ、俺と戦ってる影響で原作よりも強くなってないか?
「コルニクス、大丈夫ですか? 準備は? 忘れ物はありませんか?」
「お前が心配する側なのか。……ほれ、お前こそこの書類を忘れてただろ」
「あら、ありがとうございます」
この二年間毎日勉強させられたおかげで、俺も最低限の学力は手に入れられていた。文字の読み書きに最低限の計算。もちろん、貴族の学園に通うには不十分だが俺の立場は従者だ。せいぜい適当に過ごさせてもらうとしよう。
ヘエルの身の回りの世話は、別の女の使用人がついて行って行うことになっている。本当に俺がついて行くのはヘエルが望んだから、それだけの理由だ。
「お嬢様の事を頼んだよ、コルニクス」
「わかってるよ。それよりも、俺がいない間に俺以外に負けるなよトートゥム」
「確約はしかねるかな。でも、努力するよ」
俺とトートゥムが拳を合わせて挨拶を交わす。
思えば随分と仲良くなったわけだ。絶対にいつか泣かすけどな。
「頼りにしてますよ、コルニクス」
「さてな。本当に俺がやることがあるのか疑問なレベルだ」
「どうだろうね、君は意外と真面目だから」
「はんっ。最強になる、そのためなら何でもやるってだけだ」
俺は順次学園へ持ち込む荷物を馬車に積み込む。学園は寮生活だ。必要となるものは多い。
そうしているうちに、普段は姿を見ないヘエルの父親と母親も見送りに来ていた。
こちらにはいい感情を持っていないのは明らからしく、俺を見ようともしない。
まあ、俺だって家族の別れの挨拶を邪魔する程無粋じゃない。
「旦那様と奥方様はお嬢様にはお優しいですから」
「ふうん。路地裏のガキにかまけてるのを無視して優しいねぇ」
「実はお嬢様はあなたに勉強を教えるため、一層勉学に励んでいらしたのですよ。ここだけの話なのですがね」
なるほど、野良犬に餌を与えるために一生懸命働くみたいな感じか。
そういう奴も路地裏にはいたな。よくもまあ自分の明日もわからない中で出来るもんだと感心していたが。
結果として本人のやる気に繋がっているならよしとしていたわけか。
別れの挨拶が済んだのか、ヘエルも馬車に乗り込んだ。
ここから馬車旅で王都まで通う必要がある。
……冷静に考えたら、原作の俺はこの二年間の間に王都の路地裏まで掌握してた悪の組織を設立したんだよな。結構俺もやろうと思えばやれる奴だったのか。
「何を笑ってるんですか?」
「いや? 俺はやはり最強に至る男だと再認識してただけだ」
男女が一緒の馬車なのはどうかと思うが、ヘエルが望んだから俺たちは同じ馬車に乗っている。ここから道中幾つかの村や町を経由しつつ、王都まで向かう。
王都にある学園に入れば、もう原作の開始だ。
「長いようで短かったな、この二年も」
「そうですね。毎日毎日トートゥムに挑んでは返り討ちにされて……」
「その話はもういいだろうが!」
なんだかんだ騒がしい毎日にも慣れてしまった。
結局なぜヘエルが俺にまとわりついてくるのかの結論は出なかったが、まあひとまずはいいだろう。答えなんて出さなくてもやっていける問題は大量にある。
「王都に着いたら何をするんだ?」
「まずは学園の寮へ向かって準備でしょうか。学生はみんな寮に住む規定ですので」
「おい、まさか俺に女子寮に入れとは言わんよな?」
「流石にそこまでは言いませんよ。外で待っててください」
笑って返されれば、俺だってそれ以上は何も言わない。
ヘエルなら少し言ってきそうだと思ったから確認しただけで、他意はなかったのだ。気まずくなり話題を変えることにした。
「そういえば、学園に着いたら俺はどこに住めばいい。路地裏か?」
「そんなわけありませんよ。使用人用の寮もありますので、そちらに滞在してください」
「そんなものまであるのか。学園ってのは随分と金がかけられてるんだな」
国内の貴族の子供は殆どが通う学園。その実態は何なんだろうなと考える。
原作では、貴族としての意識を統一して国を守るための教育を行う場所という説明がなされていたが、それだけではないような気もする。勘だが。
思えば、禁じられた悪魔の力も学園の地下に封じられていたな。やはり何かありそうな感じがする。
「——コルニクス、コルニクス? 大丈夫ですか?」
「おっと。悪い、少し考え事をしていた」
「コルニクスがですか? どこか体調でも?」
「あのなぁ。俺がいつも力だけで何とかする馬鹿野郎だと思ってないか? 俺だって考え事ぐらいするさ」
「冗談ですよ。でも、私の話を聞いてないぐらい集中してるのは珍しいなぁと思いまして」
くすくすと笑われたので、仕方なしに笑い返してやる。
しょうもないやり取りだが、クソみたいな馬車旅になるよりかは遥かにマシだった。
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