第三話:アストレア家での一日

 人生何があるかわからないものだと、常々思う。

 この世界が物語の世界だというのもそうだが、何がどう狂えば路地裏のガキが貴族のお嬢様に仕えることになるというのか。

 もちろん、俺にメリットがないわけじゃない。食事に困らないのは当然として、寝ている間に襲われる危険性も低い。

 更に、トートゥムに何度だろうと挑戦することができるという約束を取り付けたのだ。あいつは今後俺が最強になるために、絶対に越えなければならない壁だ。何度も無条件で戦えるのは大きい。


「コルニクス、コルニクスってば聞いていますの?」

「うるさい。黙っていろ」

「もう! 私が主人なのに!」


 今は部屋に無理やり詰め込まれて、マナーだの口調だのを教え込まれてるところだ。強さに関係ないだろうと思う事ばかりで嫌になるが、聞かないと面倒なことになるから渋々従っている。

 何が面倒かというと、俺が言うことを聞かないとトートゥムがきて指示を出してくるのだ。

 ヘエルのいう事を聞くようにだの、きちんとマナーを身に着けろだの、服はきちんと着ろだの鬱陶しくて仕方がない。

 今はまだあいつの方が強い。いつか絶対に倒してやると誓いながら、今は勉強とやらをしている。


「私の! 私のなのですよ! わかってますかコルニクス。あなたは私の従者なのですよ!」

「うるさいうるさい、何度も言わずとも聞こえている。わかったからそのうるさい口を閉じろ」

「むう。私のものなのに……」


 何か勘違いしてそうなお嬢様に、俺は向き合い直して何度目になるかもわからないことを言う。


「選ぶ権利を持っているのは強い奴だ。お前は俺より弱い」

「でも私はあなたの主人なのですよ?」

「知ったことか。俺を心から従えたいのなら、俺より強くなってから物を言え」


 もっとも、そんな日は来ないだろうが。

 “ナートゥーラ”においてのヘエル・アストレアは作品でも数少ない光属性の魔力を持った女だ。光属性は戦闘には向かず、主に支援や回復を得意とする属性だ。

 一般的には重宝される属性であるが、俺に言わせれば自分で戦えない軟弱な外れ属性だ。

 それに対して、俺の魔力属性は戦闘向き。相性の問題はあれど、負けることはほぼありえない。原作の俺が溺れたとかいう古代の悪魔の力でも手に入れない限りは。


「……時間だな。おい、ついてくるならさっさと支度をしろ」

「行く、行きます! ついて行きます!」


 鬱陶しい勉強の時間が終われば、待ちに待った戦闘の時間だ。

 トートゥムとの戦いの他に、アストレア家に仕える騎士たちとの訓練もある。

 奴らは俺が気に食わないらしく、些細な嫌がらせを繰り返してくるが可愛いもんだ。面と向かってかかってくる気概もない雑魚どもに意識を割くのも面倒くさい。徹底的に無視をしている。

 訓練の最中には打ち合いをする機会もある。今のところトートゥム以外に目立った奴はいないが、最低限の骨はあるらしく、時折勉強になる。

 環境としては悪くない。確実に俺は強くなっている。


「コルニクス、コルニクス! 洗ってあげますからこっちに来てください!」

「なんなんだお前は。いつもいつも」

「そんな汚れた姿で建物の中には入れません! 綺麗にしないと、ですよ!」


 ここでも問題となるのは、ヘエル・アストレア当人だ。

 トートゥム曰く、俺が来るまでは兵士たちの訓練なんか気にしたこともなかったのに、俺が訓練に参加し始めた途端に見学しに来るようになったらしい。

 おかげで騎士たちの士気が上がったはいいものの、その分のやっかみも来るから面倒極まる。


「トートゥム。今日の分だ、やるぞ」

「はいはい、わかりましたよ」


 訓練が終わった後は、トートゥムとの一騎打ちがある。これは取り決めで決まったことだ。

 ルールは路地裏と同じ。負けた方が勝った方のいう事を一つ聞く。

 基本的には俺が勝てば魔剣を貰い、負けるとその日の雑用を俺がするような形になっている。いつの間にかに決まった暗黙の了解だ。


 一騎打ちでは路地裏では使わなかった木剣を俺も使うことが許されている。

 というかお互いに木剣だ。一応は訓練という体を取るのには必要なことらしい。

 今のところは俺の全敗。ただ、最近は惜しいところまで来ている感覚がある。

 何か一つ、何か一つかみ合えば勝てる。


「コルニクス君も慣れてきたころだからね。そろそろもうちょっと本気を出そうかな?」


 ―—まだ勝てるのは先の話になりそうだ。




「負けてばっかりなのに、どうして飽きないんですか?」

「強くなるためだ」


 後片付けなどの雑用をこなしている俺にヘエルが話しかけてくる。


「どうして強くなりたいんですか?」

「言っただろう、強い奴だけが選択権を持つ」


 この時ばかりはヘエルの存在が助かる。負けた悔しさを話すことで少しでも紛らわすことができる。


「弱い奴は何をされても文句を言えない。理不尽に憤ることも、負け犬の戯言だと流されて終わりだ。そうならないためには、強くなる必要がある。誰よりも、何よりも、だ」


 何か言いたげで、ヘエルはそれ以上何も言わない。

 何も聞かれないならば、俺も何も言わない。そうやって二人がそこにいるだけの時間が過ぎていく。

 夜が更けるぐらいになってようやく俺の仕事が終わり、屋敷に戻るまで俺たちはそうしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る