第二話:現最強の男
「君がお嬢様が話をしていた野良犬君かな?」
路地裏には到底似つかわしくない綺麗な騎士服を身にまとい、蒼の髪を短くまとめたこの男こそ齢二十台の若さにして当代最強の騎士、トートゥム・ラガラルド。
目の前に立たれただけでわかる圧迫感。強者だけがわかる強者の風格。
間違いない。知識にあった通りの男がここにいる。
「俺と勝負をしろ」
「いきなりだね」
「俺が勝ったらお前のその魔剣を俺によこせ。俺が使うべきものだ、それは」
そう、これがヘエルにこいつと会うことを要求した理由だ。
俺はこいつが持つ魔剣が欲しい。
「——どこでこの剣が魔剣だと知ったのか、あえて聴きはしないよ。でも、本当にいいのかな? 魔剣と言っても誰にも反応しない、ただの切れ味の良い剣だよこれは」
魔剣とは、魔力を込めることで特殊能力を発動する剣の総称だ。ただし魔剣には属性があり、その対応する属性の魔力の持ち主にしか本来の力を発揮させることができない。
トートゥムの持つ属性と持っている魔剣の属性は一致していない。にもかかわらず、こいつは最強の名を手にしている。
だからこそ俺の相手にふさわしい。
「じゃあ僕が勝ったら言う事を一つ聞いてもらおうかな」
「いいだろう。知ってるか? 路地裏では力がある奴に選択権がある」
「勝ったものが正義ってことかな?」
正直なところ、勝てるとは思っていない。
こいつは“ナートゥーラ”においては俺が将来倒すキャラでもある。だが、その時の俺に比べれば遥かに今の俺は弱い。つまり勝ち目は薄い。
ヘエルのルートに入ると、主人公がこいつに教えを乞うことになる。そこで師匠を悪役である俺が殺し、主人公が奮起するというイベントがあったらしい。
負ける可能性は高い。が、それ以上にこいつが持つ魔剣が欲しい。
こいつが持つ魔剣の真価を発揮できるのは、手に入れた知識が正しければ俺だけだ。俺のために存在する剣だ。欲しい、なんとしても、欲しい。
「最初に言っておく。俺は強いぞ」
「そうだね。僕も頑張るとしようか」
そういいながら、トートゥムは剣を鞘から抜かずに構える。
殺すつもりはないという意思表示に、俺は歯嚙みする。殺す気でかかる価値もないと言われてるも同然だ。今の俺の弱さがよくわかる。
ただで負けてやるつもりもない。吸収できることは吸収する。最終的に勝ってればそれでよいのだ。
いざと俺はトートゥムに殴りかかる――
「……うん、引き分けってところかな」
「どこがだ。お前の目は何のためについている」
——おおよそ十数分に及ぶ攻防の末、俺は路地裏の地面に大の字で寝かされていた。
結局俺はトートゥムに一度も剣を抜かせることはできなかった。未来の俺はどうやってこいつを殺したんだと聞きたくなる。何が原作知識だ、こいつに今すぐ勝てる情報をくれ。
「じゃあ僕の勝ちってことでいいのかな?」
「好きにしろ。路地裏では負けた奴は文句を言えん」
「なら良かった。じゃあ、ついてきてくれるかな。お嬢様が君の事をお待ちなんだ」
「……は?」
疲れ切った頭では到底理解できないようなことを言われたような気がする。
誰が? 俺を待ってるって?
「くたばれ」
「口を開けば悪態しかつかないね君は。ヘエルお嬢様が君に会いたいとおっしゃってるんだ」
「理由がないだろ理由が」
「理由の有無は僕にはわからないけれど、勝者のいう事を聞くのが路地裏のルールなんだろ?」
そういわれてしまえば黙るしかない。今の俺は敗者だ。
しかし、強者との戦いは確実に実力を上げてくれるのがわかる。路地裏のごろつきどもを小突いているときとは比べ物にならないぐらい様々なことを学習出来た。
このままいけば、いずれは勝てるだろうという実感がある。
「次は勝つ。覚えておけ」
「はいはい、覚えておくからついてきてくれるかな」
「わかった。今は従おう」
トートゥムについて行くと、建物の一つに案内された。
案内された通りに入ると、中には三名の騎士と昨日の女——ヘエルが座って待っていた。
「お嬢様、連れてきました」
「ありがとうトートゥム。またお会いできましたね」
「またお会いできましたね、じゃないだろうが。何のつもりだ」
やはりこいつはどこかおかしい人間だ。
わざわざ表の人間が路地裏に関わろうなんてろくでもない。ましてやお嬢様が何の用なのだか。
「お嬢様に対して何という口の利き方を!」
「黙れ。こいつには負けたが、いくらなんでもお前ら程度には負けんぞ。何なら三人がかりでかかってくるか?」
「なんだと貴様——っ!」
「そこまでにしてくださいませんか? 私が会いたくてお呼びしたのです。いわば私の客人、あまり失礼を働いてはいけませんよ」
俺に食って掛かってきた騎士は急いでヘエルに頭を下げた。さっさと引き下がるぐらいなら最初から噛みついてこなければいいのだ。愚かな男だ。
「それで、何の用だ」
「結局お名前を教えてくださらなかったので。今度こそ教えてもらおうかと」
「イカれてるのかお前は。一体どこに浮浪児の名前を聞くために路地裏までくる阿呆がいる」
「ここにいますわ」
本当に、面の皮の厚い女だ。
こいつを好ましく思う原作主人公はどんな聖人なんだ? 頭に血が上りすぎて殺されそうなんだが?
「……路地裏ではコルニクスと呼ばれてる。」
「
「路地裏のガキに真っ当な名前なんてあるわけがないだろう。あるのは互いを認識するためだけの呼び名だけだ」
世間知らずのお嬢様は名前が無いということが信じられないらしい。
幸せなことだ。親すらまともに知らず今を生きる事が限界な連中の事なんて知る機会もなかったのだろう。
「本日私はあなたに提案しに来たのです」
気を取り直したのか、すました顔をしてヘエルは俺に向き直った。
はっきりと、俺の目を見てこう言った。
「私の従者をやってみるつもりはありませんか?」
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