第2話 美術教師
私の通っていた中学校には、ちょっと変わった美術の先生がいた。名前を柚木野(ゆずきの)と言って、おかっぱ頭の中年の男性教師だった。どう変わっていたかというと、先生はほとんど生徒と言葉を交わさず、授業中、ひたすら自分の世界に没頭していた。要するに普通の教師ではないのだ。
たとえば、先生は生徒に石膏像や静物のスケッチを命じて、自分は椅子に座って図画帳に何かを描いていた。そんなことはよくあることで、あるときふと見ると、それはあの小屋で見た蝸牛にそっくりであった。
じつは柚木野先生は私の隣村に住んでいた。そのことを知ったのは中学生になってからだが、ならばあの小屋で見た図画帳の蝸牛は柚木野先生が描いたものに違いないのである。道理でプロっぽかったわけだ。となれば、私が小さい頃から聞かされていた隣村の変な人というのは、柚木野先生のことだったのだろうか。
生徒の私が見ても変だと思うが、教員たちの間でも、柚木野先生は疎まれていて、そのため先生は職員室よりも美術室の方に多くいた。
とくに頭の禿げた目のギロっとした教頭先生から、ひどく嫌われていて、 ある朝礼のとき、教頭先生は生徒のいる面前で柚木野先生をこっぴどく罵倒したことがある。理由は柚木野先生がかなり遅れて朝礼にやって来たからであった。
私は柚木野先生に興味を持って、その家を尋ねるという計画を立てたが、先生に会うつもりはなく、ただ家だけを確認する予定であった。
私は、あの蝸牛の絵を見て以来、柚木野先生に対して妙に親近感を覚えた。──同じ里山を徘徊するあたり私とそっくりではないか。
で私は次の日曜日に自転車に乗って隣村に向かったのだが、じつは私は今までほとんどこの村に来たことがなかった。知り合いが一人もいないので、来る理由がなかったからだが、そのため道に詳しくない。
そこで私は予め地図を見て先生の家の位置を確認しておいたが、それで先生の家はすぐに見つかった。この辺ではめったに見ない格式のある佇まいで、敷地の隅に土蔵があった。土蔵は二階建てで、二階に窓があり、その窓から人の横顔が拝見されたが、柚木野先生とよく似ていた。しかし、その顔はまるで人形のように生気が感じられないのだった。
私は先生に見つかるのもバツが悪いと思って、すぐに家に帰った。ほんの数分間、滞在しただけでも私は満足だった。
それにしても先生の家は、樹木が生い茂った陰鬱な屋敷で、さぞかし蝸牛が多いことだろう、と想像された。そして、土蔵まであることで、先生のあの暗い孤独な雰囲気は、この環境で育ったからに違いない、と私は納得したのだった。
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