世界を破壊する悪役に転生したが、俺は最強になるので忙しいため原作展開を破壊します~原作ヒロインがやたらと付きまとってくるのはなんでなんだ?~
パンドラ
第一話:奇妙な出会い
誰かの記憶を思い出した。
路地裏のど真ん中。空腹に耐えかねて地べたに這いつくばり、空を見ているときのことだ。
愚かな男だなと、記憶の主について思った。
記憶の中の男を一言で表すならば生ぬるい男だった。幸せというものを手にしながら、奪われた男。当人は不幸な事故だったと自身に言い聞かせていたが、俺に言わせれば身から出た錆だ。
力がない者は奪われて当然だ、強い者だけが選ぶ権利を得られる。記憶の中の男は選ぶ権利を放棄していた。なら、失って当然だ。失わない努力を怠ったのだから。
ここまでならば下らないと一笑に付すと事だったが、有益な情報も得られた。
どうやらここは“ナートゥーラ”という物語の世界で、俺は世界を滅ぼす悪役らしい。力を求めて封印されていた悪魔の力を手に入れようと画策し、悪魔に乗っ取られた愚かな男。もっとも、物語の中では俺の力が及ばず、世界を滅ぼすことなく討伐されたらしいが。
笑い話にもならないが、事実ならば有益だ。
選ぶ権利は力を持つ者の特権だ。これが正しい知識ならば、俺は更に強くなれる。誰にも何も奪われないほどに、誰も俺を脅かさないほどに。
力があれば何とかなる。力さえあれば―—
「ま、まずは腹ごしらえからだな」
動かすのも億劫な体を無理やり起こし、本日の獲物を探しに行く。
路地裏では力こそが全てだ。そして俺は強い。自ら動くよりも、持っている奴から奪った方が遥かに効率がいい。
少しの間路地裏を彷徨うと、本日の獲物を発見した。
大きな袋を担いだ男が一人、周囲に気を配っている男の二人組だ。あいつらには見覚えがある。ここらを統治している気分になっている阿呆どもの一員だ。
「おい、お前らちょっと止まれ」
男どもは俺を見るなり露骨に嫌そうな顔をした。こいつらを何度も襲ってるから今更だ。
「その袋の中身は金か? 飯か? まあ、どっちでもいいが置いていけ」
普段ならばすぐに要求に従う奴らだが、今日はどうやら違うらしい。
顔を見合わせると俺に立ち向かおうとしてくる。
馬鹿すぎて俺の事を忘れてしまったらしいな。再教育してやろう。
当然の結末だが、俺はこいつらを徹底的に叩きのめした。骨の数本は折れただろうが、立って逃げれるぐらいには手加減してやった。
奪った袋はやたらと重く、一体何が入っているのかと思えば、出てきたのは人だった。
「——女、か? なんでまたこんな」
——ついに連中が一線を越えたのか。
路地裏にも暗黙の了解として幾つかルールはある。特に、表の連中に対して大きな迷惑をかけないことが重要だ。盗み程度なら別にいい。だが、誘拐だの殺人だのは駄目だ。路地裏の存続にかかわってくる。
袋の中にいた女の子は見るからに裕福そうな服装をしている。なんで攫われるなんて醜態をさらしているのかもわからないような、不幸なことなんて何一つないですみたいな見た目をしている。
金でも飯でもないならどうでもいいと放置しようと思った瞬間、俺は気が付いてしまう。この少女、“ナートゥーラ”におけるヒロインじゃないか?
よく見る。輝く金色の髪が袋の中で広がっていて、シルクの肌は傷一つない。間違いない、こいつは原作のヒロインだ。
ヘエル・アストレア。“ナートゥーラ”におけるヒロインの一人で、どこか影がある性格が特徴だった。記憶によると、ヘエルには幼いころに誘拐されたことがトラウマとなり人間不信に陥っていたという設定がある。まさしく、今のことだったんだろう。
「……クソったれ。こんなことなら奪うんじゃなかった。どうしろってんだよこれを」
さらに間の悪いことにヘエルがちょうど目を覚ました。
「ここは……あなたはどなた?」
「黙ってろ。今考えてる」
「お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「黙ってろと言っただろうが! 分かってないのかこの状況を」
今からでもあいつらに押し付けに行ってやろうかと思うぐらいには面倒事だった。
この状況に陥っても危機感がない。怖いことなんか知らずに生きてきたってことだ。どんな環境で育ったらこうなるのか想像するのも難しい。
「失礼ですね。私にも、攫われたのだということぐらいはわかります」
「なら歩いて帰れ。俺はもう知らん」
「申し訳ありません。道がわからなくて……」
「知ったことか!」
なんだこいつは。本当に誘拐された程度でトラウマを得るような人間なのか。
どう考えてもそんな人間じゃないだろう。どんな目に合わされてたってんだよ。
「私お願いがございまして」
「なぜ俺がお前の言うことを聞かなければならない。何度も言うが、黙ってろ」
そう言い放った瞬間、俺の腹の音が鳴った。
そういえば空腹だったのを忘れていた。最悪の拾い物をした衝撃で忘れてしまっていた。
目の前の女が意地悪く笑う。
「私、少しばかりお願いがございまして」
わざわざ溜めるような言い方。こいつ性格悪いだろ絶対。
「——聞くだけ、聞いてやろう」
「お礼はしますので、私を外まで案内してくださいませんか?」
なんと阿呆なヒロインだろうか。こいつこんなキャラなのか本当に。
「誘拐したのが俺だとは思わないのか?」
「あら、私だってお馬鹿ではありませんのよ。こんな道端で解放されるようなこと、誘拐犯の方がなさるはずありませんもの」
前言撤回、なんて面の皮が厚い女だろうか。設定ミスじゃないのか? この知識は本当に正しかったのか?
いや、あいつら相手にこの態度を取っていたら酷い目に合わされるのは間違いないだろう。そのせいか。ある意味納得が出来た。
「お礼、お礼ね」
「あら、疑っておられますの? 私約束を破る悪い子じゃありませんわ!」
思い出した。ヘエル・アストレアのアストレア家にはあいつがいるじゃないか。
剣を極めた者のみが持ち得る剣聖の称号を持つ、最強クラスの騎士。
「——お前の家にいる一番強い奴に会わせてくれるなら、受けてやってもいい」
俺が最強になるために、必要な男が。
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